01話 マルチスキルの冒険者
ここは《深淵の洞窟》と呼ばれている。
ブラックドラゴンが住処にしている巨大なダンジョンだ。
「ドジ踏むなよライル」
金髪碧眼の聖騎士は言った。
先頭を歩く俺(ライル・グローツ16歳)は静かに頷く。
洞窟に入ってかれこれ1ヶ月になる。
カンテラが照らす苔むした壁や、湿気った空気にも大分慣れた。
「チンタラ歩いてんじゃねーぞコソ泥!」
警戒役の俺をコソ泥呼ばわりしたのは、赤髪短髪の大柄な戦士だ。
俺は冒険者の盗賊ってだけで犯罪者じゃないんだが。
それを承知の上で煽ってくるからタチが悪い。
「コソ泥じゃなくて盗賊だ」
「ああっ? 口答えすんじゃねーよ!」
「静かにしてくれ。《隠密》の効果が消えたらどうするんだ」
長期探索でイラつくのは分かるが、ここは最上級難度のダンジョンだ。
少しのミスが命取りになることを理解しろと言いたい。
「だったら《消音》でも掛けろやボケが!」
「……はぁ。《消音》」
遮音性を高めるスキルだ。
周囲が特殊な空気に包まれる。
そもそも小声で話せば《消音》まで使う必要はなかったんだがな。
俺は内心呆れつつ、4つのスキルを行使し続ける。
《索敵》で洞窟内の魔物を警戒。
《身代り》で囮を20体作り出して魔物を誘導。
《隠密》と《消音》でパーティー全体の安全性を高めた。
複数スキルの同時使用が可能な人間は非常に稀だ。
だからこそ俺は、この高レベルパーティーに加入出来た。
レアな能力と膨大な魔力量を見込まれてのことだ。
聖騎士シュナイザー、戦士ガーロン、魔術師ダンログ。
20歳そこそこの3人と、16歳の俺でパーティーを組んでいる。
全員若いが、今では王国内でも実力屈指のパーティーだ。
――あれから3年になるんだな。
周囲を警戒しながらも、そんなことをふと思う。
3年前、魔物の集団暴走で俺の村は滅んだ。
その時に俺達兄妹を助けてくれたのが、村はずれにいたシュナイザー達だ。
思い出したくもないが、こいつ等との幸運な出会いにだけは感謝している。
途方に暮れる俺を不憫に思い、パーティー契約も結んでくれたからな。
辺境の街で妹ミーナの面倒を見てもらう代わりに、俺が働くという契約だ。
それは身寄りのない俺達兄妹にとって、非常に有難い提案だった。
俺が貢献する程に、ミーナの生活環境も向上する内容だったしな。
だから俺は、戦闘面以外においてもあらゆる仕事をこなしている。
旅先での面倒事や交渉事も、一手に引き受けて担当してきたんだ。
だからだろうか、若さにそぐわない人間になってしまったが。
「次が最後の部屋だ。入る前に少し調べるから、皆はここで休憩しててくれ」
振り返って伝えた。
何らかの危険も予想される為、「石扉には不用意に近付かないように」と念を押すことも忘れない。
「さて、やるか」
――これが終わればミーナに会える。
12歳のミーナは、人懐っこくて可愛い妹だ。
ここ数ヶ月は会えていないから、帰ったら膨れっ面で出迎えられそうだが。
そんなことを考えていると、つい笑みが零れてしまう。
俺達を救ってくれたシュナイザーには、感謝してもしきれない。
だからこそ、仕事は最後までキッチリやるつもりだ。
「ライル。今後のアテはあるのか?」
シュナイザーが何とは無しに聞いてきた。
「俺は冒険者を続けるよ」
「へぇ」
今回のダンジョン探索をもって契約は終了だ。
4人パーティーとして過ごす生活も、もうすぐ終わる。
俺以外の3人は貴族の嫡男だからな。
拍付けでやってる冒険者稼業は引退するらしい。
俺はソロ冒険者となってしまうが、安全面の心配は要らない。
今回みたいな名誉重視の危険な依頼は、もう請けるつもりがないからだ。
ミーナを路頭に迷わせるわけにはいかないからな。
それだけは肝に銘じて生きていきたい。
「《潜入情報》」
スキルを発動すると、同階層内の立体地形図が脳内に展開された。
身を乗り出したくない危険な場所では、必須とも言えるスキルだ。
――地形的に、大掛かりな仕掛けはなさそうだな。
壁や天井にも、仕掛けが動いて擦れたような形跡は見られない。
「サボんじゃねーぞコソ泥」
ガーロンが暇つぶしで毒を吐く。
尊重し合うのが仲間だろうに、コイツの頭の中はどうなっているのか。
――いや、問題があるのはガーロンだけじゃないか。
聖騎士シュナイザーは軽薄で女絡みのトラブルが絶えず。
戦士ガーロンは暴力的で極度の身分差別主義者。
魔術師ダンログは人をいたぶるのが趣味の嗜虐思考だ。
3年前に俺達兄妹を救ってくれたのは一体何だったのか?
只の気まぐれだったのかもしれないが、今となってはもう分からない。
そんなことを頭の片隅で考えながら、盗賊としての仕事をこなしていく。
同時思考や平行作業は俺の得意分野でもある。
「今までの傾向から考えると――」
天上に毒液がセットされていた事があった。
アラームで魔物をおびき寄せる仕掛けもあった。
いずれも「扉に近付くと発動する」という罠だったが。
――ワンパターンだな。
この洞窟に1ヶ月も籠って延々と罠を解除してきたんだ。
罠師が次に何をやりたいのか、大方の予想はつく。
「何か投げてみるか」
俺は複数の小石を拾って、その内の1つを扉へと放り投げた。
右側面の壁から矢が飛んで、左側面の壁へと突き刺さる。
「射出系か」
そのまま投石を何度か繰り返すと、やがて矢切れになったようだ。
俺は慎重に扉へと近付いてから右手で触れる。
「《盗賊の指先》」
指先から扉へと魔力が浸透していった。
魔力反響によって危険の有無を察知するスキルだ。
己のスキルレベルが低いとUnKnown(不明)となってしまうが、今回の判定結果はSafety(安全)
Danger(危険)ではないことを確認し、俺は安全チェックを終わらせた。
「終わったぞシュナイザー」
「……そうか。いよいよだな」
感無量と言った感じでシュナイザーは言った。
今回は王家からの調査依頼で、最難関ダンジョンの探索をやっている。
・最深部直前(この石扉の奥)までの詳細なダンジョンマップの作成
・全ての罠および危険情報の作成
・生息する魔物目録の作成
以上3点が依頼された内容だ。
そもそもこのダンジョンは、現存する資料が簡易マップのみとなっている。
乱雑に書き殴られて、道が途中で途切れているような代物だ。
だがそんな簡易マップですらも、数十年更新されていなかった。
それ程に危険な洞窟という事だ。
難易度は推して知るべしだろう。
俺が《身代り》《隠密》《索敵》《消音》などのスキルを駆使している間に、他メンバーが高火力で魔物を各個撃破していく。
一方的に殲滅可能だからこそ、こんな場所まで来れたと言える。
「また勲章が増えそうだ」
シュナイザーは素っ気なく言ったが、まんざらでもなさそうな顔だ。
特に今回は超高難度のSランク任務だからな。
貴族嫡男の拍付けとしては、十分過ぎる成果になるはずだ。
「扉を開けるぞ」
俺は石扉に手を掛けて押す。
重々しい音を響かせながら、ゆっくりと開いていった。
そこは広い部屋だった。
床の中央部には直径5m程の穴が開いている。
「あれが、最下層に通じる穴か」
慎重に近寄って、穴の底へと《索敵》の意識を向ける。
――うおっ!?
言葉が喉元まで出掛かった。
おぞましい数の魔物が生息していたからだ。
「落ちるなよ。落ちたら死ぬぞ」
俺は警告すると、部屋のチェックを始めた。
10分程度で問題なく調査が終わる。
「シュナイザー。この部屋の罠はゼロだ」
「そうか」
「ああ」
「じゃあ念紙スクロールを見せてくれよ」
「ちょっと待ってくれ。今すぐ書き込むから」
必要な情報を念紙スクロールへと転写していく。
魔力を放出しながら指を這わせると、頭で念じた事を書き込める紙だ。
「はいよ。これで完成だ」
念紙スクロールの束を丸めて手渡し、俺の仕事は終了した。
あとはダンログの《帰還魔法》で脱出するだけだ。
「なあライル」
「ん? 何だ?」
「これから妹に会いに行くんだろ?」
「ああ。なるべく早く会いに――」
ヒュンッ。
風切り音の後に痛みが生じる。
目を向けると、右腕には赤い傷があった。
「え? これは?」
「即効性の麻痺毒だ」
ニヤリとしながらシュナイザーは言った。
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