14話 旅立ちの日
「世界を手に入れようとか、滅ぼしてやろうとかは思わなかったのか?」
『思わぬ。面倒なだけだ。だからこそ此処におるのだからな』
こいつが暴れたら、誰であろうと止められない。
放置すると決めた神の判断は、概ね正しいんだろう。
ブラックドラゴンはそっとしておくに限る。
『貴様はどうだ?』
「俺?」
『世を支配したいとは思わんのか?』
「興味がない。断罪が全てだ」
成就させるには資金が必要になることも見越して、魔物から得られた素材はアイテムボックスに大量ストックしている。
ここには掃除屋が定期的に湧いて素材を回収していく為、全量ストックとはいかなかったがな。
それでも膨大な量をストック出来たから、今後金に困ることはないはずだ。
ここの魔物の素材はレアだから、間違いなく高値で売れるだろう。
「それより、脱出には協力してくれるんだよな?」
『うむ。貴様の望む方法で力を貸してやる』
いくつかの案があった。
【有翼の魔物に上層階まで運ばせる】
魔物はブラックドラゴンの下僕ではないので断念した。
【植物系魔物を大量に倒し、その繊維でロープを作る】
上層階にロープを運ぶ方法がないので諦めた。
【暗黒炎のブレスで傾斜穴を開けて歩いて登る】
ブレスは放射状に広がっていく為、地表の被害が甚大になるので不採用。
【天井の穴まで運んでもらい、穴の中を地道に昇っていく】
これが決定案となった。
カウンターの反発力を利用して、壁を蹴り昇っていく方法だ。
『よかろう』
そう言って、ブラックドラゴンは後方の窪みへと首を突っ込む。
何かを咥えて、俺の前へとガシャリと置いた。
「これは?」
『我の牙から作り出した剣身だ』
白い2本の剣身は、ダガ―の長さに揃えられている。
おそらく折れることのない最硬レベルの代物だろう。
何かゴソゴソやっていたのは知っていたが、これを作っていたのか。
『使え。貴様のダガ―は、もはや使い物になるまい』
愛用しているダガ―は、ブラックドラゴンの攻撃を受け続けてボロボロになっていた。
『鱗も持っていくがいい』
ブラックドラゴンは牙で鱗を剥ぎ落とす。
一抱えもある黒い鱗は3枚もあった。
「……いいのか?」
剣身も鱗も、値が付かない程の品だ。
『餞別だ』
俺は有難く頂戴し、アイテムボックスへと仕舞う。
『行くぞ。乗れ』
「ああ。よろしく頼む」
俺は寝そべったブラックドラゴンの頭に乗った。
『貴様!? ……ククッ』
「どうした?」
『背に乗らず我の頭を足蹴にするか。真に楽しませおるわ』
ブラックドラゴンは立ち上がる。
『ライル。志半ばで折れれば、我は貴様を喰らいにいく。それを努々忘れるな』
「分かってる。世話になったなギザラム」
ブラックドラゴンは漆黒の翼を広げて飛んだ。
上昇と滑空を繰り返しながら、天井に空いた穴へと近付いていく。
――じゃあな。
俺は足元を全力で蹴って跳び上がり、天井に空いた穴の中へと入り込んだ。
穴の直径は5m程だ。
強力な蹴り足を使い続ければ、壁の端から端まで余裕で届く。
俺はカウンターを使いながら、片足ずつ交互に壁を蹴っていく。
左側壁を蹴って右上に跳んだら、次は右側壁を蹴って左上に跳ぶ。
それを繰り返すことで、少しずつ壁を昇っていった。
そして、
「帰ってこれたんだな」
シュナイザーが俺を蹴り落とした部屋へと到達した。
「約1年ぶりか」
目の前の光景は、あの時から何も変わっていない。
俺は特に感慨に浸ることもなく歩き始めた。
ダンジョンマップも罠の位置も全て把握している。
魔物は俺に近寄らない為、数時間後にはダンジョンの外で久しぶりとなる太陽の光を浴びていた。
「行くか」
俺は「もしかしたら」という一滴の希望に縋り、大地を踏み締めて歩き出す。
妹が住んでいた辺境の街ヴィロッジへと向かって。




