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第四十三話 出陣前夜

 あれからあっという間に時は過ぎ、気付けば魔竜討伐に向かう前日となった。


 ――エスタールの者たちは皆、忙しない日々を送っていたが、俺は俺で忙しかった。


 本当は討伐の日までゆっくり過ごすつもりだったのに、何だかんだアドバイスをしている内に、いつの間にか軍師のようなポジションに立たされていたのだ……。

 ……グルニア王家に仕えた日々の経験が完全に仇となった形だ。あの国で使えない上司や将軍たちに口出ししている内に、気付けばそこらの将軍よりも軍略に詳しくなっちゃったんだよなぁ……。

 しかもフレインやマリアの人を使うスキルの高いこと高いこと。紛れもなく王の資質のフレインと、将の資質のマリアだ。何だかんだ上手いこと使われてしまった……。グルニア王やアレクもあれくらい人を使うのが上手かったらなぁ……。


 そんなわけで望まない多忙な日々を送っていた俺は、そこそこ疲れていた。体力面は問題ないので、完全な気疲れだ。

 そのせいか、明日はいよいよ討伐の日だというのに、妙に精神が昂ぶって眠れない。


「……ちっ。風でも当たってくるかな」


 俺はベッドから這い出て、上着を羽織って部屋の外に出た。

 ちなみに俺たちはエスタールの屋敷に逗留したままだ。

 屋敷の中を歩いていくと、風が流れてくることに気付く。

 そちらに向かうにつれ、風は少しずつ強くなっていく。

 テラスに繋がるドアが開いていた。


「……くそ。先客がいるのかよ……」


 気に入らない奴ならぶっ飛ばして排除するところだが、少なくてもこの屋敷にそういった者はいない。

 仕方がないので部屋に戻ろうと思ったところ、ふと、窓からテラスにいる人物が目に入ってくる。


 ――フレインだった。


 彼女は薄着一枚の姿で夜空を見上げている。

 ――月明かりに照らされるその横顔に、俺はしばし見惚れた。

 そよ風に揺れる彼女の髪を見て、ようやく我に返る。

 俺はため息を吐いた。

 そして、ドアからテラスに出る。


「風邪をひくぞ」


 俺が声をかけると驚いたようにフレインが振り向く。


「ネル様……?」

「眠れないのか?」

「え、ええ……。何だか精神が昂ぶってしまって……」


 俺と同じか。

 ……いや、違うな。


「兵たちが死ぬのが怖いか?」

「ど、どうしてそれを……?」


 内心を見抜かれたフレインは目を見開いた。

 俺が黙って見ていると、彼女は自嘲気味に笑う。


「ダメですね、私。何度出陣しても慣れなくて……」

「それでいい。だからこそみんなあんたに付いてくる」

「そんな……」


 俺は彼女に近付くと、上着をかけてやる。


「明日の戦い、あんたのことは出来るだけ助けてやる」

「ネル様……」

「だから、あんたが無茶をすれば、それだけ俺の労力はあんたに割かれることになる。その分、魔竜ドラゴラスを倒す時間が伸び、兵たちも死ぬ。もし兵たちのことを想うなら、けして無茶なことはしないことだ」


 そう言うと、フレインはじっと俺の目を見つめた後、強い決意を込めて頷いた。


「……はい!」

「それでいい」


 俺も頷いた。

 そんな俺を見て、フレインが何故か笑う。


「な、なんだよ?」

「ふふっ、いえ、すいません。ネル様って悪ぶっているように見えるのに、何だかんだ色々と助けてくれるから……」


 俺は言葉に詰まりつつ、頭をがしがし掻くと、


「……俺はもう他人には関わらないって心に決めてたんだがな……。あんたを見てると、どうもおせっかいを言いたくなる」

「ふふっ、いいじゃないですか」

「え?」

「他人に関わらないのは、寂しいことです」

「フレイン……」


 ……まさか逆に心を揺さぶられるとは思いもしなかった。


 ――心を揺さぶられる? 


 いや、ダメだ。俺はもう他人には関わらない。それは決めたことだ。

 ただ……そう。心を揺さぶられた相手にだけ、少しだけ……。


「さあ、明日は朝早い。もう寝よう」

「はい」


 俺の言葉にフレインは素直に頷いてくれる。

 踵を返すと、声を掛けられた。


「ネル様」

「ん?」

「もし、ドラゴラスを倒したら……」


 振り返って見ると、フレインが真っ直ぐこちらを見ていた。

 しかし、間もなくその視線はずらされる。


「……いえ、何でもありません」

「? そうか?」


 フレインは俺がかけてやった上着の袖をぎゅっと握っていた。

 その後、言葉が交わされることはなかった。ただ、「おやすみ」と一言交わしただけである。

 部屋に戻った俺はすぐにベッドに横になる。

 フレインと話したことが気分転換になったのか、ほどよい眠気が襲ってきた。

 ――さあ、明日は魔竜討伐だ。





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