1話
「おい、貴様ぁいつまで寝てんだ馬鹿野郎!!」
罵声に続き頭を鈍器で殴られたことにより漣という奴隷の少年は目を覚ます。
「ああぁあぁあ、すいません 寝てしまっていました」
血が出るのを気にも留めず、漣は主人である男に土下座をして謝罪する。
しかし、それでも男の怒りは留まることを知らず漣の頭に足を乗せると地面にめり込ませんばかりに踏みつける。
「すみませんだぁ? テメェの様な能無しをだれが毎日食わしてやってると思ってんだ」
尚も罵声を浴びせる男に対し漣は反抗するでもなくただ頭を下げ続け、許しを請う。
「はぁ・・・・いいか? 貴様がやるべき事はただ一つこの廃遺跡にあると噂の人具の発掘それだけだ」
男が口にした人具とは最近噂が広がり始めた一種の都市伝説のようなものだ。
噂ではその人具とやらには王族が目を付けており献上すると多額の報酬金が支払われるとか、しかし、それも噂の域を出づそもそも人具とやらがどんなものかさえ知らされていないため信ぴょう性はかなり低い。
そんなものを気合で探せと言うのだからこの主人も中々頭が悪い。
「ほら、さっさと動かんか!!貴様がもたもたしている間に他の連中に見つけたらどうするんだ」
漣は言われ周囲をキョロキョロと見渡す、周りには漣と同じような身なりをした人間たちとその主人らが噂を聞きつけ我先にとばかりに人具を見つけるのに躍起になっている。
「そんなこと言ったって形も分からないものどうやって見つけろって言うんだよ・・・・」
ボソリと愚痴を零しながらも漣は懸命に地面を掘り進めた。
あれからどれほど経っただろうかギラギラと自らを主張していた太陽もそのなりを潜めたころ、主人である男が睡眠をとるために馬車に乗り込んだ事でその日の作業は終了した。
漣は落ち着いて腰を据えれる場所を確保すると風呂敷を広げて今日初めてとなるご飯を食べる。
「カッッッッてぇ・・・・」
そう零す漣の手に握られているパンはカビ生えてとても普通の人間が食べるものには見えないが、奴隷である身の漣にとってこの食事は至極当然のことである。
ガツガツと食べることも叶わず少しづつ千切りながら口に含み、水で押し流すことでようやく食事を終える。
「・・・・寝るか」
どうせ辺りは暗く人具を探すことなど不可能だ今のうちに寝て少しでも体を休めよう。
そう思い寝床に行こうとしたその時、
「うおっしゃあぁぁぁ、見つけたぜぇぇえぇぇ人具!!」
男の大声が周囲に響き渡る。
周囲もその声に釣られてそちらを振り返り、そして驚きの声が上がる。
男が手にしていたのは小さな指輪だった。 一見するとただの変哲もない指輪しかし、その指輪が放つ異様な存在感がただの指輪では無いと言うことを言外に知らせていた。
「人具が見つかったって? おい、お前よくやった。 さあ早く、それをワシによこせ」
外のざわめきが聞こえたのか、その男の主人らしい恰幅のいい商人が出てきて身を乗り出す様に奴隷の男に手を伸ばす。
しかし、奴隷の男はその手を払いのけ、睨みつけながら罵倒する。
「黙れ、クソジジイが・・・・この人具さえありゃあ俺はもう奴隷としてテメェに指図される筋合いはねぇんだよ!!」
「なッ、・・・・!! き、貴様今までの恩を仇で返す気か!!」
商人が奴隷の胸元を掴み上げ、鼻息荒く迫り、こらえ切れなくなった商人が男の手に握られた指輪を奪おうと手を伸ばすが、
「ヘッ誰がお前みたいなデブに奪われるかよ」
そういって自身の中指に指輪を嵌めるとそのまま指を突き立てる。
「貴様というやつはあぁぁぁぁ!!この場で指を切り捨ててやる!!」
「はッ!!てめえなんshしゃdkjjさh」
突如、指輪を嵌めた男が奇声を上げもだえ苦しむ。
その様子に商人の男は動揺し、尻もちをつく。
指輪からは強烈な黒い魔力の奔流が渦巻いており、目や口から吸い込まれるように体へと入り、男の体を包む。
狂ったように発狂していた男の体をやがて黒い魔力が覆うと今までが嘘の様に静かになり、そのままの姿勢で立ち尽くす。
周囲がその異様な光景に口を開けないでいる中、先ほどの主人が恐る恐るながらも声をかけた。
「なぁ、おい、聞いてるのか? その指輪をワシにくれ! わ、分かった。 それを渡すなら貴様を奴隷の身分から解放してやろう! どうだ悪くないだr――――」
グチュリ。
抉り取るような、音が聞こえた。 続いて起きたのはスコールの様に降り注ぐ赤い液体。
最後に押し寄せたのは先ほどの男の発狂を上回るほどの周囲の悲鳴。
グラり、と商人の体は重力に従いながら傾きそして倒れた。
失われた頭部からはトクトクと血が流れ、地面へと広がった。
その血を喜ぶように、地面は受け入れ吸収し、そして染み込んでいく。
「逃げろをおおお、殺されるぞぉぉぉぉ」
誰が発したのかは分からない、しかしその声をまるで合図の様にその場にいた全員が、その場から駆け逃げた。
それに反応したのは漣も例外ではない、慌てて主人が寝ている馬車を振り返る。
しかし、「走れ走れぇ、早くこの場から離れるんだぁぁぁぁ」
主人である男は漣のことなど気にもせず、手綱を握り一目散に逃げだしていた。
先程まで、寝ていたはずだというのに、この察知能力の高さが彼が商人として成功している理由でもあった。
呆然とする漣を無視するように、現状は目まぐるしく移り変わる。
先程男だった黒い何かが、逃げ惑う人間に襲い掛かる。
何かが腕を振るうたび、周囲は血で染まり生物が骸へと変わる。
――――動け!! 恐怖に強張り動かない体を気合で動かしそしてきびつを返す。
一歩、地面を蹴り抜き漣は駆けだした。既に周りの人間は、漣のはるか前を走り逃げていてそれを追うような形で漣も走る。
「おかぁちゃぁぁん、助けてぇぇぇぇ」
逃げ遅れか、後ろを振り返ると一人の女の子が膝を擦りむき泣き喚いているのが見えた。
見捨てるべきだ、漣は即座に判断し、再び前に向き直ると駆けだした。
大丈夫さ、大丈夫。 この状況じゃあ誰っだって僕と同じように逃げ出すに決まってる。 大丈夫、大丈夫――――。
漣は心の中で何度も何度も呟いた。 そして自身の心に必死で蓋を嵌める。
よし、もう・・・・大丈夫。
そう思ったはずなのに、そうしたのは子供を思いやってか、漣自身の罪悪感からかは今となっては最早誰にも分からない。
その時漣はふっと、再び後ろ振り返った。
「た、たすけて」
気づけば走り出していた、今の今まで鉛の様に重かった身体は今は不思議と軽く、緊張のせいかぎこちなかった足取りは軽快に地面を蹴った。
何だ、助けたいのか俺は? こいつを? どうやって?漣は自身の行動に彼自身が理解できていなかった。
肩で息をしながら漣はそんなことを考えていた。
そうこうしている間にも、彼の体は吸い寄せられるように女の子の元へ走り、どんどん距離は縮まっていく。
「おい、クソガキぃ!! 勘違いすんじゃねぇぞ、俺はお前なんか助けない!! つうか、無理!! だから・・・・」
女の子の元へ着いた漣は、もはや自分の行動の理由なんて考えるのをやめ、切れているのか泣いているのか自分でも分からなくなった状態で半ばやけくそになりながら叫ぶと、最後に女の子を抱えるとはっきりとした口調で言い切った。
「俺も一緒に死んでやらぁ!!」