82・魔王様、猫のまま再会する
武器庫を案内され、猫獣人のような姿に変えられた挙げ句全裸に剥かれた次の日。
私は――いや私達は再びセツキ王の居る王の間に呼ばれていた。
「……で、なんのようかにゃ?」
「まあまあ……そう怒るなよ」
「別に怒ってないにゃ」
「そう言ってもしっぽのせいで丸わかりだぞ……」
そんなこと言われても仕方がない。
私のしっぽは正直者だからな。今はちょっとしっぽが左右に大きく激しく動いていて、まるで不機嫌なんだぞっと言わんばかりのアピールをしている。
「悪かった……故意じゃないとはいえ、少々悪乗りが過ぎちまったようだからな」
「へえ、それでわざわざ呼びつけて謝ると……随分誠意のない謝罪じゃないかにゃ」
「はっはっはっ……そう言わないでくれよ。あの後城中の女たちからしこたま怒られたんだからよ」
はぁ……と溜息ついて肩を落としてるところを見るとよっぽど長時間説教されたのだろう。ふん、いい気味だ。
やっぱり私の裸を見たのだからそれ相応の罰がくだらないとね。
ま、一応は冤罪だったわけだし、いい加減溜飲を下げるとしようか。
「しょうがないにゃ……で、用件はそれだけかにゃ?」
「いや、昨日は悪かったと思ってな、改めて武器庫を案内しようと思ってな」
「またあそこに行くのかにゃ……」
「今度はティファリス女王で試すような真似はしねえよ。どうしても見てほしいものがある」
うーん……そう言われたらもう一度くらい行ってもいいかなと思うんだけど、どうも乗り気がしない。
しかしセツキ王はなぜかやたらと大真面目に私の方を見てるし、仕方ないとため息をついてアシュルの方を見た。
「もう一度、行ってみるかにゃ?」
「私はティファさまのお望みのままに」
私が「にゃ」っていう度に嬉しそうに喜んでるんだけど……そんなに良いものか?
ある意味予想通りの答えを返してくれたことだし、もう一度行ってみるとしようか。
――
改めて訪れた武器庫はやはり広いところだった。
所狭しと剣が並べられているのは何度見ても圧巻だ。
「やっぱりすごいにゃ」
「ふっ、だろう?」
褒められて嬉しい子どものような表情のセツキ王は私達に広間で待っているように言ったきり、剣の並ぶ通りの奥を進んでいった。
しかし彼が見せたい剣っていうのは一体どんなのだろう? というか、それなら最初から見せてくれればよかったのに……。
「それにしても、なんでまたここに招いたんですかね?」
「さあにゃ。名誉挽回ってところじゃないかにゃ」
「ここに来ると昨日の光景が鮮明に思い出されるでござるな……」
「……次その話をしたら、今度こそ記憶が消えるまで殴ってあげるにゃ」
「はっはっはっ! ……肝に銘じるでござる」
ひとしきり笑ったかと思うと、私に顔を背けてそっと呟くようにカザキリ。
よほどあの一撃が効いたんだろう。思い出すかのように腹を擦って半笑いになってるのがわかる。
全く……私にとって忌まわしい出来事を思い出すからだ。
「そういえば前来た時には聞けずじまいだったけど、この奥ってどうなってるのかにゃ?」
「あそこでござるか? あれは砥石や鞘などの剣にまつわる道具が一式揃っているでござるよ。
研磨剤や錆を落とす道具もあるでござるな」
「なるほどにゃ。そりゃメンテナンス道具があってもおかしくないにゃ」
実際コレクションしてても錆びたり実際使うことが出来ないものだったら意味ないし、むしろ常備しておいて当然ということだろう。
「ですがここまで準備がいいと、占拠された時に困るのでは?」
「確かに本当に占拠されたら武器には事欠かないでござるが、妖剣『猫になぁれっ』のように面白おかしい能力をもつ魔剣も多いでござる」
「例えばどういうのが?」
「拙者が知ってるのは名剣『不幸を呼ぶ星』という斬られた相手が七日ほど不幸になる剣や、魔剣『ネームレスワン』という斬ったものが七日間名無しになる剣などでござるね」
「全部七日なんですね……」
「一年とか一生とかよりはずっとマシにゃ」
一年不幸になったり一生名無しになったりしたら目も当てられない。戦闘に直接役には立たないものばかりだけど、実際使われた相手はたまったものじゃない。
「所有者の手先を器用にする短剣『テクニカル・ワン』などもあるでござるよ」
「どこぞの盗賊とかが手に入れたら喜びそうな代物だにゃ」
「まさしくピンからキリまで、でござるよ。名称を一々書いて置いてるわけでもないでござるから、知らないものにはどれがどんな効果を発揮するかわからないでござる。ここが占拠されたとしても特別不利になるとは限らないということでござるな」
それもそうか。当たり外れがある以上、ギャンブルな面も大きい。ここが戦場になっていたとしたらのんびり確かめる時間もないだろうし、下手をしたらそのバカみたいな魔剣ばかり引き当てて全滅……なんてパターンも十分考えられるってわけだ。
「もっとも、その前にここの扉を開けるかどうかが問題でござるな。あんなバカみたいに重い扉、我が主ほどでなければ開くことが出来ないでござるよ。鬼が五人集まってもハンドルすら回せないでござるからな」
「魔法で吹き飛ばすという手もあるんじゃないのかにゃ?」
「はっはっはっ! それこそ無理でござるよ。魔法石が混ぜられているでござるから、並大抵の魔法じゃビクともしないでござるよ」
なんでそんなバカみたいな重量の扉と仕掛けを作ったのか……でもそれなら確かに正面突破でしか開けられない。
突破してもこんな重たい扉開けられないだろうし、もたもたしてたらセツキ王やカザキリが到着する……ここを目指した者たちは事実上詰みということになるだろうな。
そんな話をしていたらやっとセツキ王がこっちに戻ってきた。手には三本の剣が大事そうに抱えられていている。
どうやらこれが彼の見せたかった剣なんだろうか……?
「本当に見せたかった剣を見せられずに終わっちまったからな。ほらよティファリス女王」
慎重に渡してきたそれらを一本ずつ受け取る。改めて見ると、三本の剣はどれも立派な鞘に納められており、柄の方にもそれなりに立派な装飾が施されている。
「これはなんにゃ?」
「抜いてみろ。そいつらもお前に抜かれたがってるだろう」
どうやら私の問には答えるつもりがないみたいだな……。
仕方ない。適当に取った剣を一本鞘から抜いてみると、そこには薄っすらと明かりに照らされきらめく一振りの剣の姿。どうやら片刃の剣のようで、吸い込まれそうなほど綺麗だ。
他の剣も抜いてみると、片方は鈍色に重く輝く重厚感を感じる剣。
もう一つは他の剣より細い……ナックルガードのついたレイピアのようで、洗練された剣身。柄は剣を絡め取る目的で作られているのか、穴が開いてるだけのように見えて美しくも感じる。
どれも丁寧にメンテナンスされているのか、どれもこれも言いようのない魅力を感じる。
だけどなんだろう? それ以上に私はこの剣達に懐かしさを感じている。
まるでどこかで会った事があるような……でもこんな剣、見たこともないはずだ。
これに懐かしさを感じているということは覚醒する前の私が見たということになるだろう。それなら記憶が無いのも納得だ。
転生する前の記憶は曖昧で、覚醒する前の記憶は夢で見たところ以外は全く覚えていないのだから。
ここに来たことがあるから感じているのであれば、セツオウカに入った時点でそう思うはずだ。
なら私自身がこの三本の……三本?
「まさかこれ……」
「はっ、やっぱり気づいたか」
満足したかのようにニヤリと笑うセツキを尻目に、改めて確信した。
これは誓約の時にお父様が持ち出した魔剣……。
『一予視剣』
『疾風魔刃』
『魔法使い殺し』の三本だ。
はっきりとそう感じた瞬間、私の脳裏に蘇ったのは私が昔住んでいたフィシュロンドの城にある宝物庫に置いてある姿だった。
ぼんやりとしかでないけど、確かにそこで見た記憶がある。
その後、城が襲われる前にディトリアの宝物庫に移動したんだろう。あそこに置いたままだったらここにあるのはおかしいだろうしね。
「どうしてこれを私に見せたのかにゃ?」
「ティファリス女王にとってはある意味思い出深い代物だろう? 俺様はこの三本の剣を対価に立会人として応じた。その結果リーティアスの先代の魔王は生命と引き換えに自らの国を守ったんだからな。
その証でもあるこいつらを見せておこうと思ったわけだ。今はもう俺様のものだが、こいつらは言わば形見のようなものだ。久しぶりの再会をさせてやろうという俺様の粋な計らいってやつだ」
どうだ? と言わんばかりに私の顔を見てくる。本当ならちょっとムカつくんだけど……悔しいがこのサプライズは嬉しかった。
この剣達には今の私は覚えていないが、お父様やお母様と過ごした優しい記憶がたしかにのこってるような、そんな気がするから。
「……ありがとうにゃ」
「うん? なんて言った?」
「なんでもないにゃ!」
それでも礼を言うのが癪だった私は、せめてもの反抗と言わんばかりに小声で感謝の言葉を口にする。
本当に聞こえなかったかのように聞き返してくるのが尚更気に食わない……けど嬉しいというなんとも複雑な感情が頭の中によぎる。
「ティファさま、すごく嬉しそうですね」
「わかるでござる……その複雑な心境……わかるでござるよ……」
「二人共好き勝手言うにゃ!」
全く……そうもはっきりと人の感情にづけづけと……。
しかし改めて見ると綺麗な武器の数々だ。一通りじっくり堪能した後、剣を鞘に納め、セツキ王に返してやった。
「もういいのか?」
「ええ、もう十分思い出に浸らせてもらったからにゃ。これはもう貴方のだし、返すにゃ」
「そうか……」
魔剣たちを受け取るセツキ王はそれを大事そうにまた奥の方に片付けに行ったようだ。
剣全体が綺麗にされていて、良好な状態を保っていた。セツキ王がどれだけこの剣を大切に扱ってるかわかるというものだ。
それだけ大切にされているんだったら魔剣を引き渡した甲斐もあったというもの。おまけにこうして再会させてくれたのだから、感謝のしようがない。
……もっとも、猫獣人の姿にされた挙げ句、この三人に裸を晒すという醜態さえなければいい思い出のままで終わったんだけど……順序が逆になるよりはよっぽどマシか。
微妙に感動は薄れたけど、少なくとも来てよかった。本気でそう思った。