37話 精霊魔術師との戦い
「俺と戦ってみてくれ」
「はい? わたくしがですの?」
「ああ」
俺はアイテムボックスからナイフを出現させて右手で握る。
「わたくしではライルに勝てませんわ」
「勝ち負けの問題じゃない。仲間の実力を把握しておきたいだけだ」
ティリアの力を読み間違えると、俺達全員が危機に陥るかもしれないからな。
それにスムーズな相互連携をする為にも、正しい実力を互いに知っておくべきだ。
「ティリア。左手を俺の方に向けてくれ」
「えっ? こうですの?」
俺が少し離れて告げると、ティリアは肩の高さまで腕を上げた。
「動くなよ。はぁっ!」
ダンッ!
力の限りに地面を踏み締め、勢いをつけて左手を前に突き出した。
掌底がティリアの手のひらへと吸い込まれる。
パァンッ!
「きゃっ!」
ティリアは驚いたようだが、俺の攻撃は接触直前で止まっている。
見えない壁が掌底を阻んだからだ。
「いきなり何をなさるのですかっ!」
「悪いな。これが、俺を理解してもらえる一番簡良い方法なんだ」
「今のがですの?」
「ああ」
「そういった事は、事前に仰っていただかないと困りますわ」
ティリアは呆れている。
「俺はカウンター使いなんだよ。スキルの制約で、カウンター以外での攻撃は無効化される。ダメージを与えられないってわけだ」
「え、ええ。実際に見せていただきましたし、間違いありませんわね」
「そんな訳だから、今からやる手合わせではティリアに危険は及ばない。安心していいぞ」
「わたくしはそれで良くても、ライルが怪我をしてしまうかもしれませんわ」
「クリフさんがいるから心配するな。万が一にも俺が再起不能になる事はない」
「分かりましたわ。では、力の限りやらせてもらいますわね」
ティリアが優雅なカーテシーを披露すると、俺達は一定の距離を取る。
そしてティリアは祈りを捧げて呼吸を整えた。
「やっ!」
風が唸る鋭い刺突。
「おっと」
俺は軌道を見極めて、右手のナイフですくい上げた。
そのままガラ空きの身体に攻撃しようと、追いすがって回し蹴りを放ってみたが、
ティリアは素早くかがんで難無くかわす。
「やるなティリア」
俺達は鋭い動きで戦いを繰り広げていく
斬り結んで顔を突き合わせ、次の瞬間には跳んで離れる。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
ギィン!
ナイフ同士が火花を散らした。
ティリアは、いとも簡単に俺の攻撃を受け止める。
その対応力には舌を巻くばかりだ。
フェイントを織り交ぜた緩やかな動きで翻弄してきたかと思えば、
次の瞬間には、目の覚めるような鋭い連続刺突で俺を攻め立てる。
目まぐるしく攻守を入れ替えながら、俺達は戦い続けた。
そうやって幾度もナイフを弾き合っていると、
「くっ!」
ティリアがバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「お、おい大丈夫か?」
「ウンディーネ!」
水の妖精が地面を瞬時に濡らした。
「なっ!?」
近寄ろうとしていた俺は、ぬかるみでバランスを崩す。
「やぁあああああああ!」
ティリアはチャンスを見逃す事無く、起き上がりざまに高速の平手を放ってきたが、俺は余裕をもって左腕で平手を跳ね上げる。
そのまま身を捻って後ろに下がり、素早く体勢を立て直した。
「上手いなティリア」
精霊魔法の使い方にもセンスがあった。
「本気で――」
「ん?」
「本気でやってくださいませ! 手を抜いてどうするのです! これで正確な力を推し量れるのですか!」
「……悪かったよ。手を抜くつもりはなかったんだ」
ティリアの多彩な動きに魅入ってしまったからだ。
攻撃するよりも、技を見る事に意識が集中してしまったんだと思う。
「ライル。お願いしますわね」
「ああ」
俺はナイフを正面に構える。
「はぁああああああ!」
――《カウンター!》
俺はカウンターの反発力を使って、左足で大きく踏み込む。
そしてナイフを握った右手は、限界まで伸ばしてティリアに突き付けた。
間一髪よけられたが、真横を通り過ぎた俺は迷わず反転して再度突進した。
それから息も付かせぬ連続攻撃でティリアを追い詰めていく。
ナイフだけではなく足技も織り交ぜ、俺は一気呵成にティリアを攻めた。
そこに手抜きは一切なく、正真正銘の全力だ。
「っ!」
ティリアの呼吸が乱れた。
――僅かな遅れ!
「はぁああああ!」
その隙を見逃さず、俺は渾身の力で真横に斬った。
ティリアは短い悲鳴を上げて、ギリギリでナイフを合わせたが、
ギィン!
甲高い金属音を響かせて、ティリアのナイフは高く飛んだ。
「勝負ありだね」
クリフさんの声を合図に、ティリアはその場に膝を着いた。




