26話 精霊の愛し子
「刺客は誰も死んでないからな」
それだけは言っておく。
「貴方様は、本当に人間ですの?」
「一応な。このぐらいは余裕。本気出してたら1分掛かってない」
殺さない為に反射軌道を捻じ曲げたからだ。
まともに弾き返してたら最初の10発で終わってる。
「普通の冒険者様とは違いますのね」
「まあ、かなり特殊だとは思う」
以前グリフォンを撃退した時も驚かれたし。
「守っていただき、ありがとう存じますわ」
少女は綺麗なカーテシ―を披露する。
「貴方達がいなければ、わたくしは死んでいたのでしょうね」
「断言は出来ないけどな」
俺は右手を差し出す。
「これは?」
「仲間になるんだから握手だろ?」
「わたくしのような者を迎え入れるなど、本当に物好きですわね。厄介なだけでしょうに」
少女、もといティリアは、観念したように握手に応じた。
「じゃあ僕もいいかな?」
そう言ってクリフさんも手を重ねる。
「よろしくなティリア」
「これからよろしくねティリアちゃん」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわライル様、クリフ様」
「クリフさんはともかく、俺の事は呼び捨てにしてくれ。寒気がしてくる」
蕁麻疹が出そうだ
「では、あらためまして。よろしくお願いいたしますわライル」
「ああ」
そして俺達は、少し歩いた先で野営の準備を始める。
「野宿するつもりだけど、大丈夫かティリア?」
「ええ。問題ありませんわ。わたくしは精霊魔術師ですのよ。精霊との触れ合いを求め、野山へ出向いた回数など数えきれませんもの。野宿も幾度となく経験しておりますから、どうぞ御心配なく」
見た目は箱入りの令嬢っぽいから意外だった。
「調理については、わたくしにお任せくださいませ」
との事だったので、肉やら調味料やらをアイテムボックスから取り出してティリアの前に置いていく。
そして待つこと1時間程度。
「美味い」
「うん。美味しい」
「満足いただけたようで何よりですわ」
きっちり下味の付いた肉だった。
甘辛いソースが掛かっていて、乾パンにも良く合う。
俺やクリフさんが作る「煮込むだけ」「焼くだけ」のお手軽料理とは違うようだ。
「ティリアちゃん。君はフローレンス公爵家の御令嬢だったんだよね?」
「はい。そうですわ」
クリフさんの問いに対して、ティリアは神妙な顔で頷いた。
無言のまましばらく経つと、ホーホーと梟が鳴き始める。
「フローレンス公爵家は、回復魔法関係のスキルに特化した一族だったんじゃないかな?」
「はい。フローレンスの系譜には、王国内屈指の回復魔法の使い手達が名を連ねておりますわ。それこそが、フローレンスが公爵家たる所以ですので」
魔法スキルは誰でも使えるわけじゃない。
とりわけ「血統」の占める割合が非常に大きいとされている。
「ティリアちゃんが精霊魔術師である事と、今回襲撃された事には因果関係があったりするのかな?」
「……はい、恐らくは。わたくしは精霊魔法のスキルは使えますが、回復魔法のスキルは使えませんから」
「精霊に好かれているんだね」
「……」
ティリアは下を向いて拳を握り締めている。
「精霊に好かれてるなら良い事じゃないのか? 嫌われるよりマシだろ?」
「そのように簡単な問題ではありませんわ」
「どうして?」
「ライル君。ティリアちゃんはフローレンス公爵家の御令嬢なんだよ。精霊魔術師の家系ではなく、回復魔法に特化した回復魔術師の家系に生まれたんだ」
それの何が問題なのかが良く分からない。
「大別するなら、攻撃魔術師・回復魔術師・精霊魔術師に分類される。特に精霊魔術師は、自身の魔力ではなく精霊の力を使うから全くの別物になるんだ」
「回復魔法に特化した栄誉あるフローレンス公爵家に、精霊魔法の才を持つわたくしが生まれたのです。それはフローレンス公爵家にとって、あってはならない事ですの」
ティリアは俯いて喋り続ける。
「わたくしの目の色や髪の色は、お父様譲りのものですわ。ですがその才を受け継いではおりません。忌み子として一族からは疎まれ、終ぞお父様にも認められる事はありませんでした」
ティリアは悲し気に息を吐いた。
「家に居場所のないわたくしは、幼い頃はよく庭で泣いておりました。そんな時、精霊の声を聴いたのです。誘われるままに言葉を紡ぐと、庭中の花が咲きましたの」
「それは凄いね。ティリアちゃんは精霊の愛し子でもあったのか」
「精霊の愛し子?」
「精霊魔術師としては最上級の、とても稀有な才能だよ。精霊魔術師は精霊を呼び出して力を借り受けるけど、それが精霊の愛し子ともなると、精霊の方から自主的に力を貸してくれるんだ」
「それって、普通の精霊魔術師と何か違いがあるんですか?」
「行使可能な力が桁違いだね。精霊の愛し子に対しては、精霊は力の限り応えてくれるんだよ。それに精霊が自主的に力を貸してくれるからこそ、パスを繋ぐ時間も大幅に短縮される」
発動までが短時間で済むのなら確かに凄そうだ。
精霊を呼び出す儀式を見た事もあるが、一昼夜も歌ったり踊ったりしていて、かなり大変そうだったからな。
「それだけ優れた才能があるのに疎まれてたのか?」
「フローレンス公爵家にとっては、精霊の愛し子は忌々しい存在ですもの」
虐げられる理由に納得がいかない俺は、クリフさんを見る。
「普通の魔術師と精霊魔術師って、もしかして仲が悪いんですか?」
「そんな事はないけどね。でも一部の権力者達にとっては仲が悪い場合もあるよ。回復魔術師の一族として名を馳せる家にしてみれば、精霊魔術師の一族は忌々しい存在だろうし、逆もまたしかりさ」
くだらない権力争いか。
だったらティリアは、これで良かったのかもしれない。
虐げられながら暮らすよりは、今の方が幸せになれる。
「クリフさんは25歳で俺は17歳だけど、ティリアの歳はいくつだ?」
「13歳ですわ」
――ミーナと同じくらいか。
一瞬胸が痛んだが、俺は頭の中を振り払う。
「13歳なら子供だな」
「えっ?」
「一流の精霊魔術師を目指してもいいし、全く別の道を見つけてもいい。だから元気出せよ」
「……ええ。そうですわね。ありがとう存じますわ」
ティリアは遠くを見つめていた。




