第三十九話 フレインの覚悟
「フレイン、こんな奴の言うことに従うことねえよ」
「……え?」
フレインがきょとんとした目を俺に向けてくる。
すると案の定、アランが激昂した。
「何だと貴様!? どこまで無礼なのだ!! それと次喋れば叩き出すと言ったぞ!! 衛兵!!」
アランの呼び声で衛兵が数人、会議室に入ってくる。
「そいつを即刻摘まみ出せ!!」
「はっ!!」
衛兵たちは槍を構えながら俺を取り囲み、捕縛しようとしてくるが――
俺は眼にも見えぬほどのスピードで動き、逆に衛兵たちの腹に掌底を叩き込んでやった。それで取り囲んでいた衛兵たちは全て壁に叩き付けられる。
「き、貴様!? 抵抗すると言うのか!?」
アランがさらに怒りを見せるが、俺は肩を竦める。
「ああ、そうだな。抵抗しない意味がない」
「何だと!? おい、フレイン!! このようなこと、五公会議始まって以来の失態だぞ!! どう責任を取るつもりだ!?」
「おいおい、話を逸らしてんじゃねえよ。お前が話をしているのはフレインじゃなくて、俺だ。カス」
「な、なにぃ~!?」
アランがはち切れんばかりの青筋を立てて睨み付けてくる。それは取るに足らない男に見下されたという感じの視線だ。
俺はまた笑うしかなかった。
「どうもお前はまだ自分の立場が分かっていないみたいだな」
「なんだと!? 貴様、誰に向かって物を言っている!? 俺は……私は次期ハイランド国王となる男だぞ!?」
「知ってるよ。で? それがどうした?」
「な、な……!?」
アランが初めて狼狽えた。ようやく目の前にいるのが身分などに流されない男だと分かってきたようだ。
俺は適当に装備していた鉄の剣を抜刀すると、
「さっき言った、エスタール家での籠城の話を取り消せ。今ここで、即刻な」
「き、キサマァ、この場所で抜刀するなど正気か!?」
「おいおい、槍を持った衛兵をけしかけておいて今さら何言ってんだ? やられたらやり返す。当然だろうが」
「お、お前は……!!」
「それとも、やられる覚悟もなく刃物を向けたのか? 権力を振りかざしたのか? だとしたら、やっぱりてめえは王の器ではないな」
「だ、黙って聞いていればぁ……!!」
アランは護衛に預けていた自分の大剣を引き抜く。
「……生きてこの城を出られると思っていないだろうな!?」
「思ってるよ」
「な!?」
「その上でもう一度問う。さっきフレインに言ったことを取り消せ」
「ええい、うるさい、うるさい!! 取り消すはずがなかろう!! そうする必要もない!!」
「分かった。だったらこうしようか? 俺がヴェスタール家を滅ぼしてやる。その上で、エスタール家だけ守ってやるよ。俺はドラゴラスよりも、てめえとヴェスタール家の方がはるかに気に食わねえ」
俺が軽く言い放ったセリフの内容に、この場にいた全員が呆気に取られていた。
だが、けしてそれは冗談で言っている話ではない。
全部本気だ。
「なんなら今すぐこの屋敷ごと吹き飛ばしてやろうか? 俺にはそれだけの力がある」
俺は全開で【気】と【魔力】の両方を体から放ち始める。
すると、場にいた全員が息を飲んだのが分かった。
三公爵に至っては白目を剥き、失神しそうになっている。
敵意を向けられていないフレインはまだ正気を保っているが、あのアランでさえ後ずさっていた。
「き、きさま……あの時が本気だったのでは……!?」
本気ではないとあの時、言ったのに、信じていなかったようだ。
まあ実際、この屋敷を丸ごと吹き飛ばすには、エフィを召喚する必要はあるけどな。
――しかし、けして冗談ではない。
それにエフィなら嬉々として俺に力を貸すことだろう。
俺はやるなら本気でやるという意味を込めて笑った。
そこでアランが初めて怯えの色を見せる。
「き、きさまは一体……!?」
まさか俺が勇者パーティに身を置いていた、あのネル・アルフォンスだとは思いもしないだろう。噂よりも大分早く駆け抜けてきたからな。
「き、きさま、きさま……もはや冗談ではすまないぞ……」
精一杯の抵抗のつもりなのか、アランがここに来てまだそんなことを言ってくるが、
「それはこっちのセリフだ。完全に敵意を見せてみろ。その瞬間、俺はお前を切り刻む」
俺は殺気を混ぜ始めた。
それでようやくアランが「ひっ」と怯えの声を上げる。
「さあ、どうする? 俺はどっちでもいいけどな。俺は別にお願いはしない。俺がするのはあくまで提案だけだ。お前の判断一つで、このハイランド王国から領地が一つ消える。そこのところを良く考えて喋れよ」
アランの喉がごくりと鳴った。
俺とアランの視線が交錯する。
奴は俺に怯えてはいるものの、目からは反抗心が消えていない。
先程も言った通り、奴は王の器ではない。だとしたら、奴の出す答えは……。
まあ、何でもいい。俺は自分の思うままに動くだけだ。
アランが目に敵意を込めたまま口を開こうとする。
――その瞬間だった。
フレインが叫ぶ。
「やめて下さい!!」
彼女の凛とした声が会議室に響き渡る。
フレインは俺とアランの二人に視線を向けてくる。
その目はあくまで真っ直ぐだった。
「先程も言った通り、今は身内で争っている場合ではないんです! お願いです! どうかこの国のために、皆様のお力をお貸しください!」
負の情念が籠った空気の中でも、彼女の芯が折れることはなかった。
その凛とした声と姿に、俺は思わず見とれてしまう。
……王の器とは、まさしく彼女のような者のためにあるのだろう。
しかし惜しむらくは、彼女がその立場にはないことか。
「アラン様、もう一度提案させていただきます。やはり今はドラゴラスの戦力が整う前に奇襲を仕掛けるべきだと思います。籠城では領民を苦しめることはもちろん、みすみすドラゴラスに好機を与えてしまいかねません」
その真っ直ぐな視線に、アランはたじろいでいた。
どれだけ負の感情を向けられようと、国のため、民のために動こうとするフレイン。
――そんな彼女の姿を、一体アランはどのように受け止めただろうか?
しかし彼は、忌々しそうに歯ぎしりしてこのように答えた。
「……ならばエスタール家だけでやるがいい! 我がヴェスタール家は一切関知しない!」
……それが奴の落としどころか。
怒りに身を任せてやけにならなかっただけマシだが、やはり王の器ではないな。
まあ、俺としてはその言質が取れただけでも良い方だと思う。先程までの無理矢理エスタール家の領地で籠城させられそうになっていた状況に比べればはるかにマシだ。
それをフレインも理解したのだろう、
「……分かりました。ならば、我がエスタール家だけでもドラゴラスに対し奇襲を慣行いたします」
アランに食い下がることもなく、フレインはそう答えた。
するとアランがこう言う。
「……貴様のエスタール家だけでそれが出来るならな」
「心配することはない。エスタール家には俺が付いている。あんたは自分の身の振り方でも心配しておくんだな」
その俺の言葉にまたアランが激昂しそうになるが、力量差が分かったからか、奴はグッと堪えた。
「ハッ、やれるものならやってみるがいい。魔竜は貴様が考えているほど甘い相手ではないぞ!」
「少なくてもモンスターに関しては、あんたよりは俺の方がずっと詳しいよ」
なにせずっと勇者パーティにいて、前線で戦ってきたんだからな。
しかもその前線にいた勇者パーティの中でも、一際前線で戦っていたのが俺だ。
……壁にさせられていたとも言うけど……。
嫌な思い出が頭の中に蘇っていると、アランが苛立たしげに舌打ちする。
「……ふんっ、だったら、お手並み拝見といこうではないか」
「上等だ」
俺とアランは睨み合う。
だが、先程のように今すぐここでやり合おうとする殺気は含まれていない。
――ま、どうにか話はまとまったかな?
後はどうやってドラゴラスに相対するか、である。
俺はちらりとフレインを見た。
彼女の横顔は、負けるなどとは微塵も考えていない。
自らの命を懸けてでも、絶対に国を守って見せるという強い覚悟に満ちていた。
俺は不覚にも、その横顔に見惚れた。




