03話 生き延びる執念
――スキルを。
《潜入情報》で地形図を確認。
《身代り》で囮達を点在再配置。
刹那の思考とスキルの行使。
それは生きる執念だった。
一切の淀みなく流れるように、やるべきことをこなしていった。
地下の魔物達は尋常じゃないスピードで遠ざかる。
囮に喰らいつこうと、思惑通りに動いてくれた。
そこに愚鈍な魔物は存在しない。
どいつもこいつも反応が恐ろしく速かった。
――落下4秒――
時間はスローモーションのように流れていく。
真下にいるのは囮を丸飲みにさせた暗黒大蛇が1体だけ。
全ては狙い通りだった。
――落ち着け。
荒れ狂う心とは裏腹に、頭の片隅には冷静な自我があった。
状況に対処しようとする自制心もあった。
だから今優先するべきことは、
――絶対に意識を飛ばさないことだっ!
ドボォッ!
『ギィエェエエエエエエエ!』
暗黒大蛇がグシャリと潰されながら断末魔を叫ぶ。
――ぐぅあっ!
激痛が走った。
弾力のある魔物をクッションにしたとはいえ、落下のダメージはでかい。
肋骨にヒビくらいは入ったかもしれない。
――だが俺は生きている。
遠ざかっていく他の魔物達にも気付かれていない。
《消音》が良い仕事をしてくれたようだ。
300m以上の高さから落下したはずだが、意識を保つことが出来た。
薄い鋼の防具を着ていたことも、命を繋げる一因となったんだろう。
落下前に掛けていた他のスキルも有効なまま。
これで一応の安全は確保したと言える。
――うぐっ。
不意に心が痛んだ。
怨嗟の念が止めどなく溢れてくる。
――落ち着け! 怒りを抑えろ!
荒れ狂う心を鎮めようと、仰向けのまま必死に念じた。
やがて最悪の精神状態から脱したことを確認し、ゆっくりと息を吐き出す。
ドクンドクンと煩かった心音が、ややあって落ち着いていく。
――あれは何だ?
チカチカと煌めきながら、細い何かがゆっくりと落ちてくる。
それは、銀糸の刺繍が施されたリボンだった。
――ああああああああああああぁ――ッ!
頭の中はグチャグチャだった。
正気を保てず、どうにかなりそうだ。
――クソがぁああああああああああ――ッ!
声を出せずに心で叫び続ける。
全てを奪ったあいつ等が、どうしようもなく憎かった。
妹を殺されたことにも気付かず、尽くしていた自分が愚かだった。
『シュナイザー達に出会えて幸運だった』
そう思っていた、思い込もうとしていた自分が許せない。
どうしようもない奴等だと俺は知っていたんだ。
なのに見ない振りをして現実から目を背けていた。
『ミーナを連れて他国に逃げる道もあったのに』
――ああああああああああああぁ――ッ!
怒りに震えて全てを恨む。
クズの集まりだと気付いた時点で動くべきだったんだ。
俺が行動すれば、どうにでも出来たはずなのに。
選択を誤ったばかりに、一番大切なものを失った。
後悔が止まらない。
だがどれだけ悔いたところで妹はもう帰ってこない。
涙はいつまでも流れ続けた。
△
数時間は泣いただろうか。
ある時を境にフッと気持ちが軽くなった。
自分がやるべきことを思い出したからだ。
悩むことなんてなかった。
やりたいことは最初から定まっていたんだ。
――殺す。
それだけを考えて生きていけばいい。
俺が死ぬのも悩むのも、全てを終えてからいいんだ。
気付いた時には頭の中が穏やかになっていた。
憎しみの火は消えないが、自身を第三者視点で見つめているような。
そんな不思議な感覚がある。
――楽に死ねると思うなよ。
暗黒大蛇の死体にまみれて、俺は笑った。
口の端が上がった気もするが、気のせいだろう。
ロクに身体が動かせず、声も出せないままだ。
――息の根を止めなかったことを後悔させてやるよ。
全てを失った俺の復讐は、ここから始まった。