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第五十四話 ミスリルの剣

 鉱山から帰ってきてからすぐに、アイスマリーは工房に籠った。


 彼女はまず、自分用の『ミスリルの槌(仮)』を打ち始めた。

 彼女が言うには、まず『ミスリルの槌(仮)』を作り、その『ミスリルの槌(仮)』で『ミスリルの槌(真)』を打ち、その『ミスリルの槌(真)』で俺の『ミスリルの剣』を作ってくれるらしい。

 そうすることで、より良い『ミスリルの剣』が作れるのだと彼女は説明した。

 鉱山から帰ってきて、工房に籠ってからずっと、ミスリルを打つ、カーン、カーン、という音が響き渡っている。


 ――どれだけ時間が経ったろう?

 アイスマリーは食事も睡眠もとらず、一心不乱にミスリルを打ち続けていた。

 その気迫は声を掛けることすら躊躇うほどだ。

 止めるのも違うと思い、俺は黙ってその様を後ろで見続けた。


 夜になり、夜が明け、昼になり、また夜が来た時――


 彼女はようやく『ミスリルの槌(真)』でミスリルの剣を打ち始めた。

 これまではずっと『ミスリルの槌(真)』を作るための行程だったのだ。

 アイスマリーの集中力はここに来て、衰えるどころか一層増したように思える。

 ……ずっと休みなしで打ち続けているのに、何という気迫だろうか……。

 それだけ彼女の鍛冶への本気さが伝わってくる。

 ――俺に対する想いも。

 だから俺も一睡もせず、ただずっと彼女の後姿を見守り続けた。


 やがて二日目の夜が明けようかという時――

 彼女はやっと喋った。


「やった……」


 それは小さな声だった。

 ただ、その手に持つ剣を見て、遂に終わったのだと認識する。


「出来た……! できました、マスター! あなたの剣が……最高の仕上がりです!」


 ――かつて彼女がここまで興奮したことがあっただろうか?

 それほどアイスマリーは喜色満面になっていた。

 俺は黙って彼女から剣を受け取る。

 二、三回、その場で剣を振ってみる。

 俺は思わず感嘆の声を上げた。


「これはすごい……手に吸い付くような……いや、それ以上だ。まるで剣の先まで神経が繋がっているかのような錯覚に陥る」

「マスターの手、そして体にもっとも合うように作りましたから。マスターにとって、現状でそれ以上の剣はないと断言出来ます」


 アイスマリーの言葉からは絶対的な自信が窺えた。彼女はそれほどの剣を作ってくれたのだ。

 俺がその剣に見惚れていると、アイスマリーはふらりと体を傾ける。

 俺は慌てて彼女の体を受け止めた。

 アイスマリーは小さな声で言った。


「ちょっと疲れました……。このまま少し、休ませてもらいます……」


 言うが否や、俺の胸元から、すー、すー、と規則正しい音が漏れ始める。アイスマリーが寝てしまったのだ。

 俺はその小さな体を抱きとめながら、耳元で囁く。


「お疲れ様。ありがとな」


 そう言うと、アイスマリーの顔が少し笑った気がした。

 それはマスターである俺だからこそ分かる、ほんのちょっとの変化だった。


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