38話 もぬけの殻
「実戦で十分やれるみたいだな」
「み、認めて頂けたようで何よりですわ」
ティリアは肩を上下させながら立ち上がる。
あれだけの身のこなしが出来れば、そうそう後れを取る事もないだろう。
ただし「舞っていない時」は、その限りではないけどな。
「どうやってあの速さを維持してるんだ?」
「《剣の乙女》と感覚を共有しておりますの。身体への負荷が大きいので、長時間続けるのは厳しいのですけど」
俺はもう少し詳しく聞こうと思って口を開きかけたが、
「クリフ様っ! 捕らえていた者達がおりませんっ!」
唐突に飛び込んできた使用人の声。
余程慌てていたのか、男の息は荒い。
「どういう事かな? まさか消えてしまったとでも?」
「ご、ご確認ください」
俺達はガーロンとダンログを捕らえている部屋へと急いで向かう。
扉を押し開け部屋の様子を確認した。
「嘘だろ……」
部屋はもぬけの殻だった。
2人の姿は忽然と消えている。
「どうなっているんだ……」
足や腕を縛っていた縄が、無造作に床へと落ちている。
「逃亡に協力した者がいるのでしょうか?」
ティリアは一同を見回した。
「その線は薄いね。逃亡に協力するとしたら、発覚し難い深夜にやってるはずだよ。それに今、この屋敷には僕達も使用人も全員揃ってる。使用人の誰かが協力したのなら、この場に残るなんてハイリスクな真似はしないと思う」
逃亡の手引きをした使用人がいるなら、ガーロンやダンログと共に逃げているはずだ。
つまり導き出せる答えとしては、
「あいつ等は自力で逃亡した。それも証拠を残さず煙のように」
「彼等の身体検査については入念にやったはずだけどね……」
だからこそ解せない。
手足を縛って、2人は動けない状態だった。
武器も持っておらず、ダンログには《魔力封じの腕輪》も着けさせていた。
この屋敷には対魔法結界も張っているから、ダンログが魔法を使って逃げるのも無理だ。
「何か見落としているのかもしれませんわね」
「見落とし?」
「ええ、そうですわ」
ティリアは細い指を顎に当てる。
「逃げたとするなら、帰還魔法を使われたのでしょう?」
「この状況では、そうなるだろうね」
帰還魔法は、一定距離内にいる人間達を纏めて転移させる。
2人が同時に消えて、縛り縄が切られる事無く床に落ちていた事からも、そう推察して間違いないはずだ。
「けれどダンログ君は《魔力封じの腕輪》を着けていた。魔法が使えたとは思えない」
帰還魔法を使ったはずなのに、帰還魔法を使えたとは思えない状況だ。
「彼等は逃亡に使えるアイテムも持っていなかった。ライル君が彼等のアイテムボックスを確認したから、間違いないんだけど」
盗賊スキルの《所持品確認》で、その辺は抜かりなくチェックしている。
「ですがダンログ様の『アルトス侯爵家』には、秘伝の魔法スキルがありましたでしょう?」
俺達はハッとしてティリアを見た。
その秘伝とやらを《魔力封じの腕輪》にも使っているのかもしれない。
王国内で使われている魔導具の多くは、ダンログのアルトス侯爵家が製造に携わっているからだ。
「アルトス侯爵家の血縁者であれば、魔力封じの腕輪を無効にする方法を知っていてもおかしくないって事か」
ダンログには妙に余裕があった。
自分は死なずに切り抜けられるという自信があったのかもしれない。
「ですから分からないのです。魔法が使えるのであれば、何故今になって《帰還魔法》を使ったのですか? もっと前に逃げる機会はあったはずですのに」
あいつは何をやりたかったんだ?
「拷問に耐えていたのは、こちらの情報を得る為だったのか、はたまた別の意図があったのか。ダンログ君の考えは読めないね。ただし、僕達が出し抜かれたのは事実だ」
そう考えると、余り良い状況とは言えない。
こちらは手の内をかなり明かしてしまっているからな。
それなりの対策を取られたら、今後は厳しい戦いになるだろう。
「それはそれとして、僕達も準備をして決戦の地へ出向こうか」
俺達は鬱々としながら旅支度を整え、アルトスの街へと向かって出発した。




