264・北の地、戦いの時
――カヅキ視点――
7の月・ビーリラ――ティファリス様のご命令で向かった北の地。その開けた場所にある平原。
少々肌寒いこの地の気候はそれがしには合いそうにないないですね……などと思いながら空を見上げてみました。
――この空をティファリス様も見ていらっしゃるのでしょうか?
「カヅキちゃん」
なんてちょっと黄昏れていますと、ベリル殿から声をかけられました。
彼女はそれがしと同じくティファリス様に信頼され、力を認められたからこそここに共に来た……いわば同胞ですかね。
ですが、それがしの敬愛とは違い、ベリル殿は恋慕の情を抱いているようですが……いやはや、英雄色を好むとはよく言ったものです。
いや、この場合は『色に好まれる』と言ったほうが正しいのかも知れませんね。
ティファリス様は彼女のことを『ベリルちゃん』と呼んでおられるようですし、まんざらではないとは思うのですが……それでアシュル殿を蔑ろにすることは実によろしくないことです。
彼女は一番近くでティファリス様を想っていた方なのですから……本当にアシュル殿の想いが通じてよかったです。
それがしも一人静かに祝杯をあげた程。
「カヅキちゃんってば!」
「え、ええ……申し訳ない。少し考え事をしておりました」
「しっかりしてよー……ティファちゃんが私たちだから出来るって任せてくれたんだよ?」
「心得てますよ。あの御方の期待、裏切る事は決してしません」
ベリルさんが若干頬を膨らませながら某に抗議してきましたが、彼女の心になにか変化があったようですね。
以前の彼女は、少し表情に嘘の匂いがすると言いますか……笑顔の裏はどことなく空虚な感じがしました。
……今でもそれはどこか拭えない感じはしますが、前よりはずっと近く、と言いますか……ほとんど感情通りの雰囲気を感じることが出来ます。
これも、きっとティファリス様のおかげなのでしょう。
あの御方は自身を好いている者の心にはするりと入り込んでくるのですから。
「二人とも!」
それがしたちが話し込んでいると、今度はフワローク女王に話しかけられました。
私より小さい身体で、力強い攻撃を得意とする正にドワーフと言った様子のこの方は、気さくで薄い褐色の肌はどこか健康そうに見えます。
「これは……フワロ――」
「フワロークちゃん、どうしたの?」
ベリルさんがそれがしの言葉を遮り、不思議そうにフワローク女王に話しかける……のは良いのですが、もう少し礼儀というものを弁えてほしいものです。
いや、それが彼女の良いところでもあるということは理解しておりますが、せめて魔王様方に敬語を使うことだけはしてほしいものです。
マヒュム王は『マヒュムくん』で、今のフワローク女王は『フワロークちゃん』ですからね……。
これではティファリス様の品位が疑われることになりかねません。
親しみに溢れている……というなら聞こえは良いですが……。
「うん、斥候が敵軍を捉えたそうだから、準備は良いかなって思ってね」
「わざわざありがとうございます。こちらの方は問題ありません」
むしろそれがしはこの時を待っていたとすら思える節がある。
恐らくこの戦い、シャラ王も出てくる……そのような予感がするのです。
こういう強敵と相まみえる時、不思議とよく当たるのです。
気持ちが高揚し、抑えられない……そんな時はいつもそう。
故に、それがしは――
「ああ、大丈夫だよ。
ほら、カヅキちゃんなんてギラギラしてるし、目とかちょっと危ないもん」
「……ベリルさん、少し気が萎えますのでそういうこというのやめてくれませんかね?」
「無・理!」
こういう茶目っ気を交える時は実に感情豊かで良いのですが、もう少しこちらの気合というものを理解してほしいものです。
「あはは……うん、これだったら問題なさそうだね。
カヅキたちにあたしたちを引っ張ってもらう形になるけど……それでいいかな?」
「ええ、構いません」
フワローク女王がいう『引っ張る』というのは、こちらに先陣を切って欲しい……そういうことでしょう。
素晴らしい。それがしとて武人。戦いの中でこそ花開く者。
この熱い想いをぶつけられる相手がすぐ近くにいる……これほど心が昂ぶることがありましょうか?
やはり強者と戦うことに喜びを感じる鬼族の血を……それがしも確かに受け継いでいる……そういうことでしょう。
「ごめんね。本当はあたしたちが全面に出て戦えれば良いんだけど……」
「お気にならずに。それがしたちも武人の端くれ……どのような場であれ、全力で事に当たるだけです」
「あの……私は武人でもなんでもないんだけど……」
嫌そうな顔をしているベリルさんの言葉は無視し、それがしは兵士たちと共に最前線へ。
なんだかんだ言っていても、彼女の根底はティファリス様に認めてもらいたい、褒めてもらい……愛されたい。それが全てなのですから。
――
連合軍の一番槍としての配置についたそれがしは、静かに心を落ち着けて来るべきと待つ。
胸に必要なのは燃え盛るほどの熱さ……そして外には冷静さを。
しかし……まさに圧巻と言ったほうが良いでしょう。
あの大軍をどんな方法でかき集めたのかはわかりませんが、この北に一国が持ちうる戦力を投入。
そして南には様々な国の連合軍に匹敵する量を送り込んでいると聞くではありませんか。
一体どれだけの力を持っているのか……。
そんなことを考えておりましたが、ユーラディス軍の将と思われる青白い肌をした男が一人で前に進み、こちらとあちら……両軍のちょうど中間ぐらいの場所で止まりました。
ティファリス様と同じ黒い髪に白銀の瞳……そういえばミィルと名乗った聖黒族の使者の話をそれがしも聞きました。
死んだ者が現世に呼び戻された証とも呼ぶべき肌……それがこの軍を率いている男に見えるということは、大方ティファリス様の推測通り。
ユーラディスの――ヒューリ王の軍勢は全員、既に一度死んでおり、かつ『死霊の宝玉』を使わずに蘇った死の世界の住民。
だからこそ、シャラ王も意識が……黄泉幽世へと『魂』がそこに宿り、確かに会話を交わすことが可能なのでしょう。
その蘇った一人であろう男は何も言わず高らかに自身の剣を掲げ、さらに魔法で黒い槍を空へと打ち上げてくる。
なるほど。これは今から攻めるぞ、という合図ですか。
確かにわかりやすい。そのまま彼は剣を振り下ろし、なにやら大声で叫ぶと――ユーラディスの軍勢が一斉に突撃を仕掛けてきました。
「カヅキちゃん」
「ええ、私たちも……」
ユーラディスの軍が一斉に攻めてきたと同時に、こちら側の後方でも大きな音が響いてきました。
こちらも負けずに、勇猛に戦え……そういうかのように。
「全軍、突撃ぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!」
『うおおおおおおぉぉぉぉっっ!!』
それがしの愛刀である『風阿・吽雷』を抜き放ち、『風阿』を力強く掲げ、相手に切っ先を向けるように振り下ろしながら号令を下し、それがしも走り抜ける。
既に突出していた男の方はユーラディス軍の中に完全に溶け込み見失ってしまいましたが、それはどうでもいいことでしょう。
それがしの目的はただ一つ……シャラ王との再戦を。
「ベリルさん、それがしは――」
「わかってる。軍の指揮はウルフェンに任せればいいってティファちゃんも言ってたでしょ?
だから……カヅキちゃんは自分のしたいことをしなよ。
それで……必ず勝って帰ってきてね」
緩やかに微笑む彼女を見て改めて変わった……そう思いました。
それがしも、ベリルさんも……ティファリス様に触れて変わることができました。
「帰ってこれるかどうかはわかりませんが……必ず勝ちます。
ベリルさん、後は……よろしくお願いします」
それ以上それがしは余計なことを言わずに駆け抜けました。
再びあの場所へ――熱い戦いの中へと。
あの日の完全に敗北した自身を超える為に――。