19話 新たな仲間
「僕は君を信じたい。けれど鵜呑みにはできない」
クリフさんの言葉に、俺は静かに頷いた。
「これから復讐に向かうのかい?」
「はい」
「僕もライル君に同行してもいいかな?」
「もちろんです。俺もその方が助かりますし」
クリフさんは奴等を実際に目で見て、事の真偽を見極めるつもりなんだろう。
「それで、3人の処遇はどうするつもりなのかな?」
「少なくとも、殺すつもりはありません」
「殺さない?」
「ええ。誰一人殺しませんよ」
静かな殺気が向けられたが、俺は全く怯まない。
「殺さないなんて、ライル君は随分と優しいんだね」
「優しくしてやるつもりはありませんけどね」
「悪いけど、集団暴走が人為的なものだと判明したら、僕は彼らを生かしておかないよ」
「クリフさんは慈悲深いんですね」
俺は言い返した。
「回復魔法を使えば、どれだけ傷付けようと殺さないで済むんですよ?」
「……そういう事なんだね」
察してくれたようだ。
一瞬の苦痛で終わらせてやるなんて生温い。
「俺は、温情なんて掛けてやるつもりは一切ありませんから」
「分かったよライル君」
△
村の一角には、真新しい大きな石碑がある。
「父さん母さん。俺、駄目な兄貴だったからミーナを守れなかった。でも無念は必ず晴らすから、ミーナと一緒にそっちで待っててよ」
集合墓地で静かに告げたが、涙が止まらなかった。
しばらく黙祷してから、後ろ髪を引かれる思いで踵を返す。
「行きましょうクリフさん」
それから10日程の旅程で、ディオルム侯爵領内の街へと到着した。
ガーロン・ディオルム侯爵子息が住む邸は、後日訪れることになるだろう。
準備が整い次第、邸を襲撃するからだ。
「良い街だね」
「そうですね」
綺麗な建物が立ち並ぶ大きな街だった。
王都程とまではいかないが、かなり栄えているようだ。
「あの《深淵の洞窟》で、王家の依頼を達成した英雄ガーロン……か」
呟いたクリフさんは、全ての事情を知っている。
戦士ガーロン・ディオルムの性格から小さな癖に至るまで、道中でじっくりと俺が説明したからだ。
「とりあえず魔物の素材を換金してきます」
「じゃあ僕は聞き込みに行ってくるよ。終わり次第宿屋に戻るから」
俺は街の案内板を見て、素材屋がひしめく一角へと向かう。
すると着いた早々、声を掛けられた。
近付いてきたのは日に焼けたゴツイ店主だ。
「おう、キョロキョロしてどうした兄ちゃん? 売りたいモンでもあるのかい?」
「あ、はい。そうです」
「しっかしなぁ。スライムの粘液なんて、俺達ぁ買い取らねぇんだよ。残念だが他所を当たってくれねぇか?」
『ハハハハハ』
周辺からドッと笑い声が巻き起こる。
スライムの粘液を云々というのは、駆け出しの冒険者を揶揄して使う言葉だ。
俺の年齢が年齢だけに、舐められているんだろう。
「じゃあ、どんな素材なら買い取ってくれるんですか?」
「そうさなぁ。兄ちゃんが持ってる素材以外は、何だって買うよ」
『ハハハハハ』
完全におちょくられている。
俺は溜息を吐いて向き直った。
「俺が持ってる素材は『買い取る価値もない』という事ですか? だったら、この店は物の価値も分からない店って事になりますね」
「はぁ? 馬鹿言うんじゃねぇよ! ウチはディオルム随一の老舗だ! それなりに名の通った店なんだよ!」
「物の価値も分からない店がディオルム随一の老舗なんですか?」
「ガキがふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
顔を真っ赤にしながら怒鳴るが、幾度も修羅場を経験してきた俺にとっては何てことはない。
まあ周囲の店主達が何も口を出さないところを見ると、「ディオルム随一の老舗」という主張には、誰も異論がないようだが。
「ひやかしなら帰れ! 帰ってきた英雄様のお陰でこちとら忙しいんだよ!」
――ああ、そういう事か。
妙に攻撃的だった理由が、薄っすらと分かった。
おそらくは店主に余裕がないんだろう。
ガーロンは差別主義者で、平民をゴミとしか思っていない。
大方、父親であるディオルム侯爵を通じて無茶な増税でもしているんだろう。
ガーロンは手練れの戦士だ。
例え親子といえど、ディオルム侯爵は息子のガーロンが恐ろしくて逆らえないのかもな。
「例えばですけど、レア素材を店でもっと扱えば儲かって楽になるんじゃないですか?」
「はぁっ? 一角獣の角粉を一摘み売ったのは2年前。魔鳥ガルデラの羽を3本買い取ったのが5年前。先代は豪炎蜥蜴の尾を取り扱った事もあるが、それだって40年も前の話だ。レア素材ってのは、そんなポンポン店に入って来るモンじゃねぇんだよ」
――豪炎蜥蜴?
「豪炎蜥蜴でいいなら、俺もそれなりに持ってますよ」
「はぁ?」
「倒した事がありますから」
「ば、馬鹿言うなっ!」
――とりあえず1体分でいいだろう。
俺はアイテムボックスから豪炎蜥蜴の尾を1本と、爪を6個出現させた。
『おおおおおおお!』
周囲から驚きの声が上がった。
豪炎蜥蜴の尾は5mを超える。
本物であることは一目瞭然だろう。
「お、おい」
「こりゃあ……」
「本物か? 偽物じゃねぇのか?」
誰かが言った。
「鑑定スキルを使える奴いるか?」
「誰かゼン爺さん呼んでこい!」
数分後、大急ぎで御老人が連れてこられた。
御老人はゴニョゴニョと言いながら豪炎蜥蜴の尾へと手をかざす。
「ま、間違いない。こりゃ本物の豪炎蜥蜴の尾じゃ」
『おおおおおおおおお――ッ!』
大歓声だった。
周囲は興奮のるつぼと化している
続けて爪の鑑定が始まったが、こちらも当然本物だった。
「兄ちゃんすまねぇ! 俺が悪かった!」
いきなり頭を下げられた。
「どうか、どうかこれを売ってくれねぇか……いや、売っていただけないでしょうか」
「いいですよ」
「……え? 本当かい? あんなロクでもない対応されたのに?」
「別に問題ないです」
気にする程の事じゃない。
「ありがとう!」
店主達は肩を叩き合って喜び始めた。
1店舗じゃとても取り扱えない金額になるとの事だったので、俺は「ディオルム素材組合」に豪炎蜥蜴の尾と爪を売る運びとなった。
平民の家が3軒建つくらいの値段になったので、これで十分だ。
ただし、これ以上一気に売り過ぎると値が暴落して彼等も困ると思う。
今後は売却量や売却時期についても調整する必要がありそうだ。




