12話 神気を纏う人間
『貴様が魔喰い鬼を屠って以降、我は貴様を『視て』おった』
俺は数百体の魔喰い鬼を倒してきた。
「いつの話だ?」
『最初からだ』
「最初から? まさか1体目の魔喰い鬼の時から見ていたのか?」
『如何にも』
そうなると一年以上も前から観察されていたことになる。
おそらくは俺の手の内も含めて、全て把握されているだろう。
「俺を殺そうとは思わなかったのか?」
『何故だ?』
高位竜族特有の「気の吸収」は、睡眠時に行われるというのが定説だ。
真聖竜なら聖気を、暗黒竜なら瘴気を吸収して強くなる。
だが俺と魔物の戦いの喧騒は、一年以上も続いている。
その間はブラックドラゴンも十分な睡眠を取れなかっただろう。
「耳障りだったはずだ。俺を放置していたのは何故だ?」
思い通りに眠れない状況にはイラついていただろう。
だからこそ、俺を容易に殺せたこいつが、今まで手を出してこなかった理由が分からない。
『貴様は我の興が乗る稀有な輩だ。珍しさで生かしておいたまでよ』
睡眠欲よりも好奇心の方が勝ったのか。
『貴様を喰ろうてやるつもりが、思いの外楽しめたのでな。喰い気も失せてしもうたわ』
そうは見えないがな。
何が琴線に触れたのかは知らないが、こいつの興味を引き続けたからこそ、俺は命拾いした。
それだけは間違いなさそうだ。
『貴様は人の身にもよらず、神の領域へと至りおったのだからな』
さっきから「神の領域」と言ってるが、何の話だ?
『更には神の頂すらも超越してみせた。なんと奇怪な事か』
「神の領域だの頂だの、俺はそんな大層なもんじゃない。只の人間だ」
『おかしなことを言う。貴様は神気を発しておるではないか』
「神気?」
『魔物共が貴様に寄り付かぬのは、貴様が神気を発しておるからであろうが』
「――」
口を開けて呆然としてしまった。
腑に落ちてしまったからだ。
確かレベルが95を超えた辺りからだろうか。
俺に近寄らない魔物がチラホラと見受けられるようになった。
そしてレベルが99になってからは、全ての魔物が逃げ出すようになった。
『貴様が成した事は人の常識を逸しておるという事だ。だがそれは人の常識に限った話でもない。神の常識からも外れておるのだ。貴様は『完全なるゼロ』まで再現してみせたのだからな』
完全なるゼロ?
『始原の創世神といえど時は操れん。『完全なるゼロ』を見定めて技を放つなど、神でも困難を極める事だ』
「話がズレてないか? 俺はカウンターを使っただけだ」
『解せぬか? だが有象無象の神には成し得ぬ事だ。上位の神であれば艱難辛苦の末に踏み込める領域かもしれぬがな。ククッ。しかし貴様は人の身にも関わらず、それを成し遂げおった』
「俺を買い被り過ぎだ」
『世迷言を言うな。貴様が暗黒炎を受けて、無事でおるのがその証拠よ』
「だからそれはカウンターで跳ね返したからだろ?」
『時の完全一致なく、僅かでも遅れてカウンターを使用しておれば、貴様は傷を負っていたはずだ。我の暗黒炎は神をも殺せるのだぞ』
「……」
言葉を返せなかった。
確かに俺はあの時、自分の死を覚悟したからだ。
生きていられるのが不思議なくらいの恐るべき炎だった。
だが俺は無傷のままで此処にいる。
それはきっと、ブラックドラゴンの言い分の方が正しいからなんだろう。
暗黒炎のブレスを受けると同時に、俺は一切の時間差なくカウンターを放ったんだ。
「無我夢中だったからな。奇跡が起きたんだろ」
単に運が良かっただけにも思えるが。
「俺がどうこうじゃなくて、見えない何かが影響したんじゃないのか?」
『有り得ぬ話ではない。貴様が『見えない何か』すらも操ったのかもしれぬ』
ブラックドラゴンは、もたげていた首を上げて俺を見た。
『貴様が成した事は、神々でさえ容易に手が届かぬものだ。それを肝に銘じておくのだな』
「ああ。分かった。心に留めておく」
俺は神妙に返事をしたが、余計な心配だとも感じた。
話を聞く限り、何度も出来ることじゃなさそうだからな。




