16話 辺境の街ヴィロッジ
「う、あああああああああ!」
「グリフォンだ!」
「おい、逃げろっ!」
街道の先から悲鳴が聞こえる。
全速力で向かうと、旅の商人らしき集団がグリフォンに襲われていた。
鷲の頭に獅子の胴体。
翼まである強力な幻獣だ。
そのグリフォンが羽ばたいて空へと上がり、
「ケェエエエ――――ッ!」
甲高い声で集団へと竜巻を放った。
全滅不可避の幻獣スキル。
――間に合ぇ――――ッ!!
俺は全力で地面を踏み切った。
間一髪で剣身が竜巻に触れる。
滑り込みながら態勢を整え、
「《カウンター!》」
右手のダガ―で竜巻を弾き返した。
竜巻は風力を増しながら、一直線にグリフォンへと迫る。
「グゥギィエエエエエエエエエ!」
風の刃がグリフォンを切り刻みながら、その身体を天高く舞い上げた。
――これで終わりだ。
「はぁああああああ――――ッ!」
落下してきた巨体に向かってダガ―を振り切る。
――《カウンター!》
グリフォンはグシャリと潰れて再度空へと跳ね上がり、やがて地面に叩きつけられた。
ピクリとも動かない。
絶命したと見て間違いないだろう。
「ど、どうなってるんだよ。人間業じゃないだろ」
「……凄い」
「グリフォンだぞ?」
「幻獣って、レイド組んで倒すのが普通じゃないの?」
しきりに騒がれた後、ふいに静寂が訪れる。
何故か気まずい状況だ。
「俺は敵じゃないですよ。皆さんに危害を加えるつもりはありません」
無害を主張するが、これでどうなるか。
「あの……助けてくれて、どうもありがとう」
人好きのする顔立ちで、恐る恐る話し掛けてきた。
恰幅も良いし、おそらくは責任者なんだろう。
「信じられないくらい強いけど、もしかして名の知れた勇者様だったりするのかい?」
「俺は只の冒険者ですよ」
「只の冒険者? こんなに強いのに?」
「まあ、鍛えてますから」
そうとしか言いようがない。
「修羅場も超えてきてますし」
「ああ、ごめん。探りを入れてるわけじゃないんだ」
手を振り、慌てながら否定している。
「助けてくれてありがとう。助かったよ」
「君がいなかったら俺達は死んでたと思う。恩に着る」
「ありがとうね」
他の人からも口々に礼を言われた。
「冒険者として当然の事をしたまでです」
「ありがとう。本当にありがとう」
涙まで流されると、崇められてるようで居たたまれない。
「あの、倒したグリフォンなんですけど」
「ああ、もちろん君の物だよ。ヴィロッジの街には素材買取業者もいるし、よかったら紹介状を書こうか?」
「いえ。俺はグリフォンいらないんで、そちらで好きに処分してください」
「いらない? あんなに高価な魔物をどうして?」
「そうですね……宗教上の理由です」
てきとうな嘘を言ってグリフォンを引き取ってもらった。
あの人達は、今回の襲撃で大きな被害を受けているはずだからな。
グリフォンの素材を売れば、被害分を賄えるだろう。
俺は何度も頭を下げられ、遠くへと向かう一行を見送る。
「今日はここまでにしておくか」
そして野宿をする準備を始めた。
△
「起きてよ。お兄ちゃん」
「もう少し寝かせてくれよ」
「もう、起きてってば!」
「だから、まだ眠いんだって……って!?」
ミーナ!?
「ミーナなのかっ!」
「きゃあっ!? 急に何なの?」
俺はベッドから起き上がってミーナの肩を掴んだ。
確かな感触がある。
サラサラの長い黒髪に、パッチリとした琥珀色の瞳。
姿かたちも雰囲気も、記憶の中の妹そのままだ。
……生きていたのか。
「俺は、今まで長い夢を見ていたんだな」
ここはミーナを預けてる辺境の街ヴィロッジの家だ。
そしてミーナは生きている。
シュナイザー達3人は、俺を裏切ったりしていないという事だ。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。寝ぼけて勘違いしたみたいだ」
「いきなり脅かさないでよ」
「悪い。マジで最悪な夢だったんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
「ふーん。でも夢で良かったね」
「まあな。ところでさ、お前って今何歳だっけ?」
「11歳だよ。来週が12歳の誕生日」
という事は、シュナイザーから長めの休みを貰った直後だな。
俺は《深淵の洞窟》の冒険に向けて英気を養ってる最中だ。
「それよりお兄ちゃん。もう起きる時間だよ?」
「はぁ? 俺、今は休みなんだぞ」
だから好きに寝る権利があるんだよ。
「お休みって10日もあるんでしょ? 規則正しい生活しなきゃ駄目だよ」
「十分規則正しいんだって。これが冒険中だったら、ウチのパーティーはまだ全員寝てる時間なんだからな」
「でも近所のローランおじさんは、毎日早起きして素振りしてるんだけど? そうやって『冒険者の勘が鈍らないように生活してる』って言ってたよ。お兄ちゃんも冒険者なんでしょ?」
「いやいや。冒険者は寝れる時に寝ておくのが基本で――」
「お兄ちゃん!」
――煩いな。
「シュナイザーさんから長いお休み貰えたからって、いつまでも寝てたら駄目でしょ。休日は有意義に過ごさないと勿体ないよ」
「ハイハイ」
「ハイは1回でいいの!」
「ヘーイ」
「お兄ちゃん!」
「だから分かったって」
「もう!」
ミーナは諦めたように息を吐いた。
「朝ご飯出来てるから。早く食べてね」
「ああ。ありがとう……ん?」
何かニコニコしながら、期待した目で俺を見てるが。
「どうした?」
「今日は中心街に買い物に行くんだよね? 私も付いて行きたいんだけど」
「駄目だ」
「えー!」
ふくれっ面だ。
マセているようで、こういうところは年相応なんだよな。
「今日は無理だからな。明日でいいなら連れて行ってやる」
「……分かった」
「おう」
今日はミーナの誕生日プレゼントを買いに行くつもりだからな。
連れて行けるわけがない。
――それじゃあ起きるか。
座ったまま背伸びをすると、目の前に何かがヒラヒラと落ちてきた。
それは銀の魔糸で刺繍が施された赤いリボン。
まだ手元に無いはずのミーナへの誕生日プレゼントだった。
――買ってもいない物が、どうしてここに?
「あ、あ、ああああああああああああぁ――ッ!」
絶叫しながら夢から覚めた。
△
最悪の寝覚めだった。
ここが故郷の森に近い雰囲気だったから、夢に見たのかもしれない。
――くそっ。
俺はイラつきながら、野宿の焚火跡を消して出発の準備をする。
ダンジョンを出てから、ここまで4日掛かった。
あと少しでミーナが住んでいた辺境の街ヴィロッジに着く。
そうして歩き続けること約半日。
俺は街へと入り、ミーナが住んでいるはずの石造りの小さな家を見ていた。
呼吸を整え、ゆっくりと玄関に近寄っていく。
ノッカーに手を伸ばした。
胸の動悸が速くなっていったが、意を決してダンダンと強めに鳴らす。
けれど何度鳴らしても呼び掛けても、誰も家から出てこなかった。
「ライル……君?」
後ろから声がして、俺は振り返る。
「ハンナさん」
ミーナと仲良くしてくれていた、隣家に住むハンナおばさんだった。
気の毒そうに俺を見ている。
それだけで察してしまった。
一縷の望みは潰えたんだ。
「ミーナちゃんを探してるのかい?」
「……はい」
ハンナさんは膝を着いて泣き崩れる。
「私がもっと気に掛けてたら……連れ去られるなんて」
嗚咽交じりに「ごめんなさい」と何度も謝られた。
「ハンナさんのせいじゃないです」
「あんなに良い子が……ごめんなさい」
ハンナさんはしばらく泣いていた。
「ミーナちゃんを連れて行ったのは2人組で、黒いフードを被っていたみたいなの。でも顔を見た人は誰もいないみたいで。私も探したんだけど、手掛かりが何も見つからなくって……」
2人組はガーロンとダンログだろう。
本当にやるせない。
「ハンナさん。ミーナがお世話になりました」
「ミーナちゃんが見つかるように祈ってるからね。ライル君も頑張るんだよ」
「……はい」
俺は深々と頭を下げてから辺境の街を後にした。




