草原実習4
「さて、こうしていても仕方ない。日の暮れる前に俺たちのタウンに来てもらおうと思う。」
「良いの?」
「置いてくわけにもいかないだろ。俺の家にも連絡してある。」
「ありがとう。」
「それで、ヴィークルも動かないし。ここから30分程歩くがシティ育ちに付いて来れるか?」
まあ、俺だけなら15分程度の距離なんだが。
「大丈夫だと思う。」
「なるべくゆっくり行くがな。」
「ありがとう。」
「それとケイに言っておかないといけない事がある。」
「なに?あらたまって。」
「タウンに行くといって何か気づくことはないか?」
「?」
「タウンにはシティとの中継器がある。」
「あっ!」
「早まったな。」
「…。」
やっぱり言わなきゃ良かったかな…。
「まあ気を落とすな。シティと通信できればアイ・ホストにバックアップがあるだろう?」
「でもバックアップを上書きしたら、まんぼさんはジェイと初めて会った時の記憶を無くしちゃうんじゃない?」
何うるっとしてるんだ?
「おい自分でリセットまでしておいて何を言ってる。シティでのこれまでの記録の方が大事だろう。」
「う…ん。それはそれ?」
やはりこいつの反応はよくわからない。
「へえ、最初はもっとお兄さんだと思った。」
俺と年齢がひとつしか違わないと知るとケイは驚いていた。
草原実習の年齢を知らなければ俺もケイをもっと年下に見たと思う。
「その割には最初から妙に馴れ馴れしくないか?」
「そういえばそうだね。何でだろう。きっとジェイの人徳?だよ。」
「それはありがたいことだなっ。」
ケイはマンボウのホロを表示したままで歩いている。
時々気になるものを見つけては俺にたずね、それからアイ・端末にも話しかけている。
でも、アイ・端末はリセットしてしまったからだろう、相槌を打つ程度でよそよそしくみえる。
ケイも会話が続かず、もどかしそうだ。
「この付近に水源があるようです。」
思ったより早いペースで道半ばまで来たころ、ケイのアイ・端末が突然喋りだした。
「しゃべった!!まんぼさんが自分でしゃべったよ!」
やはりアイ・端末との会話が少ないことを気にしていたらしい。
そして俺も驚いた。
突然喋ったこともだけれど、その内容にも。
確かに歩きながら水源がある場所の特徴とか、そんな話もしていた。
そして実際この辺りにも水源が1箇所ある。
とはいっても周囲には結構似た様な森が点在しているから当て推量も可能だ。
「それはどこだと言っている?」
「まんぼさん。それはどの辺?」
ケイはアイ・端末が表示した周辺の概略図と周囲とを見比べている。
「う~んとね、あそこの森だって。」
ケイが指さしたのは、見事に水源のある場所だった。
「当たりだ。でも残念だがあそこは雨季にならないと水が貯まらないんだ。」
「そうなの?でもまんぼさんが教えてくれたんだし見に行っても良い?」
「それで納得するなら行ってみよう。たいした寄り道でもないしな。」
行ってみるとやはり乾いてひび割れた窪地の底が見えていた。
「ジェイの言うとおりだったね。まんぼさん、雨季にならないと水が貯まらないんだって。」
「納得したか?」
「うん。ありがとう。」
俺は自分のアイ・端末を呼んでみた。
「ここを水源と判断できる確率はどのくらいある?」
「水源である蓋然性は74%です。」
決して低い値ではない。
とはいえ確実な数値と考えるには85%くらいは必要だ。
もっとも、現在は乾季なので雨季に比べて低く判定されるという事情もある。
気象条件を考慮せずに周囲の地形などだけで判断すれば高くなるのかもしれない。
ともかくリセット直後のわずかな会話の中で、このアイ・端末は判断の条件を学習したらしい。
「うわぁ。クラゲさんだー。」
ケイが俺のホロに気付き見に来た。
「なんて名前なの?」
「クラギーさん…だ。」
「へぇ。ねぇまんぼさん、ジェイのアイ・端末はクラゲのクラギーさんだって!」
「単純な名前で悪かったなっ。」
「えぇ?全然~。まんぼさんもそうだもんね。」
「そういえばそうか。」
「ところでリアル・マンボウはクラゲが大好物なんだよ。知ってた?」
「っ!!」
それからもケイは疲れた素振りを見せず、思い出したように気になるものを見つけては俺やアイ・端末に話しかける。
アイ・端末は相槌を打つだけに戻ってしまったが、ケイは何か満足そうだった。