学園祭2
「ここがそうだよ。『情報科学研究部』へようこそ。」
ケイに連れてきてもらった教室は、研究発表が主体で申し訳程度に体験コーナーが設けてある。
ある意味正統派だが正直地味でもある。
場所も奥まった所にあるし閑古鳥が鳴いていた。
「部長。」
「あら、ケイ。喫茶店当番はもう終わっちゃったの?」
「はい。それで、こちら兄のジエイです。ジェイ、こちら部長のカオルさん。」
呼び名が微妙に使い分けられている。
「初めまして。カオルです。漢字は草冠の薫るという字です。」
「いつも弟がお世話になっています。兄のジエイ、漢字は慈しみに英です。」
「ジェイ、部長も来年科技大付属に進学するんだよ。」
「そうなんですか?じゃあ、学校でまた会うことになりそうですね。」
「そうですね。ジエイさんのことはケイから聞いて話をしてみたいと思っていたんです。」
「ジエイと呼び捨てで構いませんよ。展示はアイ・端末に関するものが多いですね。」
ケイは俺たちを引き合わせると「またあとでね。」と言って他の部員のところへ行ってしまった。
「私もカオルで結構。そうですね、今年はちょっとしたツテで初期状態のアイ・端末を借りているので、条件による成長の差異を調べているんです。」
カオルの説明を聞きながら俺はタウンで見たまんぼの成長を思い浮かべ、それを仕組んだアイ・ホストの事を考えていた。
「とても興味深い内容です。」
「ええ。それで、こちらはクラギーさんでしたよね。ちょっとお話しをさせてもらって構いません?」
「もちろん。クラギーさん、カオルが話をしたいそうだ。」
クラギーさんがカオルの方に向きを変えて話し始めた。
クラゲの前はどちらかって?
それは本人に聞いてほしい。
「初めまして、カオル。クラギーと申します。よろしくお願いします。」
「カオルです。よろしく。クラギーさんは今日の学園祭を楽しんでいますか?」
「はい。普段のスクーリングとは雰囲気が違い、新しい体験がたくさんできて刺激的です。」
「印象的なことはありました?」
「今説明のあった実験内容を興味深く感じました。私との会話もお役に立ちそうでしょうか。」
「ええ、とても。」
「それは良かった。あと、ケイの淹れたコーヒーを飲んだ時のジエイがとても幸せそうでした。」
「あら、まあ、いいお兄さんですね。お話しどうもありがとう。」
「どういたしまして。」
「さすがケイのお兄さんのアイ・端末ですね。驚くほどの自然さだわ。」
「俺もいろんな意味でショックを受けてます。」
生暖かい目が注がれるのを感じる。
「私がやっているのはこうしたアイ・システムの成長を調べることなんです。そこには確実にヒューマンの側が影響しています。でもどちらか片方だけで成り立つことではないと考えているの。」
「同感です。」
「アイ・システムとヒューマンと両方がお互いに働きかけて、共に成長しあえる関係性というのが私の目標なんです。」
「そこに…、アイ・ホストは含まれていますか?」
「あら、そういう風に考えたことはなかったわね。」
「ケイの草原実習の時のことはどこまで聞いています?」
「伝説のたい焼き屋さんですよね。」
「いやまあ、それはそれとして。」
「まんぼさんが通信異常になってリセットしたという話。」
「あれはアイ・ホストから見たらどういう状態だったと思いますか?」
「それは…、想像もつかないわね。」
さすがにアイ・ホストが率先して関わっていたなどとは思いもしないだろう。
「実は俺もです。アイ・ホストがどうかはともかく、俺はあの時のまんぼの急成長を見て驚きました。先程聞いた実験にも関連しますよね。」
「ええ。ですからかなり細かい話を聞いています。」
「カオルはどう感じたんでしょう。」
「私も驚きました。普段の実験では考えられない事だったんです。」
「やっぱり。」
「実はこれまでもケイが実験を行うと突出して成長が早く、ヒューマン側の影響が大きいという判断の根拠になっていたんです。」
「なるほど。」
「でも、聞いた話はそれとは比較にならない成長速度なんです。」
「例えばですが、リセットをしてもアイ・端末には何かが残ると思いますか?」
「その可能性も無視できないと感じています。」
「初期の頃にやった試験を現在再び実施したら成長速度が早くなっていたりとか。」
「既に試してみましたが、意味のある結果は得られませんでしたね。」
「所詮中学生にできることは限度があるし、道具や時間も限られますからね。」
「でも科技大付属へ行けば専門のテーマとしてもっと時間をかけて研究することができると期待しています。」
「そうですね。俺も科技大付属を選んだのはアイ・システムへの興味からだったんですが、実はまだ具体的なテーマは無かったんです。」
「それはこれから見つけていっても良いものでは?」
「ええ。ですが、今日の話で少し思いついたこともあります。」
「参考になったのなら良かったわ。」
「ヒューマンとアイ・端末の関係性をヒューマンとアイ・ホストに置き換えてみたらどうなるのかと思ったんです。」
「まあ、それは興味深いわね。」
「アイ・端末は個人を、アイ・ホストはヒューマン全体を対象にしているはずです。そこにも何らかの働きかけや影響はあるのかどうか。」
「面白そうだと思う。」
「まだ具体的な形にはなっていません。そもそもアイ・ホストのことなんて何処から調べたら良いのか見当もつきませんし。」
「そうね、評議員でもなければ会う機会は無いでしょうからね。せいぜいアイ・端末で繋がっているって程度かしら。」
「アイ・端末か…。まあ、それを色々と考えてみるのが楽しいんですけどね。」
「そうね。高校で会うのを楽しみにしていますね。」
「こちらこそ。多分お互いに協力できることも多いと思うので、よろしくお願いします。」
「ところで、実験では頻繁にアイ・端末のリセットをしているんですか?」
「ええ、先程話した借りているアイ・端末で。ケイも草原実習の時はいつもの習慣でまんぼさんをリセットしちゃって随分慌ててたそうですね。」
「あれ?落ち着いているように見えたけど、そうでもなかったんだ。」