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36話 剣の乙女

「目が覚めたんだね」

「起きたか?」


「わたくしは、いったい……」

「お前は血を見て倒れたんだよ」


 ティリアはベッドから身を起こし、多少ふらつきながら立ち上がる。


「少し刺激が強過ぎたみたいだな」

「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでしたわ」

「気にするな」


 あの光景は女子には酷だったんだろう。


「あの、これからどうなるのでしょうか?」


 ティリアの目は不安に揺れる。


「力の均衡が崩れれば戦乱になる。そうなれば、発端になったこの国が戦場になるんじゃないかな」


 そしてそれは、新たな神話にもなりかねない壮絶な戦いだ。

 この国に住む人間が耐えられるはずもない。


「神やドラゴンが蔓延る戦いになるのかもな」

「そのような事、必ずや阻止しなければなりませんわ」


 皆一様に緊張した顔だ。

 このまま見過ごせば、俺達の国は崩壊しかねない。


「行きましょうかクリフさん」

「そうだね。やるだけやらないとね」


 アルトスの街にある魔術師の塔に行けば、何らかの対策を打てる可能性がある。

 例え無理だとしても、何もせずに捨て置くわけにはいかない。


「力は及ばないかもしれませんが、わたくしも善処いたしますわ」

「はぁ? お前も行くつもりなのか?」


 俺は素っ頓狂な声を出して唖然としてしまう。


「留守番してろ」

「お断りいたしますわ。わたくしも仲間ですもの」


「血を見て卒倒する奴は連れて行けないんだよ」

「さ、先程は偶々ですわ! 心構えをしていれば卒倒などいたしません!」

「戦場では予想外の事態なんていくらでも起こる。心構えしてなきゃ卒倒するような奴は着いてくんな」


 俺達は睨み合うが、俺もティリアも一歩も退く気はない。


「黙って此処で待っててくれ」

「嫌ですわ」


「あのなぁティリア――」

「わたくしは精霊魔術師でもありますのよ。必ず何かしらの役に立ってみせますわ」


「役に立つ立たないじゃなくて、死ぬかもしれないから待ってろって言ってるんだよ」

「ライル。もうお忘れですの?」


「何がだ?」

「必ず守ると言って、わたくしを迎え入れたのは貴方でしょう? それとも、その言葉は偽りでしたの?」


 何も言えない。


「仰った事は守っていただかなくては困りますわ」

「じゃあ俺達が間に合わないタイミングで、お前の前に敵が現れたらどうするんだよ?」


 戦場では、絶対に守れる保証なんて何処にもないんだ。


「ご心配なく。わたくしが斬り伏せてみせますわ」

「はぁっ?」


 本当に突拍子もない事を言う


「血を見て気絶する女が敵を斬り伏せるなんて無理だろ」

「出来ますわ」


 強情な奴だ。

 俺はヤレヤレといった風に首を振った。


「それに、お前に向かって飛んできた毒矢の件を忘れるなよ。戦場では頻繁に起こり得る事だからな」

「次は対処いたしますわ」

「その自信はどこから出てくるんだよ……」


「あの時は舞えませんでしたもの」

「舞えない?」

「舞っていれば毒矢にも対処出来ておりました」


 ティリアはコホンと咳払いをした。


「もちろん延々と舞っているわけにはまいりませんので、そこはライルとクリフ様の力を頼る事になると思いますわ。ですがわたくし、最初から最後まで余すところなく守ってもらうつもりはありませんのよ」


「よく分からないが、対処できるってんなら此処で証明してみろよ。それで俺達の目に叶えば連れて行く。それでいいな?」

「ええ。望む所ですわ」


 ティリアは不敵に笑った。


 △


 俺達は庭へと出る。


「見せてみろ」


 要望通りにナイフを渡すと、ティリアは目を瞑って祈りを捧げた。


「精霊の力が……ティリアちゃんに宿っていく?」


 クリフさんは目を見張っている。


「いきますわ!」


 掛け声の直後にヒュンと鋭い風切り音がした。

 目の覚める速さの一閃だ。


 そしてティリアは次々に剣技を繰り出していく。

 真横に薙いだかと思えば、瞬時に振り向いて斜めに斬り上げる。


 ――これは何だ?


 訳が分からなかった。

 どう見ても達人級の小剣術だ。

 それこそ《深淵の洞窟》の最下層でさえも通用するだろう。


「やぁああああっ!」


 ティリアは一歩を踏み出して渾身の刺突を繰り出す。

 恐るべき鋭さをもった一撃だった。


「もういいティリア。十分だ」

「はい? もうよろしいのですか?」


 キョトンとしている。


「小剣術なんて一体誰に習ったんだ? お前、公爵令嬢だったんだろ?」

「習ったというよりは、遊んでいたというのが正しいかと存じますわ」


「遊んでいた?」

「ええ。家の御庭で、よくこうして遊んでおりましたの。わたくしの身体に宿らせたり、小剣術の試合をやったり」


「剣豪の精霊なんているのか?」

「剣豪か否かは存じ上げませんが、わたくしの相手をしていたのは《剣の乙女(シルフィール)》ですわ」

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