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02話 全てを失った日

 その手には、何かが滴るナイフを握っている。


「な、なん、で――っく」


 足の力が抜けた俺は、地べたに這いつくばった。


 ――麻痺毒? 何故だ?


 声が出せない。

 訳が分からず、ゆっくりとシュナイザーを見上げる。


「これ、何だと思う?」


 右手でヒラヒラとさせているのは、銀糸で刺繍された赤色のリボン。

 見覚えがあった。

 ミーナの12歳の誕生日に俺が贈った……どうしてシュナイザーが?


「お前の妹の形見(・・)らしいぜ。だよなダンログ?」


 形見? 形見って何言ってんだよ? ミーナは生きて――


「私が殺した」


 陰気な顔のダンログは、しゃがみ込んで言った。

 長い黒髪をかきあげながら、俺の目をじっと見ている。


 殺した? 殺したって何を?


「君の妹は、もうこの世に存在しないのだよ」


 存在しない?


「このダンジョンに入る前、私とガーロンが数日の予定で出掛けたのを覚えているかい? その時だよ」


 何を言っているんだ?


「君達兄妹にとって、私達は『命の恩人』だからねぇ。簡単だったよ。森の奥まで連れ出して、魔法で追い詰めてねぇ。泣き叫んでいる姿を君にも見せたかったなぁ」


 有り得ない。有り得ない――ッ!


「良い声と表情だったよ。ボロボロになって、最期は腹に《氷槍(アイスランス)》を受けて死んでいったんだ。身体にズブリと刺さるあの瞬間は、何度見てもたまらないねぇ。くっくっく。とても楽しいオモチャだった」


 そん……そんな馬鹿な話があるわけないだろっ!


「死に(ぎわ)の言葉は『死にたくないよぉ。お兄ちゃん』だったかな? 信じられないかい? ほら、こんな物もあるんだよ?」


 見せられたのはエメラルドのマジックリング。

 ミーナが大切にしていた母さんの指輪。


「母親の形見をいつも身に着けて、健気な娘だったねぇ。残念ながら、自分自身の形見にもなってしまったようだけどねぇ。もしかしてこの指輪、呪われているんじゃないのかい? なんてね」


 嘘だ。嘘だ。嘘だ――ッ!


「土葬は面倒だから火葬にしておいてあげたよ。ああ、火葬代は心配しないでくれたまえ。なにせ私達はパーティーだからねぇ。それぐらいはサービスしてあげようじゃないか。どうだい? 私は優しい男だろう?」


「はははははっ! 面白ぇ事言うなぁダンログ。お前は死んだゴミを大火力魔法で燃やしただけじゃねーかよ。金なんて掛かってねぇだろうが」


「ふむ。そういえばそうだったねぇ」


「はははははっ! おいシュナイザー。お前も何か言ってやれよ。今生の別れなんだからよ」


「そうだな。結構使える奴だったしな。礼くらい言ってやるか」


 冗談なんだろ? 嘘だって言えよっ!


「ライル。今までご苦労さん。つーわけだから死んでくれ。お前はもう用済みなんだわ」


 いいから否定しろっ!


「流浪の賢者って知ってるか? そいつが『汝等の求める者はアーガス村のライル・グローツだ』って言ったんだよ。で、お前をパーティーに入れることにしたってわけ。だから死んで恨むなら流浪の賢者を恨めよ? 元凶はそいつだからな?」


「流浪の賢者か。懐かしいねぇ。あれは色々と癪に障る御老人だった」


「そのムカつくジジイも、拷問してぶっ殺してやったじゃねーかよ。御大層に《魔力封じの腕輪》まで使ってなぶり殺してよ」


「油断する方が悪いのだよ。賢者ではなく愚者だったということさ」


「いやいや。さすがに賢者を愚者扱いはないんじゃないか? ライルは期待以上に役に立ったしさ。マルチスキルなんてレアな技まで持ってたし」


 本当のこと……なのか?


「おいおい。呆然とするなよ」

「しゃーねーよシュナイザー。平民は頭ン中が平和なんだからよ。刺激が強過ぎたんだろ」


「じゃあいっそのこと、もっと強く刺激してみるかい? 楽しく発狂してくれるかもしれないよ?」


「ふーん。それも面白そうだな。じゃあ、アレも教えてやるか?」

「へっへ。いいんじゃねぇか?」


「どうせ最期だしな。あのなライル……魔物の集団暴走(スタンピード)って、俺等が起こしたんだわ」


 集団暴走(スタンピード)を起こした?


「すげー頑張ったんだぜ? 村に魔物寄せの魔導具を置いたりさぁ。森の魔物を追い立てて村に誘導したりもしてさぁ」


「若気の至りってやつだな」

「とても楽しい夜だった。あの時は興奮したよ」


――……し……てやる。


「やっぱ聖騎士様の俺が、平民に頭下げて『仲間になってください』って頼むのは間違ってるだろ? お前が俺に頭下げて『ぜひ仲間にしてください』って頼んでくるのが筋だ。だからわざわざ集団暴走(スタンピード)を起こしてやったんだよ」


「はぁ? 冗談言うなよシュナイザー。村の奴等を皆殺しにしたかったってのが一番でかい理由だろうがよ」


「あはは。悪い悪い。一番の望みはそれだったな。あの村のクソ女が悪いんだよなぁ。『婚約者がいるから』とか言って俺の誘いを断りやがってさぁ。聖騎士様の俺の誘いをだぜ? 村の連中は村の連中で、クソ女の肩を持ちやがるしさぁ。で、マジでムカついて愚痴吐いてたら、ダンログがベストな案を思いついたってわけだ」


 ――ころ……し……てやる。


「まとめてぶっ殺す計画をな。狙い通りにお前が泣きついてきた時は、さすがに笑っちまったけど」


「『どうか雇ってくれませんか』だったか? ははははっ!」


「あとは君が消えれば終わりだよ。真実が伝わる可能性は、たとえ塵一つだろうと残しておく訳にはいかないからねぇ」


「まあそういうこと。でも集団暴走(スタンピード)を生き残れたことには感謝しろよ? お前だけは絶対殺されないように、俺達が見張ってやってたんだからな。万一に備えてハイポーションまで用意してたしさぁ」


「平民じゃ滅多にお目に掛かれない高級品だ。至れり尽くせりで良かったじゃねぇか」

「妹に会ったら、今日の事を話してみるといい。きっと慰めてくれるよ」


 ――殺してやる。


「もしかして睨んでるのか? 反抗的だなぁ」

「はははははっ! ゴミが泣いてやがる」

「好ましい目だ。君の声が聞ければ尚良かったけどねぇ」


 ――殺してやる。


「じゃあなライル。心置きなく死んでくれ」


 俺は蹴り落とされた。


 殺してやる。絶対に殺してやる――ッ!

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