311・魔王様、結婚式当日
――1の月ガネラ・1の日――
「ティファリス様、緊張しすぎですミャ。もう少しリラックスしてくださいミャ」
「わかってる、わかってるから」
結婚式を挙げる予定である教会の一室で衣装を着ている間、ケットシーは私の様子を見に来てからしきりにリラックスしろと訴えかけてくる。
わかってはいるのだけれど、結婚なんて初めてなんだから、緊張するに決まってるだろうに。
……いや、そう何度も結婚してたら魔王としてどうなんだ? と思うところもあるのだけれど。
「フェーシャ様もあれだけ堂々とされてたんですから、ティファリス様もどっしり構えてればいいんですミャ」
「ここで彼を引き合いに出す辺り、どんな風に思ってるか想像がつくわね」
確かにフェーシャは普段ちょっと締まらない王だけれど……。
まあ、彼以下ですよ? みたいな言い方をされると、こっちだって負けてられないという気持ちになるのだから、自分のことながら割と単純のようだ。
「すーっ……はーっ……それで、今どうなってる?」
「はいですミャ。ディトリア・フィシュロンドの主要都市を含め、大体の国民は集結していますミャ」
「それって大丈夫? 一応町の外まで行く予定とは言え……」
「大丈夫ですミャ。ちゃんとパレード用の道は塞がないように誘導していますミャ。
兵士たちもティファリス様とアシュル様のドレス姿を見たいと士気も高いですミャ」
ケットシーはアシュルが私と結婚するとなったら、彼女の事を『様』付けで呼ぶようになっていた。
互いにプライベートの場所ではいつもどおり呼んでるそうだから、公私を区別しているところなんかは彼女らしい。
「私のドレス姿なんか普段見慣れてるでしょうに……」
「何を言ってるんですミャ! こんな真っ白なティファリス様、中々お目にかかれませんミャ!
普段黒のドレスを着ているからこそ、余計に新鮮味が増すということですミャ」
「そんなものかしらね……」
いまいちそういうのはわからないが、ケットシーがそう言うのであれば、そうなのだろう。
なんにせよ、士気が高いのは良いことだし、それなら安心して任せる事も出来る。
「ティファリス様ー、アシュル様も準備整いましたよ!」
ノックの音が聞こえ、扉から覗き込むように部屋に入ってきたのはリュリュカだった。
「おお、これがティファリス様の晴れ姿ですか……少女姿にウェディングドレスというのは、少々奇妙な気持ちになりますね」
「ならなくていいから」
まあ、リュリュカの言い分ももっともだ。
魔人族はやはり結婚する時はそれなりに成長しきってるだろうし、それはこの南西地域全体でも同じことが言えるだろう。
例外もいるだろうけど、ドワーフ族だけは全く違和感無く見ることが出来るんじゃないだろうか?
彼女たちは私と同じくらいの背丈で成人しているのが大半だし、彼女たちのアピールポイントはそこだからね。
だからあまり異種族とは結ばれないのだとか。
「それで、アシュルの準備は整ったのね?」
「はい! これから二人で教会を出て、国民と各国の魔王様方が見守る中、誓いをしていただきます」
「そう……わかった、ありがとう」
「それでは、今からアシュル様をお連れいたしますね」
言うだけ言ってさっさと去っていったリュリュカのせいで、また緊張がぶり返してきたような気がする。
そしてその様子を見咎めたケットシーは、リュリュカに批判の目を向けて、静かにため息をついていた。
「ティファリス様……」
「わ、わかってるってば!」
つくづく、彼女には世話を焼かせてしまうけど、こればっかりは仕方ない。
のだけれど、何を思ったのか……リュリュカを睨んだ後、ケットシーは何故かくすくすと笑いだしてしまった。
「……ケットシー?」
「にゃはは、申し訳ございませんミャ。
ですけど、ティファリス様も緊張されると思うと……なんだか親近感が湧いてきますミャ」
「私だって緊張の一つくらいするわよ」
「いやいや、初めてフェーシャ様と同行された時……初めて貴女様と出会った時も、堂々としておりましたミャ。
にゃーは、思わず粗相をしてしまいそうになるほど怖かったことを今でも覚えておりますミャ」
若干恥ずかしそうに彼女は何ということを口走っているのだろうか。
初めて会った時……確かにケットシーはすごく怯えていて、一触即発だった私たちの間で耐えきれなくなって床に頭を擦り付けて謝ってたっけか。
今思い出しただけでも少し可笑しく感じる。
しかもあの状況でフェーシャとにゃーにゃーみゃーみゃーと騒がしい喧嘩を初めてしまったことを思い出してしまい、余計に笑いがこみ上げてくる。
「にゃははは、ティファリス様も笑ってますミャ」
「ふふ、だって、貴女が昔の話をするから……」
しばらく互いに笑い合って……気付けば不思議と気分が落ち着いていた。
さっきまでの緊張が嘘みたいだ。
「ティファリス様、どうやら落ち着いたみたいですミャ」
「ケットシー……ふふっ、迷惑掛けるわね」
「別にこれくらい迷惑でもなんでもないですミャ。
もっとにゃーたちに頼ってくださいですミャ」
嬉しそうにケットシーがリズムを取ってるところに、再びノックの音が聞こえてきた。
リュリュカがアシュルを連れてくるって言っていたし、多分彼女が来たのだろう。
私の方も気持ちが落ち着いてきたし、丁度いいタイミングだと言えるだろう。
「入りますよー」
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのはリュリュカと……私とはまた違った純白のドレスに身を包んだアシュルだった。
氷のように冷たそうな彼女の髪の色に、白はよく似合っている。
「……凄く綺麗よ、アシュル」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいです……。
ティ、ティファさまもすごく素敵です!」
私と同じようにアシュルの方も緊張しているのだろう。
表情が少し硬い感じがする。
「新郎? 新婦が二人共ドレス姿というのも奇妙な感じですね」
「あまり見ない光景ですから仕方ないですミャ。
それでも、魔王と契約スライムの同性婚は結構当たり前だと聞きますけどミャ」
ケットシーが説明をしているのを聞き流すかのように、リュリュカが珍しい光景を見るかのような視線で私とアシュルを交互に見ているけど……言われてみればその通りだ。
普通の結婚というのは男性側がタキシードに身を包んでいることだろう。
私たちは両方女性……というより女の子だから必然的に二人共ウエディングドレスになっている。
「……やっぱり私の方が男性役をやった方がいいですかね?」
「そんなことないから、そう変な考えに走らないで」
アシュルが緊張のあまり妙な事を口走っているけど、そんな事をしたらせっかくの綺麗な衣装が可哀想だ。
彼女にはとても良く似合っているし、むしろこのまま二人共ドレス姿で行ったほうがいい。
「で、ですが……」
「アシュル、他人は他人。誰かの視線を気にする必要ないわ。
素敵な貴女の姿のまま、二人で行きましょう」
「ティ、ティファさまぁ……」
私の言葉にアシュルの方も気を落ち着かせてくれたらしく、普段どおりの表情を浮かべていた。
「それではお二人共、準備は良いですかミャ?」
「ええ」
「はい!」
私とアシュルは、互いの小指に一本の黒い糸を巻きつけるように結んで、そのまま恋人が繋ぐようにしっかりと手を繋いだ。
いつもとはまた違って、結構恥ずかしいものがあるが、さっきの緊張や不安とはまた違った……別のドキドキが胸の中に湧き上がってきた。
「さ、行きましょう?」
「はい!」
ずっと待ち望んでいたようなこの瞬間――緊張したり落ち着いたり……結構慌ただしく準備していたけど、いよいよ私たちの式が始まる……。




