28話 ティリア・フローレンスの実力
「わたくしがやりますわ」
「やるって何をだ?」
「精霊魔法で結界を消滅させてみせます。如何かしら?」
まあ結界を消せるのなら、それが一番良い方法だと思うが。
「クリフ様。数日あれば、消滅した結界は張り直せるのでしょう?」
「うん。それは大丈夫」
つまり結界が消えてる数日間だけ、俺達が街を守ればいい。
しかしそれはあくまでも、結界を消せるのであればの話だ。
「結界が消滅してしまえば、魔術師の皆様は原因究明に乗り出すでしょうし。そちらに人手が割かれれば、きっと塔の警備も手薄になりますわ」
「確かにそうなるかもしれないけどさ」
「何かご不満でも?」
「街に張られている結界は対魔法結界なんだろ? だったら精霊魔法も効かないんじゃないのか?」
「結界は万能ではありませんのよ。攻撃魔法を防ぐ結界が精霊魔法も防げるとは限りませんわ」
そういうものか?
「結界の編み方次第で全然違うからね。攻撃魔法に強い結界は精霊魔法に対して脆弱になるし、その逆もまたしかりさ」
どうやら相関関係にあるらしい。
全ての魔法を防ぐ結界は作れないというわけか。
「攻撃魔法と精霊魔法は根本的に原理が違う。つまり似て非なるものだ」
クリフさんの言葉にティリアも小さく頷いた。
「一般的には精霊魔法の使い手の方が圧倒的に数が少ないわけだから、対魔法結界は攻撃魔法を防ぐ仕様になっているんだよ。その方が理にかなっているしね」
クリフさんは「それでも」と言って難しい顔をする。
「精霊魔法で結界を消滅させた話を、僕は今まで聞いた事がない」
強力な精霊魔術師がほとんど存在しないからこそ、対魔法結界は攻撃魔法を防ぐ仕様になっているんだろう。
「それで、ティリアちゃんはどういった精霊を使役するつもりかな?」
「そうですわね……」
頬に指をあてて考えている。
「《水の精霊》などは如何でしょうか? 精霊力の籠った強い雨を降らせれば、結界を弱められると思いますわ」
――精霊力の雨か。
どれだけの効果が現れるかは不明だが、まずはやってみるのが良いかもしれないな。
△
翌日、街の城門から500m程度離れた場所。
手頃な丘があったので、その陰に隠れるようにして俺達は話し合っている。
「街からこんなに離れて精霊魔法は届くのか?」
「ええ。問題ありませんわ」
自信有りの顔だ。
届くと言われても、にわかには信じ難い距離だが。
そんな俺の思惑とは裏腹に、ティリアは軽やかな足取りで俺達から離れる。
「それでは参ります」
凛とした声と共に白銀色の髪が揺れた。
ティリアは広い空間を力強く優雅に舞っていく。
流れるような演舞。
日の光に照らされて舞い踊る姿は、まるで精霊そのものだった。
「――♪」
不思議なリズムに乗って風を渡る歌。
大胆だが繊細に、ティリアは自らの想いを表現していく。
時に激しく、時に軽やかに、気持ち良さげに舞い歌う。
身に纏った半透明の帯は、フワリと優美にたなびいている。
その幻想的な姿に導かれるように、精霊達も集まり始めたようだ。
ハッキリとした姿は見えないが、それでも「雰囲気が違う」という事だけは俺にも分かる。
そしてその気配は、段々と膨れ上がっていった。
「凄いなティリア」
アメジストの瞳には迷いがない。
透き通るような声は美しく、神秘性を孕んだ舞は神々しかった。
「これが精霊の愛し子か」
俺は圧倒されて、ゴクリと息を呑み込んだ。
今まで見てきた精霊魔術師達とは、根本的にレベルが違う。
「《水の精霊》」
ティリアは舞を終えると同時に唱えた。
その声を合図に、精霊達は魔術師の塔へと一斉に向かっていったらしい。
らしいとしか言えないのは、俺には精霊が見えないからだ。
圧巻だった。
3分後には、魔術師の塔の上空で光りの雨が大量に降り注いだからだ。
結界は消えてしまったようだが、いったい何千体の水の精霊を使役すれば、あんな事が可能なのか……。
「終わりましたわ」
ティリアは振り返って微笑んだ。
△
「ありがとうティリアちゃん」
「精霊の愛し子って凄いんだな」
「お褒めに預り光栄ですわ」
さて、これで邪魔な結界は消えた。
「当分の間は結界発生装置も使い物にならないだろうし、しばらくは様子を見ておくかい?」
「そうですね。魔術師達、とりわけダンログがどう動くのか見たいですし」
「魔術師のダンログ君は異常者なんだろう? 何をしてくるか分からない危険な相手なんだから、それだけは忘れないようにしないとね」
「そうですね」
俺はクリフさんの考えに賛同した。
魔物の集団暴走で村を潰す提案をしたのはダンログだ。
それを十分に踏まえた上で、身構えておく必要があるだろう。




