18話 稀代の神官クリフ・ローレン
今は無き故郷であるアーガス村。
その近くに建てられた木造の小屋へと案内された。
俺は勧められるままに中へと入る。
「狭くて申し訳ないけど、まあ座ってよ」
「失礼します」
木の椅子は2脚あった。
俺が手前の椅子に座ると、クリフさんはお茶の準備を始めたようだ。
陶器のポット内に水を出現させて、火の魔法スキルで温めていく。
クリフさんはレアな異能の《無詠唱スキル》を持っている為、詠唱なしでの即時発動が可能だ。
回復魔法も結界魔法も攻撃魔法も使えて、更には無詠唱のスキル持ち。
中央大陸の大神殿で高位神官として働き、次代の大神官就任が確約されている人でもある。
そもそも攻撃魔法も使える神官は、クリフさんしかいない。
俺も人の事は言えないが、色々と規格外な人だと思う。
「ライル君は、村の様子を見に来たのかい?」
そう言ってカップへと紅茶を注いでいく。
「ええ、まあ。そんな感じです」
歯切れの悪い言葉で返した。
此処に来たのは、父さんと母さんの墓前でミーナの事を報告する為だからだ。
「村は相変わらず無人のままだよ。復興の話もないみたいだしね」
「そうなんですか。じゃあクリフさんは、どうして此処に? 俺はてっきり――」
「大神殿で神官を続けていると思ったかい?」
「はい」
俺はコクリと頷いた。
するとクリフさんは、しばらくしてから重い口を開く。
「僕は、これまでずっと神を信じて教義に従い、万民を愛し慈しんできた。人生も全て捧げてきた。けれど――」
クリフさんは拳を握り締めて震える。
「ロザリアは神の元に召されてしまった。愛する人を神に取り上げられたんだ。だったら、今までの僕の人生は何だったのだろうか? 神に尽くしてきたにしては、あまりにも無慈悲じゃないか」
「クリフさん……」
「僕はもう、神を信じる事に疲れてしまったんだよ。神官失格かな。ははっ」
力なく笑っている。
クリフさんは大陸中を周る巡教の旅の途中、アーガス村を訪れた。
その時に村長の娘であるロザリアさんと出会って、仲を深めていったんだ。
いつもニコニコと笑っていたロザリアさんは、優しく美しい人だった。
クリフさんが惹かれてしまうのは必然だったのかもしれない。
そして、クリフさんが長い滞在を終えて村を発つ日。
村中の人が固唾をのむ中で、クリフさんは言ったんだ。
『巡教の旅が終われば必ず迎えに来ます。一生を貴女に捧げますから、どうか僕を待っていてくれませんか?』
ロザリアさんが照れながら求婚を受け入れると、村の皆は笑顔で祝福していた。
平和で幸せな時間だったと思う。
けれどそれから数ヶ月後、あの最悪の集団暴走が起こったんだ。
「僕はロザリアが暮らした場所を、これからも守っていくよ」
窓の外を見ながら言うと、クリフさんは紅茶を一口飲んで俺を見た。
「でもライル君にはミーナちゃんがいるからね。まだ若い君には責任重大だろうけど、困ったことがあったら遠慮せずに頼ってほしい。僕達3人はアーガス村の縁で繋がっているんだから」
集団暴走の生存者リストを何度も確認したんだろうな。
クリフさんは、俺とミーナだけが生き残ったのを知っているようだ。
「違うんですよ。クリフさん」
「違う?」
――3人じゃない。ミーナはもういないんだ。
「シュナイザー達が流浪の賢者に助言を求めたことから、全ては始まりました。俺を仲間に入れる事を賢者に勧められて、あいつ等はアーガス村にやってきたんです」
「シュナイザー達……というと?」
「貴族の嫡男達で、3人組の冒険者です。クリフさんがアーガス村を発ってから、2ヶ月後くらいにやって来ました」
昂る怒りを抑えつつ話を続ける。
「シュナイザーは、ロザリアさんをしつこく口説いていたんです。ロザリアさんは『婚約者がいるから』と、何度も断っていたみたいですけど」
クリフさんは黙って話を聞いている。
「靡かないロザリアさんも、言い寄るのを妨害する村の住人達も、シュナイザーは許せなかったんです」
俺は神妙な顔でクリフさんを見た。
「あいつ等3人の中には魔術師がいましたから、派手な魔法で魔物を追い立てることが出来ます。それに、魔物をおびき寄せる魔導具を、村に設置したとも言っていました」
「いや、まさか。そんな……」
「魔物の集団暴走は人為的なものだったんです。そして親を亡くして生きる術を失った俺は、シュナイザー達を頼らざるを得なくなりました。あいつ等の計画通りに」
クリフさんは言葉も無く愕然としている。
「用済みになった俺は、口封じで殺されるはずでした。《深淵の洞窟》で麻痺させられて、最下層に向かって蹴り落とされたんです。だから俺は死んだと思われています。あいつ等の意に反して、どうにか生き延びましたけどね」
それから長い時間、俺達は黙っていた。
おもむろにクリフさんが口を開く。
「ミーナちゃんは? ミーナちゃんは、この事を知っているのかい?」
「ミーナは口封じで殺……もういません」
カップを持つ手が震える。
胸が痛んで「殺された」と声に出すことが出来なかった。
「俺を蹴り落とす直前に、あのクズ共がベラベラと真相を喋ったんですよ。本当に信じ難い内容でした」
俺は一旦言葉を区切る。
「俺が神気を纏えたのは、最下層で1年以上過ごして魔物を倒し続けたからです。これがその証明になります」
俺は冒険者カードを取り出して、テーブルの上に置いた。
クリフさんは手に取って、驚愕の表情で確認していく。
「こんな事が有り得るのかい?」
「レベルが99になった事までは確認したんですけど、俺が気付いた時にはそうなっていたんです。多分、人としての上限を超えたんだと思います」
一部の表示は99ではなく「――」となっている。
「本当の事……なんだね?」
「はい」
俺はクリフさんの目を見据えて頷いた。




