04話 打開策はカウンター
身体の回復を待つ間は動けない。
俺はフロアの情報収集に努めることにした。
――《潜入情報》
盗賊スキルの行使によって、立体地形図が脳内展開された。
ここは四角い空間だった。1辺が1000m程もあり、高さは約200m。
遠方左奥には、この最下層フロアよりも遥かに広大な「魔物の巣」へと通じる穴がある。
最下層フロアには約200体、魔物の巣には約2300体。
魔物は合計2500体で、その大半は巣穴で待機していることになる。
遠方右奥では、ブラックドラゴンがその巨体を横たえていた。
冒険者として磨いてきた直感が「関わるな」と告げている。
あんな物騒な奴に挑むのは命知らずの馬鹿だけだろう。
色々と情報を得た俺は、上層階へと上がる為の方法を模索してみる。
高さ約200mの天井部には穴が開き、その穴を100mは登らないと上層階には辿り着けない。
――落下したルートを辿って地上に出るのは無理だな。
短期間でどうこうするのは困難のようだが、諦めるつもりはない。
時間を掛けて鍛えれば、何かしらの打開策も見えてくるはずだ。
修練用の魔物も腐る程いるし、試行錯誤をするには丁度良いだろう。
――どのみち今の俺では力不足だからな。
軽薄だが聖騎士のシュナイザー。
無謀な馬鹿だが豪傑の戦士ガーロン。
異常者のくせに冷静沈着な魔術師ダンログ。
3人掛かりとはいえ、過去には世界最高の賢者をも殺していた。
それから3年以上も研鑽を積んでいるんだ。
殺すのは簡単じゃない。
それに奴等は貴族の嫡男として、危険察知の魔道具も身に着けている。
寝首を掻くことすら難しい。
――それでも俺は、暗殺の腕を磨いていくしかないだろうな。
辛抱強く待って機会を伺い、僅かな油断や隙を突いて一人ずつ殺す。
何年、何十年掛かるかは分からないが、それが最も現実的だ。
そう思った。けれど、
村は潰され両親は殺された。
ミーナはなぶり殺しにされたんだ。
――暗殺で許せるのか?
考えるまでもなかった。
許せる訳がない。
――生き地獄を与え続けて一生後悔させてやる。
それこそが下衆の末路に相応しい。
今の俺の力では難しいかもしれない。
不意を突いても不可能だろう。それなら、
――奴等を圧倒出来るようになればいい。
ここには数千体の魔物がいる。
腕を磨くのに最適な環境だ。
そんなことを考えながら、時間は過ぎていった。
△
肋骨に高級薬草を押し当てて治療を終えた。
身体は十分に回復し、腕も足も問題なく動く。
群生した光ゴケにより目視も可能な状況だ。
戦闘に支障はないだろう。
――《身代り》
スキルを再度使用して、余計な魔物達を遠方へと誘導する。
僅か数秒で魔喰い鬼とのタイマン状態となった。
ソロでの戦闘経験は少ないが、修羅場は何度も超えてきている。
上手くやれるはずだ。
――始めるか。
《隠密》を使ったまま、対象に向かって後方から静かに忍び寄る。
敵は身長2mを超えていて、体形は筋肉質のトロル型。
俺は前傾姿勢から勢いをつけて、力の限りにダガ―を突き上げる。
無防備な首の後ろを狙い、斜め下からの渾身の一撃!
――なっ!?
刃が一切通らない。
浅い傷を付けることすら叶わなかった。
魔喰い鬼は自分が攻撃されていることにも気付いていない。
――嘘だろ?
これ程までに強靭なのか?
上層階の魔物が相手なら、薄い傷程度は付けられたってのに。
――このっ!
弱点を探して何度も何度も斬り付ける。
だが脇腹だろうとアキレス腱だろうと、全くのノーダメージだった。
『――?』
魔喰い鬼は理解出来ない声を発しながら、ボリボリと頭を掻いている。
まったく効いていない。
俺は不毛な攻撃を止めることにし、いったん距離を置いて敵から離れた。
「やるだけ無駄か」
・Sランクダンジョンの最深部。
・簡易マップすらも数十年更新されていない難易度。
・闊歩する雑魚ですら異次元レベル。
ここは「そういう場所」なんだ。
一介の盗賊でしかない俺の攻撃が、通じるはずも無かった。
「どうすればいいんだ?」
解決策について思案していると、
「そういえば……」
とあるスキルが俺の脳裏をよぎる。
それは可能な限り選択したくない手段だった。
「他に手はないのか?」
知恵を絞ってはみたが、残念ながら他に何も思い浮かばない。
――背に腹は代えられないか。
突破口となり得るのは《カウンター》しかなさそうだ。
悩みに悩み抜いた結果、芳しくない結論が出てしまった。
「決断するべきだろうな」
スキル種別の中には、職種や使用武器に縛られない「共通スキル」というものが存在している。
それらは冒険者達から忌避されていて、別名「死にスキル」や「呪いのスキル」とも呼ばれるものだ。
レベル10以上であれば誰でも修得可能な代わりに、修得してしまうと馬鹿げたハンデを負ってしまう。
そういったスキルの一つがカウンターだ。
相手の攻撃を受けた瞬間にカウンターを使えば、倍以上の威力で攻撃を跳ね返すことが出来る。
それだけなら素晴らしいことだが、
・カウンター以外での攻撃が全て無効になる。
・カウンター失敗時には、直後に2倍のダメージを受ける。
そういう厳しい制約を、生涯に渡って受け続けることになる。
一度修得してしまうとキャンセルや解除も不可能だ。
手を出すべきじゃないのは火を見るより明らかだろう。だが、
「やるしかないなら、覚悟を決めてやるだけだ」
俺は手のひらサイズのクリスタル《スキル結晶》をアイテムボックスから取り出し、そして告げた。
「スキル神イーグリーフよ。俺の求めに応じ、カウンターを授けよ」
キィンという甲高い音が頭に響くと、関係する情報が次から次へと脳内に流れ込んできた。
これでもう後戻りは出来ない。
あとは実践あるのみだ。
「おい!」
俺は《隠密》を解除して魔喰い鬼へと向かって歩いていく。
それに気付いた奴は、棍棒を振りかざして猛然と突進してきた。
『――!』
意味不明な言葉を叫びながら、全力で棍棒を振り下ろしてくる。
俺はダガ―を持った右手を突き出した。
獲物同士が衝突し、その接触点が眩く煌いて――
「《カウンター!》」
『ギァアアアアアアアア――ッ!』
バンと腕が弾け飛んだ魔喰い鬼は、狂ったように絶叫しながら壁に激突した。
グシャリと音がした後にピクピクと痙攣し、やがて動かない躯となる。
頭からぶつかって即死したんだろう。
「どうやら、いけそうだな」
俺は確かな手応えを感じていた。