17話 故郷へ
あの《深淵の洞窟》とは違って、道中は魔物が常に襲い掛かってくる。
魔物達の危機察知能力が、それだけ低いという事だ。
そいつ等を難無く返り討ちにしながら、俺は故郷のアーガス村へと向かう。
ここは、故郷を襲った集団暴走の起点となった森であり、そこら中に魔物の気配が蔓延している。
だからこそ俺は、あえてその中を突き進んでいく。
魔物が寄ってくる方が好都合だからだ。
あいつ等への殺意が止まらないからだ。
戦いに身を投じれば、そんなドス黒い感情を少しは抑えられる。
――ミーナはもういない。
覚悟はしていた。
だが現実を突き付けられた時、予想以上にショックが大きかった。
心から笑える日なんて、もう二度と訪れないだろう。
俺は《隠密》を使うことなく堂々と森の中を進む。
しばらく歩くと《索敵》でウェアウルフの群れが視えた。
――何匹かいるみたいだな。
俺はそこに向かって真っすぐに歩いて行く。
「おいっ!」
風下側にいた俺の大声に、1匹のウェアウルフが素早く反応した。
遠吠えを響かせながら、先行してこちらに走り寄ってくる。
俺の事を「馬鹿な獲物だ」とでも思っているんだろう。
――お前等が狩られる側だとも知らずにな。
『グゥアアッ!』
唸り声を上げながら飛び掛かって来た。
俺はウェアウルフの爪に対して余裕でダガ―を合わせ、
「はぁっ!」
――《カウンター》
『ギャヒンッ!』
脚を縦にザックリ斬られたウェアウルフは、その痛みにのた打ち回る。
「次っ!」
一瞬だけ怯んだ別の個体を睨みつけてやると、
『ウ、ガァアアアアア』
動揺しながら俺に飛び掛かってきた。
「死ね」
爪をダガ―で受け止め、
――《カウンター》
斬ッ!
喉を割かれてカウンターの餌食となる。
口からゴボッと血の塊が飛び出し、首からも血が噴き出した。
似た状況でカウンターを2回使ったが、結果はそれぞれ違う。
一匹は前脚への斬撃となり、もう一匹は喉への斬撃で致命傷となった。
神気で反射の軌道を変えたからだ。
「ほら、来いよ!」
残ったウェアウルフは8匹。
それぞれが低く唸りながら、
『ガァアアアアアアア』
一斉に飛び掛かって来た。
「駄目だな」
――お前等は逃げるべきだった。
俺は左右のダガ―を巧みに使い、危な気なく捌いていった。
牙だろうと爪だろうと、カウンターを余裕で合わせる。
連携をとろうが単独で飛び掛かってこようが関係ない。
思考速度も運動速度も、俺の相手にならないからだ。
俺は最小限の動きだけで、次々にウェアウルフを血祭りに上げていく。
数分経たずに決着がついた時、ようやく気分が落ち着いてきた。
「勝てないと思ったら逃げろよ」
動かないウェアウルフを見つめながら呟いた。
高レベルな《深淵の洞窟》の魔物達であれば、脇目も降らずに俺から逃げている。
「勝てない勝負はするべきじゃないんだ」
自分に言い聞かせるように独り言ちた。
そしてそれは、俺が絶対に忘れてはいけない事でもある。
――成すべき事をやる前に、死ぬわけにはいかない。
「生きていればこそだ」
決意を新たに呟くと、少し先の茂みがガサリと揺れた。
だが《索敵》には反応がない。
――魔物ではないはずだが。
俺は警戒心を最大に引き上げて近寄っていく
そうして茂みを掻き分けて現れたのは、
「……」
「……」
どことなく懐かしい顔だった。
お互いに無言で顔を見合わせる。
「ライル君……だよね?」
「もしかしてクリフさん……ですか?」
「うん。そうだよ。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
俺は警戒を緩めた。
クリフさんは、大陸中央の大神殿で神官職を務める人だ。
金髪翠眼で本来は見目麗しいはずだが、目の前のクリフさんは髪も髭も伸び放題で、やつれた顔をしていた。
「ライル君。君は……」
何か言いたそうな顔をしているが、言葉が出ないようだ。
しばらく待っていると、クリフさんはゴクリと喉を鳴らした。
「クリフさん?」
「君は……もしかして神気を纏っているのかい?」
「見えるんですかっ!?」
「うん。見えるよ。実際に目にしたのは初めてだけどね」
神気が見える人に遭ったのは初めてた。
辺境の街や道中でも、神気が見える人はいなかった。
クリフさんは高位の神官だから、見えるのだろうか?
「俺の経緯を説明すると、けっこう長い話になるんですけど」
「じゃあ僕の家に来るかい?」
俺は頷いて、クリフさんの後についていった。




