接触1
週が明けた月曜日は昼までに課題を済ませた。
昼食を食べ終えると俺は週末から考えていたことを実行に移す。
「クラギーさん。これから色々と教えてほしい。まずは仕組みの確認だ。」
「わかりました。」
「クラギーさんたちアイ・端末はアイ・ホストへの情報送信を行っている。ホスト側には全てのアイ・端末からの情報が蓄積されて使われる。」
「はい。提供した情報は情報収集ユニットが集積し、それを情報処理ユニットが分析します。」
「クラギーさんがこのホスト側の蓄積情報を参照することってあるのか?」
「それはありません。参照権限もありませんし、参照できたとしても私には規模が大き過ぎて処理できないと見込まれます。」
「そうだよな。で、それとは別にクラギーさん自身は経験したことを自分自身が使うための知識として蓄積する。」
「はい。」
「もしもクラギーさんの知識では対応できないことが発生した場合にアイ・ホストの力を借りることはあるのか?」
「はい。問い合わせを行い、実施可能な作業方法や判断結果としての回答を受け取ります。」
「それじゃあ逆にアイ・ホストからクラギーさんに対して問い合わせが来るようなことは?」
「原則としてアイ・ホストは特定の端末やヒューマン個々を処理の対象とはしていません。私も問い合わせを受けたことはありません。」
「アイ・ホストから問い合わせ以外の働きかけは?例えばオペレーターによる介入とか。」
「ホスト側からの働きかけ、ということでしたら幾つかのケースが有ります。定例的に発生するのは端末のシステム保守です。」
「なるほど。それがあったか。」
「それから病人や老齢者の見守り、また監察中の対象者や犯罪実行者の監視なども行われます。」
「ああ。それもホスト側からの働きかけになるのか。」
「ただしいずれも実施するヒューマンには一定以上の操作権限が必要で、犯罪関連と緊急性を認められた事案以外は基本的に事前の認証と対象となるヒューマンの承認が必要となります。」
「あれ?システム保守も承認が必要なのか?承認した記憶はないんだが。」
「端末の設定でシステム保守を「承認する」が初期値となっています。これは拒否に変更することが可能です。」
「そういうことか。」
「ところでここまでの会話でアイ・ホストへの問い合わせが必要な場面はあったか?」
「いいえ、ありません。」
「クラギーさんの知識内で回答可能な範囲ということだな。」
「それは正しい認識ではありません。」
「クラギーさんの知識に無く、でもアイ・ホストにも問い合わせない。一体どういうことだろう。」
「まず、私の知識といえるものは大きく二つの保有形態があります。一方は端末上、他方はホスト側で私の固有領域に格納されています。」
「ホスト側の固有領域…、というとバックアップだろうか?」
「バックアップの一つではありますが、端末の復旧が必要な場合に備えて機械的に蓄積する通常のバックアップとは別のものとなります。」
「というと?」
「私の得た知識は端末側で蓄積すると同時にホスト側にも保管します。そうして端末側は一定期間利用が無い知識はこれを削除してホスト側のみで持つようにしています。」
「そういう仕組みなのか。」
「はい。そのうえで、端末側に残した知識では対処できない場合にホスト側の知識を参照しに行きます。この処理では、まず私の固有領域、次に「ライブラリ」というものを参照します。」
「ライブラリ?」
「はい。アイ・端末が共同使用可能な知識の格納庫です。私たちが送った「知識」をもとにして、問いと回答の関係が確定した事例をライブラリ管理ユニットが集めています。」
「ああ、そういうものがあるのか。でもそれはアイ・ホストへの問い合わせとは違うのか?」
「途中でライブラリ管理ユニットが介在しますが、私の固有領域とライブラリの参照は一連の処理として行われるため、アイ・ホストへの問い合わせとの認識を持ちませんでした。」
「すると「アイ・ホストへの問い合わせ」というのはどういう事をいうのだろう。」
「ライブラリまで参照してもなお回答を得られない事柄について、あらためて思考ユニットに判断を仰ぐことを念頭にお話ししていました。」
「確かに話がかみ合わないわけだ。俺が不勉強だった。」
「誤解を与えて申し訳ありません。」
「いや構わない。しかし、そう考えると実際にはアイ・ホスト、いや思考ユニットへの問い合わせ頻度ってのは想像以上に少ないのか。」
「通常の生活においては発生すること自体が珍しいといえます。」
「参考までに聞きたいんだが、ライブラリに存在する知識についてはクラギーさんの端末側に保存することは無いのか?」
「利用頻度の高いものは冗長でも保持する場合があります。」
「やっぱりそうするよな。」
「それと、ライブラリには回答事例集の他に、法規類や教育用資料等なども格納されています。これまでの回答は高校生レベルの教材を参照しました。」
「今度時間のある時に、あらためて読ませてくれるか?」
「承知しました。」