第68話 事前偵察。エフィと二人
あれから酒場の店主は、盗賊について知っているだけのことを教えてくれた。
結論から述べると、盗賊は紛れもない悪だった。
なんてことはない、何の罪もない人々から金品を巻き上げる普通の盗賊だ。
――いや、もっとタチが悪い。
どうやら盗賊は単に金品を巻き上げるだけでなく、人さらいも生業にしているらしい。
いわゆる、人身売買というやつである。
この町はまだそこまで被害に遭っていないようだが、しかし、周りの村々はかなり酷い目に遭わされたのだと言う。
店主が説明することには、村の男たちは殺され、女子供がまとめて攫われるのだとか。
しかも、女性たちはさらに酷い目に遭わされているらしい。
――盗賊はそんなものだといえばそうなのかもしれないが、俺は怒りが湧いてくるのを抑えられなかった。
……他人にはもう関わらない。
そう決めたはずなのに、中々苛々が収まらない。
――そんな俺に、さらに信じられない話が店主からもたらされる。
聞けばあの町長は、周辺の村の護衛も請け負う立場だったようなのだが、盗賊が押し掛けた途端、自分の町を守るために周辺の村にいた護衛たちを全て引き上げたらしい。
そのせいで守る者がいなくなった周辺の村々は、こぞって盗賊にやられてしまったという。
……あの町長、思った以上のクソだな……。
「お兄様……とても怖い顔をなさっていますわ……」
「あ、ああ、すまない、ルナ」
俺は慌てて取り繕うようにして笑って見せた。
しかし、それも長くは続かない。
あの町長のせいで、周辺の村は壊滅した。
男は殺され、女は犯され、子供たちは攫われた。
それらはほとんど何の罪もない者だったはずだ。
そのあまりの理不尽さに、俺は思わず拳を強く握った。
俺はもう誰かを助けるつもりはない。そんなことはしないと、もう決めた。
もちろんそのルールは変わらない。
……しかし、俺は気分を害した。非常に不愉快だ。
だからそいつらにはそのツケを払ってもらう。
それだけのことだ。
「盗賊を潰す」
「オーケー」
「はい、マスター」
「お兄様……」
ルナだけは何か思うところがあるようだが、それでも俺はやめる気はない。
奴らには、自分たちのしたことの償いを全て受けて貰わねば、俺のこの怒りは収まらないからな。
――もちろんそれは、盗賊だけではないが。
*************************************
盗賊たちの居場所を聞いた俺たちは、すぐにその場所へと向かった。
――盗賊たちは、自分たちが襲った村の一つに居城を構えていた。
エフィの箒の上に立ち、上空から見ると、村の至る所に盗賊たちの姿が散見出来る。
盗人猛々しいとはこのことだ。
俺の怒りをさらに増したのは、村の片隅に打ち捨てられた死体の山だった。見たところ男性や老人が多いが、恐らく彼らはこの村の者たちに違いない。
……あんな、まるでゴミでも捨てるかのように……!
今すぐにでも大魔法を撃ち込んで滅ぼしてやりたい衝動に駆られたが、俺はグッと堪える。
何故ならここには、村の女たちや子供たちも捕えられているはずだからだ。
別に俺には彼らを助ける義理などないが、気分の問題だ。
俺は自分の気分が悪くなることはしない。だからこそ、やりたいようにやる。それだけだ。
俺は偵察を開始する。
村は平野の真ん中に立地しているため、どこから近付いても見張りに気付かれてしまうが、しかし、上空だけは別だ。
奴らもまさか空から敵襲が来るとは思っていないだろう。
それ故に、俺はまずエフィと二人だけで偵察に来ていた。
彼女の箒の上に立って村を偵察していると、エフィが言ってくる。
「こんなことしなくても、余裕で勝てるだろうにさ。マスターってめちゃくちゃ強いのに、時々すごい慎重だよね」
「情報は命だ。そして油断は大敵だ。言葉通りな」
俺はそのように答える。
「ふうん。マリアが言ってたことはこういうことだったんだね」
「? マリアさんが何か言ってたのか?」
「うん。マスターはただ強いだけじゃなくて、優れた将軍だって」
……あの人、エフィにそんなことを言ってたのか。
そういえば、彼女自身からも似たようなことを言われたっけ。
そう遠くない出来事の話のはずなのに、何だか懐かし気持ちになるが、今は目の前のことに集中しなければ。
俺はエフィに説明を始める。
「定石からして、盗賊の頭は恐らく村の中央の家のどこかにいる。そして人質が押し込まれている家もその近くだ」
俺は目星を付けた場所に向かって指を差す。
「人質がいる家はあそこだな。この村の中で、見張りの数が最も多い。となると、盗賊の頭はその横にあるあの一番大きな屋敷だろう。そこもやたら見張りが多いから間違いないはずだ」
「ほええ、やっぱりさすがマスターだね。頭いいんだから」
「……別に、普通だろ」
「ふふ、ちょっと褒められただけで照れちゃって、可愛い」
俺が憮然としながら頬をかいていると、彼女は続けて言ってくる。
「じゃあ、ルナたちを呼びに戻ろうか」
ルナとアイスマリーは近くの林の中に待機させてある。まずは俺とエフィの二人で偵察に出ると言って。
しかし、俺はエフィのセリフに対し首を横に振る。
「いや、あの二人は呼ばない」
「え?」
「あの二人はこういうことには向いていない。このまま俺たちだけでやろう」
「マスター……」
驚いた様子のエフィに対し、俺は顔を向ける。
「付き合ってくれるか? エフィ」
「もっちろん」
エフィはにっこりと笑ってそう答えてくれる。
「ただ、エフィ……」
「分かってるって。なるべく殺さなければいいんでしょ?」
先に言いたいことを言われ呆気に取られる俺に向かって、エフィはわざとらしくため息を吐いて見せると、
「まったく、何だかんだ甘いんだから」
「……悪いな」
「別にー。マスターのそういうとこ、好きだし?」
本当に救われる。勇者パーティ時代、一人で必死にもがいていた頃とは大違いだ。
「じゃあ、行くか」
「うんっ。いいよ」
俺たちは頷き合うと、視線を眼下に向ける。
さあ、盗賊退治の始まりだ。




