13話 神話の時代
更に20日が過ぎた。
スキルにも磨きが掛かり、修練の最終段階が近付いている事を実感する。
ブラックドラゴン曰く、
『カウンターの反射軌道は、神気によって僅かに捻じ曲げられる。貴様は想像力と感覚を研ぎ澄まし、神気を自在に操る術を学ぶことだな』
『先にも言ったであろう。不殺を貫きたいのであれば神気を使え。返す力の軌道を変えれば、致命傷を与えずに済むのだからな』
『炎のブレスを返した際に、周囲までも巻き込む理由だと? 拡散するブレスを返すからこそ、拡散しながら返るだけのことよ』
――いくらなんでも詳し過ぎないか?
それが、ここ20日の間に感じた疑問だった。
俺の質問にスラスラと答えて、悩む素振りを一切見せないからだ。
「なあ」
『何だ?』
「神話の古竜って、この世の全てについて知ってるのか?」
『全知の存在などおらぬ』
「じゃあ何でそこまでカウンターに詳しいんだよ? まさか『関係者だから』とか言わないよな?」
カウンターの詳細情報なんて世に出回っていない。
誰も修得したがらない「死にスキル」でもあるからだ。
ましてや神気を使った応用なんて、誰一人として知らないはずだ。
『我が関係者だと? クックック。確かに間違ってはおらぬがな。言い得て妙ではある。ハーハッハッハァ――ッ!!』
最下層フロアを揺るがす大音声だった。
俺がこいつを見てきた中で、おそらく最も五月蠅い笑い声だ。
『――!?』
魔物達が一斉に避難を開始した。
どうやら怯えているようだ。
『クックック。人間は時に突拍子もない事を言う』
「気は済んだか?」
『ふむ。我がカウンターに詳しいのは当然と言えば当然よ』
「当然?」
『最古のスキルであるカウンターは、我を滅ぼす為に創られたのだからな』
「はぁっ?」
変な声が出てしまった。
まさか神話の時代の出来事なのか?
『ククッ。しかしカウンターでは我を滅ぼす事など出来ぬ』
「ああ」
それは重々承知している。
『イーグリーフという名は知っておるな?』
「子供でも知ってる名前だ。スキル神イーグリーフだろ?」
『如何にも』
人がスキルを修得する際、スキル結晶を使ってイーグリーフに祈りを捧げる。
スキルを授ける神であり、神界上位12柱にも数えられる存在だ。
『いつまでも我を滅せぬ事に業を煮やした創世神は、猛神イーグリーフに厳命したのだ。『暗黒竜ギザラムの消滅に尽力せよ』とな。そうして創られたのがスキルでありカウンターだ』
ブラックドラゴンは神でも滅ぼせないと言っていたが、眉唾じゃなさそうだ。
『我を倒す為に現れたのは、カウンターを修得したイーグリーフ自身であった。下位神5柱も戦いに馳せ参じ、6柱纏めて我が迎え撃ったのだ。100日以上もの間、奴等とは戦い続ける事となったがな』
「でもカウンターでは、お前は倒れなかったんだよな?」
『ハーハッハッハァ――ッ!』
しばらく経って笑いが収まると、また話し始めた。
『滑稽であったわ。僅か数手で、我を滅せぬ事に気付きおったのだからな。ククッ。しかし創世神の厳命により後に退けぬ奴等は、ありとあらゆる手を使い、イーグリーフのカウンターで我に挑み続ける他無かった』
そういう経緯があったのか。
『元来の奴は、先陣を切って戦場で暴れる猛神であった。スキルなどに頼らず、己の力のみで挑んでくれば良かったものを。ククッ。あの大たわけめ』
ブラックドラゴンは目を細めて静かに笑う。
「嬉しそうだな。殺し合ったんじゃないのか?」
『幾日も顔を突き合わせておれば、殺し合う仲であろうと情が湧くというものよ。それは神の陣営である奴とてそうだった。我に創世神の愚痴を喋るくらいにはな』
「決着はついてないんだよな?」
『奴に帰還命令が出たのでな。創世神が『スキル神』の価値に気付いて、呼び戻したのであろうよ』
スキルを生み出せるのはイーグリーフだけだ。
存在自体が貴重なんだろう。
「そういう経緯があったんだな」
神話を聞き終えて、俺は修練を再開する。
それから数日が経ち、最下層フロアを後にする日がやって来た。




