第七十三話 因果応報と村人たちの想い
町長邸の倉庫で大きめの麻袋を見つけた俺は、町長をその中に入れ、町の外で待つ村人たちの元へと運んだ。
森で待っていた彼女たちの前で、麻袋を逆さまにして、町長をその場に放り出す。
すると、「う……」という呻き声を上げて、町長が目を覚ました。
「こ、ここは……?」
見知らぬ土地だと思ったのか、途端に町長の顔が不安げに曇る。ここは町からそう離れていない場所なのだが、いきなりこんな場所で目を覚ましたら、どこか理解出来なかったのだろう。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
「おい」
「! あ、あんた!」
俺の顔を見るや否や、敵意をむき出しにする町長。ここに来てまだそんな顔が出来るのだから凄い。
「私をこんな場所に連れてきて、一体どうするつもりですかな!? これは立派な誘拐ですぞ!? 今ならまだ牢に入れるだけで許してあげます! さっさと私を町に返すんですな!」
「……お前、自分の立場が分かってんのか?」
「立場が分かっていないのはあなたの方でしょう!? 私には百人近くの私兵がいるのですよ! 私に何かあれば、彼らが黙っていませんぞ!」
「そいつらは全員、ぶっ飛ばしてきたぞ」
「………は? なんですと?」
「お前なあ、どうやってお前の部屋まで俺が行ったと思ってんだよ? 途中にいる邪魔な奴らは全員無力化するに決まってるだろうが」
「え? い、いや、そんなバカな……百人近くいたはずで……」
「あんな奴ら、例え一万人いても俺の敵じゃねえよ。冗談抜きにな」
「バ、バカな……」
「そんなことより、彼女たちがお前に話があるんだとよ」
「へ? か、彼女たち?」
「周りを見てみろ」
そこでようやく町長は周りに目を向け、自分のことを睨んでいる女性たちがいることに気付いたようだ。
その恨みの籠った目に、町長が再び腰を抜かす。
「ひ、ひい!? なんです、あんたたち!? わ、私が一体何をしたっていうんですか!?」
「……お前、本気で言ってんのか? 彼女たちは、お前が兵を引き上げたせいで盗賊に壊滅させられた村の人たちだよ」
「……え?」
「ほら。彼女たちの話を聞いてみろよ。いかに自分が愚かなことをやったのかを、な」
そこから村人たちは、ぼそり、ぼそりと声を上げ始める。
「わ、私の夫は、私の目の前で盗賊に嬲り殺されました……」
「あたしは両親の前で盗賊に犯されました。その後、両親はあたしの前で、こ、殺されて……」
「私の村のお年寄りたちは死体の処理をさせられた後、一緒に燃やされました……」
「わ、わたしの娘は、ま、まだ十歳だったのに……!」
その怨嗟の声に、顔を青くするかと思いきや――
何てことだろうか、あろうことか町長は逆ギレを始める。
「それがどうして私のせいになるんだ!? やったのは全て盗賊たちだろうが!? 私は何も関係ない!」
「……お前、さっきから本気で言ってんのか?」
「当たり前だろう! 他に何があるというのだ!」
「……もう一度言う。お前が兵を引き上げなければ、村人たちがむごい目に遭うことはなかったかもしれないんだぞ」
「だから、私の兵を私の思い通りに動かして何が悪いと言っている! 貴様も耳が悪いな! 何度も同じことを言わせるな!」
「………」
言葉が出ないとはこのことだ。俺はもはや、こいつに言い聞かせることをやめた。
俺は辺りの女性たちを見回すと、
「あんたたちには二つの方法がある。まず一つ目は、これからこの町長を、村の人たちが受けたのと同じように、皆で嬲り殺すことだ」
そのセリフに町長がようやく顔を真っ青にしたが、もはや知ったことではない。
俺は言葉を続ける。
「もう一つは、こいつが生きている間、苦しみを与え続け、考えを悔い改めさせることだ」
俺が放った言葉の内容に、村人たちは顔を見合わせた。
そして、一人が聞いてくる。
「ふ、二つ目のことですけど、そんなことが可能なのですか? こんな人に、考えを悔い改めさせることなんて出来るのですか?」
「出来る。出来なきゃ、こいつは苦しんで死ぬだけだ。そういう一種の呪いをかけられるんだが、どうする?」
やや具体性をもたせて説明してやると、彼女たちは再び顔を見合わせた。
やがて、彼女たちの中で答えが出たようで、先程の女性が言ってくる。
「二つ目でお願いできますか?」
「……いいのか?」
「この場で嬲り殺せば、確かに鬱憤は晴れるでしょう。しかし、それは一時のものでしかありません。この人が、自分がやったことを理解し、後悔する日が来るのであれば……」
「その方がいいか?」
「はい」
「……そうか」
俺は頷いた。
そして、
「それじゃあ、これから準備にかかる。少しだけ時間がかかるが、それまでこの男が逃げ出さないように見張っておいてくれ」
「分かりました。よろしくお願いします」
それから彼女たちは、町長を取り囲んで仁王立ちした。
その目に宿る恨みの感情はけして引いておらず、町長の額に汗が浮かんでいる。……それでも逃げ出す隙を窺っているのだから、ある意味で大物だ、あの町長は。
まあ、俺がいる限り絶対に逃がさないがな。
俺は近くの場所でしゃがみ込むと、地面を手で触る。
……うん、この土ならいけそうだな。ほどよい粘着質のある土だ。
俺は目分量で土を掘り返すと、その場で土をこねくり返す。
土には俺の魔力を込めていた。
手で形を整えていると、みるみる内に形が出来てくる。
興味深そうに見守る村人たちの前で、それはやがて一つの泥人形になった。
左手に鉈を持った、寸胴の泥人形だ。
見ようによっては愛嬌がなくもないが、色が付いていないせいか、どこか不気味に見えなくもない。
俺は仕上げとばかりに魔法陣を描き上げると、その上に泥人形を置いて、詠唱を開始した。
正確に呪文を紡ぎ終えると、最後にキーを紡ぐ。
「クリエイトドール」
魔法陣にパッと光が弾けた。
ややあって、泥人形がカタカタと動き始める。
皆がごくりと生唾を飲み込む前で、そいつは普通に歩き始めた。
カタッ、カタッ、と短い足で俺の前にやってくると、愛らしく首を傾げてくる。
その愛嬌と不気味さが相まった泥人形を前にして、俺は頷いた。
よし、完成だ。
ずっと近くで見ていたルナが、俺の陰に隠れながら訊いてくる。
「お、お兄様。その人形は何なのですか?」
「この人形はオートマタ(自動人形)だ」
「オートマタ?」
「ああ、そうだ。簡単な命令しか聞けない人形さ。その代り、命令は忠実に守る」
俺がニヤリと笑うと、それに呼応するようにして泥人形は町長の方に向かって歩き始めた。
村人たちは慌てて道を空け始める。
一方で、自分の元に来ると分かったのだろう、町長が腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃっ!? な、なんだこいつはぁ!?」
「その人形には簡単な命令を与えておいた」
「め、命令……!?」
「ああ、そうだ。あんたが何か悪さしたら、その度に体の一部を切り飛ばせという命令だ」
「な……」
町長が絶句していた。
「別に嘘だと思うなら、それでいいぜ。ただ、何か悪さをする度にお前は体の一部を失っていくことになるけどな」
実際、目の前で人形が動いているのを見ているせいか、さすがに本気だと分かったようで、
「そ、そんな殺生な!?」
「は? どこが殺生なんだ。むしろ慈悲に近いだろ。何故なら、あんたが悪さをしない限り、この泥人形はあんたに危害を加えることはしないんだからな。それとも何か? あんたはこれからも悪さを続けるってのか?」
「そ、そんなことは……」
「だったら安心しろ。あんたが善行を積んでいる限り、この人形はずっとあんたのことを守り続けてくれる。むしろ、この選択をした村人たちに感謝するんだな。本来なら復讐されてしかるべきところを、あんたは更生するチャンスをもらったんだ」
「うう……」
「ああ、それと言っておくが、あんたが『悪くない』と思っていても、この泥人形が『悪い』と判断したら、勝手にあんたの体を切り飛ばすから、その辺は注意しておいた方がいいぜ」
「そ、そんな!?」
「そんな? おい、お前、この人形の隙を突いて悪さするつもりだったろ? お見通しなんだよ。だからその辺は徹底しておいた。ほんのちょっとの悪いことでもこの人形は反応する。覚悟しておくんだな」
「お、鬼だ! あんたは鬼だ!わ、私が一体何をしたってんだ!? それに、この村人たちもだ! よくも平然と人を不幸に貶めたものだな! そんなことだから盗賊に襲われたんじゃないのか!? 大体、お前らごとき下賤の者が盗賊に襲われたからってどうだというのだ! 農作物を育てることと子供を産むことしか能がない畜生どもが! お前らは家畜も同然なんだ! 家畜は黙ってご主人様のために死ねばいいんだよ! それなのに貴様ら、そろいもそろってご主人様に立てつくとは一体何様だ!?」
その激しくも口汚い罵りに、村人たちの顔が歪んでいく。
怒り、諦観、憎しみ……それ以外にも様々な感情が渦巻いていた。
そんな中、俺は静かに問いかける。
「……お前、やっぱり分かって村から兵を引き上げただろ」
「はっ、それがどうしたと……」
「お前、終わったよ」
俺が言った瞬間、町長の手元で何かが飛ぶ。
それは町長の右手の人差し指だった。
見れば泥人形が鉈を振り抜いた格好で止まっている。
自分のみに何が起きたのか分かった途端、町長の顔が激しく崩れた。
「はあああああああああああああああああっ!! わ、私の指がああああああああああっ!?」
「だから言っただろうが。気を付けろって」
「な、何を言っているううううう!? わ、私が何をしたと……!」
「……懲りない奴だな」
その瞬間、右手を抑えていた町長の左手の小指が弾け飛ぶ。
「ぎゃあああああああああああああああああっ!? な、なんでえええええええええっ!?」
「悪を悪と認識しろ。でないと、そいつは容赦なくお前を切り飛ばすぞ」
「わ、私は……!」
「おっと、言葉には気を付けろよ?」
「……!!」
町長はとっさに口をつぐんだ。何故なら目の前で泥人形が鉈を振り上げていたからだ。
俺は村人たちの顔を見渡す。
「……と、こんな感じでいいか?」
最初は茫然としていた彼女たちではあったが、最終的には皆、頷いた。
「はい。ありがとうございます」
「そんなわけだ。よかったな。取りあえず許されたぞ」
「どこが良かったと……!」
「ああ、あと、取りあえずお前の屋敷は没収するから」
「な……!?」
「当たり前だろ? これまで町や周辺の村々から絞り上げた金で散々贅沢してきたんだ。過剰に搾り取った分を返してもらうにしても、足りないくらいだぜ。それに、彼女たちに何かしら保障があってしかるべきだろうが」
「な、何を勝手なことをべらべらと! 私の屋敷は私のものだ! それをぶんどるなど、そんな盗賊紛いなことをして恥ずかしくないのか!」
「だから、その屋敷はお前が村人たちを苦しめて絞り上げて建てたものだろうが。それと口には気を付けろってなんど言わせれば気が済むんだ」
俺がそう言った途端、今度は町長の左手の小指が飛んだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!!」
「その調子じゃ、悪を悪と気付く前に全部指がなくなってしまうぞ」
「ぐううううううう……!」
「ほら、もう行けよ。最後に一言、村人たちに謝ってからな」
「だ、誰が……! ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああっ!!」
今度は町長の左手の薬指だった。
「さっさと謝れ。彼女たちや、殺された村人たちが受けた苦しみは、そんなもんじゃない。あんたのそれは単なる自業自得だ。でも、村人たちは理不尽に殺され、弄られたんだ。それをいい加減自覚しろ!!」
俺は遂に感情を抑えられなくなって叫んだ。
「さあ、謝れ!」
「うう……」
「謝るんだよ!!」
「ぐうう……も、申し訳ありませんでした……!」
やっと、町長はひれ伏した。
それを見て、村人たちは複雑そうな顔をしている。
だが、これは最低限、必要だったことだ。
俺が村人たちの顔を見ると、彼女たちは黙って頷いた。
だから、俺は町長にこう言った。
「じゃあ、もう行け。二度と悪さをするなよ」
「ぐううう……」
最後に一度呻いてから、町長は走り去った。
……気分が悪い。いっそのこと殺してやった方が良かったと思うくらいに。
とはいえ、完全に自業自得なのだが。何故なら、悪いことを悪いと自覚していれば、あんな目には遭わなかったのだから。
あいつは悪に慣れ過ぎたのだ。あの盗賊たちと同じように。
むしろ法で裁けない分、あの町長の方がタチが悪かったとさえ言える。
……なんにせよ、一件落着か。
俺は人知れずため息を吐いていた。




