307・門兵オークとの会話
約束を交わし、しばらく話し込んだ私たちだったけど、その日は早々に切り上げることにした。
お互い、町に出るのならば準備しなければならないだろうと判断したからだ。
私の方もせっかく二人でディトリアをまた回るのだし、いつもの正装――黒のドレスでは味気ないと思ったのだ。
私は初めて『覚醒』して以降、ほとんど身体は成長していない。
それを証拠に、昔買ってもらった服などが未だに着れるのだから。
……なんでだろう。
なんだかものすごく情けなくなってきた。
そういう考えは改めないと……と思ったところで身体も胸も子どもサイズのまま成長してないことに誇れる要素何一つないんだけれど。
いや……まだ未来には希望が残されている……と持ち直しても、ヒューリ王との戦いで多かれ少なかれ聖黒族の姿を見てきた私にはわかる。
彼らも違いはあるけど、基本的に少年少女の姿をしていた。
アシュル自身も胸は大人並みでも身体は私より少し高い……髪の色さえ除けば、年の近いお姉さんと言っても過言ではない容姿だ。
そこまで考えて、私はそっと、自らの思考を閉じた。
これ以上は不毛だ。それに、私は外見より中身で勝負する女だ。
何の問題もない。
それよりも、問題なのは服のほうだろう。
私は大体似たような……というより、同じデザインのドレスを数着持っていて、それを着回しているのが現状だ。
正直、違う色の服を着る時なんてほとんどない。
そして周囲も全く気にしてないから、私自身も無頓着のままだった。
正装ではなく、ラフな格好で……となるとどんな格好をすれば良いのかとものすごく悩んでしまう。
一応そういう服はあるし、なぜか贈り物として貰うこともあるのだけれど、結局着ないままだったりしていたのだ。
……仕方ない。こうなったら最終手段を使おう。
そう決めた私は、私室に置いてあるベルで誰かを喚び出すことにした。
できるだけ口の堅そうな子に相談することにしたのだ。
リュリュカ辺りに言ってしまったら、間違いなく茶化されてしまうし、いつの間にか周囲に広がっていても不思議じゃない。
だからこそ、あまり私に縁のなさそうな子の話を聞いて、参考にしようと結論づけた。
この判断がどうでるか……それは明日、アシュルと会った時の反応を楽しみにしておくとしようか。
――
そして色々準備をして、ようやく当日を迎えた私は……なぜかちょっとひらひらしてて、膝よりも上の位置にあるスカートの裾があることに違和感がある。
いつもはロングなだけに、ちょっと涼しいような気がする。
白のスカートに上は水色。
それに加えて、初めてアールガルムに行った時に購入した夜闇の青を表現したようなリボンで、後ろ髪を軽く纏めて……準備は完了だ。
せっかくだからお出かけの雰囲気を出すべく、館の外――門のところで待ち合わせをしている。
わざわざこういう回りくどさも大切なんだと思う。
というわけで門のところに行くと……クリフが門番として不動を貫いて佇んでいた。
最近では門番の数も増えて、自然と交代制が導入され、昔のように彼一人だけでは無くなかったせいか、久しぶりに会った気がする。
いや、元々あんまり門には行ってないから当然の事なのかもしれない。
私が門に近づいてきたのに気づいたのか、のっそりと後ろを振り向いて、驚いたように少し目を見開いていた。
「ジョオウ、珍シイナ。ドコカニ行クノカ?」
「ええ、今日はアシュルとちょっとおでかけする予定でね」
「……ワザワザココデ待タナクテモ、館カラ一緒ニ出テクレバイインジャナイカ?」
「わかってないわねぇ。偶にはこういう事も大事なのよ」
「ソウカ」
相変わらず少々ぶっきらぼうで、言葉がわかりづらい。
でも昔に比べたらかなり話せるようになってきている。
そう言えば彼と出会ったのもエルガルムに侵略を受けていた時……かなり前の話だったか。
「そういえばクリフ、貴方はこっちに来て……どう? 昔の方が良かった?」
私は彼の――オーク族の多くの命を奪って今ここにいる。
ずっと前の出来事ではあったが、私はあの出来事を忘れていない。
『メルトスノウ』で焼き払ったあの戦場を。
もちろん、今ここにいるオーク族のほとんどが戦いに出ることが出来なかった者や、あの時オーガルの行動に疑問を感じてた者たちだ。
だけど……もし、機会があったら、オーク族の誰かに聞いてみたかった。
今の彼らは幸せなのかどうか。私は……彼らをちゃんと見てあげられてるのかどうか。
「ジョオウガ何ヲ考エテルノカハワカラナイガ……」
クリフはゆっくりと考えるように目を閉じて少し顔を上に向けている。
しばらくそのまま動かないから、もしかして寝た? とか思っていると、結論が出たのかゆっくりと目を開いて私の方に視線を動かした。
「オレハ感謝シテイル。オーク族ハ、アノママデハ遅カレ早カレ絶滅シテイタダロウ。
ソレハ、他ノ者タチモ同ジ気持チノハズダ」
「……そう、ありがとう」
彼の目はどこか優しさを湛えていて……孫とおじいちゃんのような感じだ。
「ソレヨリ……待チ人ガ来タヨウダゾ」
「ティファさまー、おまたせしましたー!」
アシュルが館の方からぱたぱたと駆け足で走ってきていた。
普段は青色のメイド服にその身を包んでいたけど、今はほとんど白に近いが、本当にうっすらとセツオウカの桜のような色が見える。
下の方はやはりスカートで、こちらは黒色と……なんでだろう?
私が白で行くとアシュルが黒で来たという偶然が生まれてしまった。
「アシュル、普段のメイド服とまた違った魅力がある服装してきたわね」
「いやいや、ティファさまの方こそ、普段とは全然違う服ですごく素敵です!」
目を輝かせて喜んでくれているようで、私の方も嬉しい。
というか、やっぱりアシュルも私と同じことを考えてくれていたようで、互いにいつもと違う自分を相手に見せる結果になってしまった。
「クリフさんもお仕事ご苦労さまです」
「アア、コレカラジョオウト町ニ出カケルノダロウ?
怪我ヲシナイヨウ、気ヲツケテイクコトダナ」
「またそうやって子ども扱いしないでくださいよ……」
どうやらアシュルの方はクリフとたまに会っているようで、子ども扱いされてむくれている。
対するクリフの方はそれでもアシュルの方を優しい瞳で見ていて……彼はやっぱり、基本的に善人なんだろうな、ということがはっきりとわかる出来事だった。
「もうっ……ティファさま、行きましょう」
「くすっ、はいはい」
結局子ども扱いをやめてくれなかったクリフに頬を膨らませて、早く行こうと私に催促してくる姿はなんとも可愛らしい。
こういうところがあるからいつまで経ってもクリフにそんな扱いされるのだと思うのだが、それは言わないでおこう。
こちらにまで被害が及んでしまっては、せっかくのお出かけが台無しになってしまうからだ。
「アシュル」
「はい?」
早くここから離れたいとでも言うかのように、さっさと先に進もうとするアシュルに向けて私は慌てて追いかけて手を差し出す。
このままだと私を置いて行ってしまいそうな勢いがあったからだ。
「ほら、急ぐのはいいけど、離れないように手を繋いで行きましょう?」
「……っ、はい!」
一瞬呆けたような顔で、私の顔と手を交互に見ていたけど、すぐさま花が咲いたかのような笑顔が現れ、立ち止まって手を繋ぐ。
「……なんだか、少し恥ずかしいですね」
「ふふっ、今更でしょう? ほら、行くわよ」
「はい!」
自分からわざわざ手を取って繋いでくれたはずなのに、妙に照れてるアシュルを追い越して、私はそのまま彼女を引っ張っていく。
私の町、ディトリアの今がどうなっているのかを確かめに行くために――




