少し前の話
「ジエイ。久しぶりにケイと会えるぞ。」
「何だ?ついに父さんが白状する気になったのか?」
「いいや、それはまだらしいが。シティの「草原実習」は知ってるだろう?」
「そうか、ケイもそんな年齢か。でもあれは接触しないのがマナーだろ?」
「ああ。だがそこに「トラブル」が起きるらしい。」
「俺にトラブルメーカーをしろってのか?」
「それはシティ側で手筈が整っているそうだ。」
「なんだ?それ。また父さんの悪巧みだな?」
「俺もそう思うんだがな。ただ今回はアイ・ホストもかなり乗り気らしい。」
「おいおい、父さんの妙なテンションがアイ・ホストを侵食してたりしないよな?」
「笑えない冗談だな…。」
約10年振りに再会した弟は俺をずいぶんと面食らわせた。
通信ができなくなって機能不全になったアイ・端末をいきなりリセットしてしまったり、それをオフライン状態でありながら驚くほどの勢いで成長させてみせたり。
弟が居るというのはこういうことか、などという感慨を抱く間も与えず台風のように去ってしまった。
後日父さんたちからあらためて聞いたが、ケイを眠らせてあそこまで運んだのも、まんぼの通信途絶も、あらかじめ聞いていたとおりシティ側の操作だった。
通信途絶を装うためにヴィークルは通信中継機能だけでなく完全に停止させた。
だけど実はケイのアイ・端末も通信機能強化型だったので本来なら全く支障がなかったそうだ。
アイ・ホストからまんぼへの送信を全て停止していたというのが真相。
まんぼへの情報提供は一切を止めたが、情報収集の方はまんぼにも気づかせずに継続していたという。
本来アイ・端末はホスト側で意図的に停止しない限り、リセットをしても電源断になっても通信機能は中断しないらしい。
これは事故などに備えた安全確保のためと、犯罪への対応のためだそうだ。
むしろ電源断となった場合は異常事態と判断して、本来の端末機能とは別に組み込まれた緊急の情報収集機能が働くという。
今回は主にこの機能を利用する予定だった。
当初のシナリオでは、まんぼは電源断となることを想定していたという。
ケイがヴィークルで目覚めてから俺の家に着くまで、まんぼを使えない状態での反応を見ることが目的だったんだそうだ。
それで何がわかるのかは知らないが。
ともかくうちでオヤジが再起動させれば、それで終了という手筈だった。
だがさすがにまんぼのリセットは意表を突かれたそうで、父さんですらしばらく硬直していたらしい。
硬直時間を過ぎると、しばらくは大笑いの発作が治まらなかったというが。
対する母さんは冷静で、とっさに送信を一時復帰してリモートでホロの設定を済ませたのには恐れ入る。
「まんぼの姿をしていないと多分ケイは動けなくなるから。」
母は偉大なり。
今回の敗因はケイが部活動での経験からリセットに慣れていたことを見落としたことだったという。
まんぼにも隠して事を進めていたらしく、そのツケを払わされた感じだろう。
まんぼの通信機能については、このままイレギュラーな状態で観察を継続するか、復旧して試験を打ち切るかで賛否が分かれたそうだ。
だが、父さんの「このままのが面白そうだから。」がアイ・ホストの賛同を得たそうで継続になってしまった。
アイ・ホストに抱いた父さんからの悪影響への懸念が再燃する。
それはともかくとして、リセットされたまんぼに対しては送信停止とモニタリング継続以外の対応は行わなかったそうだ。
その後の急成長はまぎれもなくケイの行動によるものであるらしい。
現在のアイ・ホストはその分析に夢中で、新しいおもちゃをもらった子供のようだよと父さんが言っていた。
そう言う父さんも同じように見えた。
ところで、俺もあれからはクラギーさんを常時表示にしている。
何かの機能を呼び出す時だけ表示するのが普通の使い方だし、非表示であってもアイ・端末の機能に差が出ることはない。
機能実行時にすら表示させない設定としている人も少なくない。
でも、いつもそこにホロが居ると自然と話をするようになる。
以前よりクラギーさんが身近に感じられるようになった気がする。
それと俺には新たな目標ができた。
アイ・システムについてもっと知ってみたい。
今まで単に便利な「道具」だと考えていたアイ・端末が実は思っていたのとは別の存在なのではないか。
ケイとまんぼを見ていてそんな興味がわいてきた。
そのために来年の高校進学先をアイ・システムの研究で実績のある、シティの筑波科学技術大学付属高校に決めた。
そしてオヤジたちとも相談して実家へと帰ることにしたのだった。
第一章完です。
見つけてここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
以降の予定については、活動報告もご覧ください。
明日からの第二章も引き続きよろしくお願いします。