34話 聖なる声が聞こえる
「それは止められないのか?」
「無理だよ。事態は既に私達の手を離れているのだからね」
戦力バランスが崩れてしまえば大規模な戦が始まる。
語り継がれる神話の時代もそうだった。
竜殺しの輝神が現れて戦力の均衡が崩れた事で、戦いは拡大の一途を辿ってしまったんだ。
「私達が生み出す新たな神が、世界を牛耳るのだよ! はははははははは!」
「《氷槍》」
「あひぃいい! 痛い! 痛いぃいいいいい!」
氷槍が足を貫いて苦痛の声が上がると、クリフさんは弱めた《回復》でダンログを止血した。
「がはっ。かはっ……楽しみだねぇ。間もなく世界の夜明けだよ」
「この異常者が」
俺は侮蔑の視線を向けて言葉を吐き捨てる。
「今の台詞は私に言ったのか?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「何を言うかと思えば。この私こそが最も正常なのだがね」
「嗜虐思考の何が正常だ」
「ライル。お前はこの国に疑問を感じた事はないのか?」
「どこにでもある普通の国だろ」
文化も軍事も内政も、何かが特化してるわけでもない。
取り立てて目立ったところのない国だ。
「どこにでもある普通の国が、何故こんなにも長期に渡って独立を保っていられる?」
「為政者に恵まれたか、単に運が良かったんだろ」
「千年も為政者に恵まれた? 運が良かった? 違うねぇ。この国は大いなる意志に守られている聖地なのだよ。そうでなければ、ブラックドラゴンなんぞが住み着くはずがあるまい」
聖地だと?
「不死鳥も魔術師の塔もブラックドラゴンも。何故この国にだけ存在する? この国が特別だからだよ。そして特別だからこそ、この国で生を受けた高位魔術師達には声が聞こえるのさ。我々を正しく導こうとする聖なる声がねぇ」
聖なる声が聞こえる? コイツは何を言ってるんだ?
「その声とやらは幻聴じゃないのかいダンログ君?」
「おやおや。稀代の神官様には、あの素晴らしい声が聞こえないのか。嘆かわしいねぇ」
高位の神官であるクリフさんに聞こえないものが、コイツに聞こえるとは到底思えないんだが。
「お前は、その声に従って生きてきたのか?」
「私だけではなく、国の高位魔術師達全てだがね。まあ、そのほとんどは魔術師の塔で死んでしまったけどねぇ」
「お前みたいに狂ってる奴にだけ、声は聞こえるって事か?」
「ククッ。200余名の魔術師達が、全て狂っていたとでも?」
するとクリフさんがダンログの顔を覗き込んだ。
「ダンログ君」
「何かね? クリフ・ローレン」
「君達は声に従って、この国で行動してきたのかい?」
「ああ。そうなるね」
「アーガス村で起こした集団暴走も、その声に従った結果なのかな?」
「それはそうだよ。聖なる声の忠実な僕たる私達は、その声を優先して動かねばならないのだからね」
「つまり君は、個人的快楽の為ではなく『聖なる声に導かれて集団暴走を起こした』と言うのかい? 自分の意思ではなく、仕方なく従っただけだと?」
「それは少し違うね。私の思考を読んだ上で、目的達成への最良の方法を聖なる声が提示してくれたのさ。私が望んだからこそ、集団暴走による惨殺という快楽までもを『ついでに』与えてくれたのだよ。素晴らしいと思わないかい?」
「つまり貴様は、自ら望んでアーガス村を滅ぼしたんだな? そしてロザリアの命を奪った」
固く握り込んだクリフさんの右拳から血が滴った。
「必要な実験だったのさ。研究を進める上で『死に際における魂の波長の揺らぎ』の観測が必須だったのだからね。そしてその実験結果は、今回でしかと生かされた。くっくっく。アーガス村の民も、役に立てた事を喜んでいるのかもしれないねぇ」
「《氷槍》《風刃》」
「あぁああああああああ――ッ!」
「《火球》《火錬砲》」
「あぁああああああああ――ッ!」
「クリフさん!」
ダンログが半死半生になるまで、クリフさんは攻撃魔法を使い続けた。
俺が途中で止めなければ、おそらくダンログは死んでいたと思う。




