昔話
「だめだったそうだ。」
「そう…。この子の良い友達になれると思ったのに。残念だわ。」
「それと、サユリさんも次は望めないだろうと言われたらしい。」
「それでなんだけど、君が納得してくれるなら、この子をあいつらの養子にできないかな。」
「何よ。この子を物みたいに。」
「そんなわけないじゃないか。ただ、言い訳に聞こえるだろうけど、僕らもあと半年くらいは構ってあげられる状態じゃあなさそうだし。」
「それで体よく押し付けようってわけね。生まれたばかりの子供を引き離される母親の気持ちがわかっているのかしら。」
「だから相談してるじゃない。それに僕だってこの子の父親だよ。」
「はぁ…。ちょっと言ってみたかっただけ。サユリさんたちとも相談してからね。」
「ああ、ありがとう。」
「ところで、これもアイ・ホストの御意向とか言うんじゃないでしょうね。」
「いや、これは僕が考えた。」
「へぇ、珍しい。じゃあ尊重しないとね。」
「言っといてなんだけど、寂しくはないかい?」
「ないわけないじゃない。でも確かに退院して少ししたら託児施設に預けることを考えてたんだし。それよりはこの子に良いのかもね。それにサユリさんの所ならいつでも会いに行けるでしょ?」
「もちろんさ。……。」
「なに?」
「次の子、なるべく早く作ろうな。」
「ばか。」
俺には両親が2組いる。
俺が生まれて直ぐ養子に出されたのは父さんの弟夫妻で、そのあたりの経緯は物心つくころには知らされていた。
「うちの子を貰わないか?と連絡が来たときはさすがに驚いたよ。」
とオヤジは思い出して言う。
「あのあと胸が張って大変だって結構愚痴られたんだよ。」
と俺がいるのも構わず話すのが実父だというのが嘆かわしい。
切実なこととは思うけど母さんの愚痴も少しピントがずれてる気がする。
ジエイというこの名前は父さんが付けてくれたものだそうだ。
「名前ぐらいは僕が考えさせてもらうよ。」と言っていたらしい。
その時から男女どちらでも大丈夫な名前を2人目に企んでいたということだ。
因果なことだな、ケイ。
俺が幼いころは頻繁に来てくれていた父さんと母さんも、小学生になるころからは年に1~2回会う程度になっている。
そして弟を連れてくることはなかった。
「ケイにはジエイのことは話していないの。ごめんなさいね。お兄ちゃんが居ると思ったら甘えん坊になっちゃいそうな気がして。」
その懸念は的外れでなかったと思う。
そして残念ながら効果も無かった気がする。
そんな弟と一度だけ会ったのは、水戸シティ近くの水族館だった。
水族館に行きたいという俺の希望で実現した家族旅行に、母さんが都合を合わせて連れて来てくれたのだ。
母さんに連れられた弟はマンボウに夢中だった。
あんなただ大きいだけで「もっさり」した格好悪い魚のどこが面白いんだろう?
俺はマンボウからも弟からもすぐに興味を失って、色とりどりのイソギンチャクやサンゴ、すばしこく泳ぐ魚たち、宇宙生物のようなカニやエビを見て回った。
なかでも一番興味をひかれたのがクラゲの水槽だった。
「ジェイはクラゲが気に入ったのかしら?」
「うん。」
「じゃあ、アイのホロはクラゲにしてみる?可愛いわよ。」
「そうするっ。」
オフクロが操作してくれて、初期設定のままだった球形のホログラムが表示される。
それがクラゲの形に変化した。
「良いと思うものがあったら教えてね。」
いくつか見せてもらった中で青いタコクラゲが気に入った。
「じゃあこれね。名前は何にする?」
「自分で書く!」
音声入力もできるが、覚えたばかりのローマ字入力をしてみたかったのだ。
「はい、じゃあここにね。」
オフクロがキーボードを出してくれた。
> K
> KU
> く
> くR
> くRA
> くら
> くらG
> くらGI
> くらぎ
「あ、間違えた。直さなきゃ」
> くらぎ-
「違う違う。あっっ!!」
> 【くらぎー】で確定しますか? [YES/NO]
>
「あらあら、大丈夫よ。一旦キャンセルしましょうね。」
「いい。クラギーさんにする。」
「良いの?」
「うん。くらげに「くらげ」なんて普通すぎるし。」
いずれにせよ若気の至りであった。