先輩のこと
今回はちょっと視点を変えて、学校の後輩から見たケイの話です。
ケイ先輩は不思議なひとだと思う。
おとうさんの仕事の都合で中学校進学に合わせて岡谷シティから筑波シティに引っ越してきた。
先輩を見掛けたのは入学した中学校の先生に挨拶をしてから寮の部屋を案内をしてもらいに行く時が最初だ。
まんぼうのホロを出して、そのアイ・端末と話をしながら歩いていたので気になった。
現在の筑波シティでは結構多くの人がホロを出したままにしているけれど、そのころはとても目立った。
次に見たのはその日の夕食の時の食堂。
この時もホロを出しっぱなし。
でも、周りの誰も気にしている様子がない。
「ああ、この辺の子はもう慣れちゃっているから。でも確かに初めて見たら驚くかもね。」
同じクラスになるからと先生から紹介されて一緒に食事に来ていた隣室の子に聞いてみたら結構な有名人だった。
いつもアイ・端末と話しているなんて、友達が少ない人なのかな?って考えちゃったけれど、そんなことはなかった。
しかも3年生だというのでびっくり。
てっきり同じ1年生だろうと思っていた。
どちらかというと小柄だし、ちょっと幼いかなって感じの見た目だったし。
そして学年は違うのにみんなが先輩のことを知っていた。
成績も結構良いそうだ。
運動は少し苦手みたいだけれど嫌いじゃないらしい。
新しい学校にも慣れたころ、部活に入ったら同じ部にケイ先輩が居た。
その部活動で先輩は思いっきりオモチャにされている。
後輩でさえも部のマスコットみたいな感じで見ているみたい。
今年の部のテーマは「先輩の観察」だったし。
あ、一応表向きは「アイ・端末の育てかた」だよ。
最初は同学年だと思っちゃったぐらいなのに、後輩の面倒見も良くて、そこはやっぱり先輩なんだなと思う。
「アイ・端末の育てかた」の実験ではアイ・端末をいつも表示しているグループを選んだ。
こうしてホロが一緒に居ると何かとアイ・端末と話をすることが多くなる。
アイ・端末から話をしてくることも増えて、実験の成果が上がっていると感じる。
ある時ふと先輩に、どうしていつもホロを表示しているのかと尋ねてみた。
そうしたら、うんと小さい時から出したままだから、理由とかはよくわからないと言っていた。
ところで、みんな先輩のことを話すとき「めぐみちゃん」とか「めぐみ先輩」とか言っている。
最初はそれが本名だと思っていた。
念のためにと友達が教えてくれていなかったら「めぐみ先輩」と呼びかけていたかもしれない。
危なかった。
そう言われるのを結構気にしているらしいから。
確かに本人の居るところで聞いたことはなかった。
実は気づいているみたいだけれどね。
先輩はどこへでも歩いて行く。
エレベーターも動く歩道も使わない。
そうやって朝食の後はたいてい校舎の屋上へ。
空いた時間や休みの日は市場や図書館、それに公園なんかを歩いているらしい。
意外と行動範囲が広くて、そのどこでもまんぼさんが一緒。
だから学校内だけではなくて周辺でも随分と知られていた。
食べ物は好き嫌いなく何でも食べるみたい。
料理も好きで家では結構台所に立っているそうだ。
誕生日は3月6日。
年の近いお兄さんがいるらしい。
誰にでも優しいけれど、彼女さんが居るようにはみえない。
どんなタイプが好きかってのもわからなかったな。
噂では学園祭の時に来ていた前の部長が随分と先輩のことを気に入っていたらしい。
そのケイ先輩もこの春からは高校に進学して寮から自宅に戻って行った。
それでも通学を選んでいるのでお昼に食堂で会うことが多い。
気がつくと、にっこりと挨拶してくれるのは変わらない。
部活動にもよく顔を出してくれている。
実は先輩のことでは、多分他の誰も知らないことを知っている。
部活動に入った時、そこに先輩が居たことにもびっくりしたんだけれど、もうひとつ驚いたことがあった。
その時までは遠くから見かける程度だった先輩と近くで会うのは初めてだった。
だから今までは気がつかなかったんだけど。
これ、知ってる。
先輩のブレスレットは特別製だ。
ちょっと見には珍しい装飾パーツを付けてるってだけなんだけれど。
多分まだ2台しかないはずのアイ・ホスト接続専用端末だ。
おとうさんの会社でそういうものを造ったということは知っている。
本当は家族にも話してはいけないのだろうけど、引越の理由を説明する時にちょっとだけ教えてくれた。
1台目は岡谷シティの研究所で製造していた、2台目の試験と1台目のモニタリングが筑波シティでの仕事になると。
確かホスト接続を時間制限がなく使えるということだった。
実物を見せてもらったわけではないのだけれど、おとうさんの会社の製品は見ればわかる。
それが市販品ではないものだということも。
他の先輩たちは知っているんだろうか。
まんぼさんの表示を気にしないのと同じで、知ってても普通に接しているのだろうか。
でも先輩たちの会話を聞いていたら、これは知らないんだろうと思った。
だってもし知っていたら、まんぼさんが特別な理由を端末のせいだと思うはずだもの。
だから、このことを誰とも話すことはできない。
先輩に聞くわけにもいかないと思う。
ところで少し考えておかしいことがあるのに気がついた。
おとうさんから聞いた話だと専用端末が完成したのは直接接続の発表があった頃だった。
その前後に珍しく出張が何度かあったのを覚えている。
でも聞いた話だと、その前からまんぼさんは他のアイ・端末とはずいぶん違っていたらしい。
ならば、だからこそ、まんぼさんとケイ先輩が注目されて専用端末を持つことになったのかもしれない。
おとうさんが筑波シティに引っ越すことになったのは、先輩が居たからなのだろうと思った。
ただ、普段から注意して見ていたのだけれど、先輩が専用端末を使っている様子はなかった。
だから一体なんのために着用しているのかは今になってもわからない。
そんな先輩から話がしたいので家に来てほしいとメッセージが来た。
色々と考えることはあったけれど、タイミング的には多分夏休み明けに始まる付属高校との共同研究の件みたいな気がする。
でも何となくそんな気がするってだけで、ケイ先輩は高校が違うし本当に関係があるのかはわからない。
ともあれ断る理由もないので行ってみることにする。
お土産は何にしよう。