2章 風が吹いてきた
(進路相談)
初夏なのに梅雨時みたいに続く長雨、家の中も体も心も、ジメジメとして怪しい虫等潜んでいそうな気配がする。
「お母さん、先生がマナツの進路相談を、家の都合のいい時でいいと言うけど、お父さん朝は早いし、夜は帰ってるんでしょ?しばらく会ってないから言えないので、お父さんに伝えて!!ご両親と一緒にと言われたのでお願いね!」
もう中学3年で進学の時期だった。父親がいつ家にいるのか気にし自分の進学を気にした顔だった。
「お父さん会社の仕事が忙しくて会社で寝泊まりしてるみたい!大丈夫よ!可愛い真夏の進路は気にしてるから帰るわよ!安心して寝なさいおやすみ真夏」
「うんそうね!そう思う!おやすみなさいお母さん」
…伝えられるかしら…帰ってこれるかしら伝えなきゃ…
今日のようなジットリ嫌な汗には胸が騒めく、人里離れた
深山で落ち葉に埋もれ、木枯らしを避ける怪しい虫の気分
⁈⁇怪しい虫⁇夫と私⁇不快な汗は溢れて流れて…
伝えるメールを送る指先は冷え震え、不安に襲われる!
ここ数ヶ月夫の姿を見てない。家に帰った風もない
娘には知られたくないが、お願いは伝えないといけない。
電話も鳴らす1分、2分。返信はなかった。
今日も小雨が降る…バタン… 娘が学校から帰って開口一番
「ただいまお母さん!お父さんに連絡した?先生が土日でも良いって‼︎大丈夫よね」
「ああそう!先生が土、日と言ってくれたと伝えるわ、良かったわ土日なら大丈夫とよ」「わかった〜友達の家行ってくる。夕食までに帰ります」
慌ただしく私服に着替え直ぐに出て行く娘
笑香は裏戸を開け庭の手入れも忘れられて、広がり花を隠す枝葉を細かく打つ、無情の雨をぼんやりと見つめる。
打つ雨がバラバラと聞える、バラバラは家族3人。絡む事もない異常さ。私だけがそう感じるのか?
楽しかったパーティーの名残りが、庭に畑に散らばる様にある。大好きだった和やかな美しい風景は一欠片も見当たらない!荒れ放題の庭に異物達、残骸、時に流され続けて残る哀れな姿…蠢く闇…
買い物に行く途中で娘と似た子とすれ違う似てる、細く横幅もない娘、そんな感じの子はそれ程いない(あれ?)おもわず振り向いて迄見た。
長い髪は茶のソバージュ、ハイヒール、赤いルージュの
よく似た他人。帰ると娘は既にいる。「ただいま」
「おかえりなさいお母さん いまからお友達と図書館で勉強」「出かけるの?夕食に帰ってね。さっき買い物前に真夏に似た子とすれ違い、ビックリしたわ!本当にソックリさん!声かけそうになったわ」
「やめてよお母さん知らない人に声かけるのは! それより家庭訪問に、絶対お父さん来て貰ってよ!絶対だからね」念押しして出て行った。ため息がでます!お茶をテーブルに用意して庭から畑の先までを見ました!窓硝子の向こうは夜の闇に包まれ始め、居間にぽつんと座る笑香が写り込む。荒れた庭は見えなくとも独りぼっちは嫌な気分。
朝からの念入りな部屋掃除とケーキ作りは娘と一緒。今日は土曜日、三者面談、先生と進路について話が弾むような気分の陽気。早く先生と夫が来ますように!約束の時間ピッタリに先生が来られて、豪華な家具調度品の数々や、私の指に重なる指輪を一瞥して
コーヒーを一口飲んでケーキを一口食べて「ご主人はまだ?来られてからがいいですね!」と
「先生お父さんは遅れているから待たないで話お願いします」「あ、そうですか?その方が良いですか?」「そうですね!待って頂いても時間が?先生が大丈夫なら」娘が「私は自分の事ですから早く話したい。先生言って下さい」という。嫌な事を早く言うように早口で先生は「分かりました、実は残念ながらご希望の高校への推薦は難しいと、総合的に学校として判断致しまして…生活態度を含んでおります!真夏ちゃんは分かりますよね?入試については改めて志望校変更等でお考え下さい。提出書類はお返しします。私次の予定があるので失礼致します!ご主人様には宜しくお伝えください!」
先生は転がるように逃げるように出て行った。娘はそれを見て笑香はそれぞれを見て…一体何事だったのでしょう?
モーツァルトをかけて、美味しいケーキにコーヒー。
被害者になった気分で、先生の態度に苛立ちます。
「真夏ちゃん今のこと気にしなくていいからね!私達を軽んじて適当に相手されたけど、お父さんに言って何とかしてもらいましよ。お母さん悔しいわ、酷すぎますよ先生のあの態度」
「お母さん先生はこの書類を提出してないと思う!手続き書類が届いてないなら進学の意思も思いも向こうに伝わらない!絶対!それにお父さんだって来なかったしお母さんだって私を軽く見てるのは一緒よ先生と!お父さん呼べなかったじゃない!
先生と学校と私へ、不満を隠さず私だけに向けて…父を呼べなかった事への不満、それは父に言うべき不満ではないか…ドアを荒々しく開け娘はそのまま出て行き深夜になっ戻らず相談する相手もいない笑香は、娘も助けられず夫も憎めず涙が出る。私達夫婦は共に一人っ子、両親は亡くなり境遇も環境も似た様なもの。小さな頃から大切にされて意地悪された事もなく、誰にも優しく大切にするのは当然だった。幸せな家庭のはずなのに…娘が悪い子とは思わない娘に相談する友人がいてくれたら嬉しい。
暗い部屋にパッと灯がともりハッとする茶髪に赤いルージュ、バッグの女が目の前に立ち笑香を睨む。スーパー前ですれ違った子。2階に駆け上がって行く。娘⁇
生活態度と先生が言ったのはこれ、娘に騙されていた⁇
分からない今の状況がのみこめない変化に耐えるのが精一杯!何をしてこうなる?
「待ちなさい真夏なの?一体どうしたのあなた良い子だったでしょ話し合いましょう2人で。親子で」
返事はなく物音もなくだからと言って2階に行く勇気が笑香に無かった。
真実を知りたくない。そもそも真実とは何か交わらない心これはわかった。
靴がない、 良く朝もう娘は居なかった。
笑香は夫の携帯にメール、コールをストーカーのように繰り返して……突然夫の声が聞こえると涙が溢れて流れた。
「悪かったな!ごめん。このところ非常に多忙で昼夜もなくて!学校の進路を決めるのはどうした?心配しているぞ?どうした?連絡せず真夏には悪いことしたよ。」
声を聞くだけで落ち着き、1人でない事にホッとして疲れた心に水のように染み込む言葉。たわいない会話が生き生きする。「真夏が急に変わり、その生活態度のせいで希望校に進学できないみたいで、それに真夏と会話も上手くいかないし、家に帰る予定を立てて帰ってきてくださいね!」
今までの出来事を連ね、夫もさすがに心配したようで「近いうち帰る」その時、会話の後ろで小さな子供の笑い声、続いて澄んだ若い女性の声「お父さんお話中、動物園行くから静かに待とうね」
穏やで幸せな親子のイメージが浮かぶ。以前、笑香達も言っていたような気がし耳を澄ます。音も無く携帯は切れていた。落ち着いていた気持ちは氷の海に浮かぶ木の葉のようにクルクルと回る