259・訪れし死の国の使者
レイクラドをこちらに引き入れ、契約スライムのライドムごとドラフェルトの戦力を取り込んだ私は、リーティアスの軍を再編している最中だった。
最近では魔法が使える兵士にも剣術を教える機会が増えただとかで、徐々に近中遠距離と、幅広く戦えるものが増えてきた。
それについで魔法はより効率的に使える方法を研究している者も増えてきて、武器による近距離を専門とする兵士たちは更なる研鑽を積んでいると聞いている。
正直、私は魔法に関して言えば転生前に生きていた世界のことしか知らない。
いや、こちらの世界の魔法ももちろん多少は知っているんだけれど、私自身それよりも深く魔力を練り込み、イメージを具現すると言ってもいい魔導を使うせいでそこら辺はおざなりになっているのだ。
でも、これを機に私の方も習ってみてもいいかもしれない。
イメージとは――想像力とは様々な事象に触れてこそ膨らむというものだ。
それに、この世界の魔法を習得し、練り上げることこそがこの世界に溶け込む術になりうることだろう。
やらなければならないことは相変わらず多く、むしろどんどん増えていってるような気がする。
……そんな時だ。来訪者の報告があったのは。
――
「ユーラディス? そこから使者が?」
「はい。なんと言えばいいのでしょうか……少々舌っ足らずな幼い感じの喋り方をする女性の方が使者としてこちらに来られたそうです。
なんでも……ティファさまと同じ、黒髪に白銀の目をした魔人族の方なのだとか」
「私と同じ……」
もしかして、聖黒族なのかもしれない……そう感じたのは恐らくアシュルが私と同じ、と言っているからだろう。
もちろん、私と同じ髪に目の色をした魔人族はいないわけでもない。
だけど他の国から……しかも事ここに及んで使者が来るとしたらまずヒューリ王の国で間違いない。
彼は聖黒族の魔王だ。配下にそういう人物がいても不思議ではないだろう。
「応接室に通しておいてちょうだい。私の方も一区切り終えたところだからすぐに向かうわ」
「わかりました! ……あの、私も同席しても」
「当たり前でしょう。貴女は私の契約スライムなんだから」
なにを当然のことをと思ったけど、その一言が嬉しかったのだろう。
彼女はぱあっと花咲くように私に笑顔を見せてくれて……そのまま色々と支度をしに行ってくれた。
それじゃ、私の方も行くとしましょうか……。
そのユーラディスの使者に会いに、ね。
――
そのまま応接室の方で件の使者がやってくるのを待っていた私は、ノックの音と共に扉が開き、現れた彼女を見て驚いた。
艷やかな……闇のように黒い髪にその中を浮かぶ月のように輝く白銀の瞳。
背は私よりも高いが……アシュルと同じくらいだろうか?
が、特に胸の二山が……完全に敗北したような気すらする。
私が小丘だとすれば彼女は山と言っても差し支えないだろう。
しかし……彼女の青白い肌は生きている者たちのそれとは違う。
どちらかと言うと、シュウラなんかのような……死者の肌色をしている。
「はじめまして、てぃふぁりすさま。
みぃはみぃる・らんふぃんです」
「……はじめまして、ミィル。私はティファリス・リーティアスよ」
舌っ足らずというのはその通りだろう。
話し方が幼子のそれだが、少なくとも私よりは年上な感じがするから奇妙な感じがする。
「こんかいは、とつぜんのほーもん、もーしわけございません」
「そういう堅苦しいのはいいわ。……それで、要件はなに?」
「はい、てぃふぁりすじょおーさま。えと、みぃはひゅーりまおーさまのししゃとして、ここにきました」
胸を揺らしながら自慢気に話すけど、今まさにこちらを攻めんとしている国の使者……というのはやはり宣戦布告ということだろうか?
「で、ヒューリ王のところの者がわざわざこんなところにどんなご用事?」
「はい。まおーさまは、てぃふぁりすじょおーさまとどうめーをむすびたいそうです」
一瞬、思考が止まってしまった。
彼女は今、なんて言ったのだろうか? としばらく考える時間が必要になったほどだ。
「な、なにを言ってるんですか! 貴女たちはこちらと友好を結んでる国々に対して――」
「アシュル!」
「くっ……くぅっ……!」
私だって色々と言いたいことはある。
だけれどここで怒って彼女に当たることはまた違う。彼女自身はあくまで使者なのだから。
しかし、ラスキュスと戦った当の本人はそうも思えないのだろう。
忌々しいものを見るような目でアシュルはミィルを睨んでいるが、彼女自身はどこ吹く風だ。
「けんめーです。みぃに言われても、どーしよーもない。ぜんぶ、まおーさまがおきめになったことだから」
「それで、なぜ同盟などと? こちら側をいつでも攻められる状態しておいてそんなこと言うなんて、まるで脅しね」
「それは、あなたがせーこくのどーしかもしれないから」
「!?」
なるほど。
恐らく、彼は――ヒューリ王は私が聖黒族だと薄々感づいていたというわけか。
確証は持っていない。しかし、魔人以外にこの髪色と瞳を持つ種族は、聖黒族しかいない。
そして彼も聖黒族……何かしら似たものを感じたのかも知れない、ということか。
しかし……ここでアシュルが動揺してしまうのだから困ったものだ。
ここは堂々と構えておいて、相手にそうと悟らせないようにしなくれはならないところだ。
すぐさま無表情でミィルの様子を観察したけど、彼女自身は特に変化がない。
どうやら気付いていないようで……ほっとした。
「聖黒の同士……私を聖黒族だと、そう言いたいのかしら?」
「はい。せーこく、みぃのどーほー。だから、たたかうりゆー、ないとおもう」
「勝手なことを……」
「アシュル、少し黙ってなさい」
「も、申し訳ございません」
どうにもラスキュスと相対したことがそれほど深く根に持っているのだろう。
ヒューリ王の軍勢に食って掛かる勢いになりつつあるのはよろしくない。
「聖黒族は同胞、ね。貴女はつまり、そうだと言うのね?」
「せーこくのみんな、まおーさまにたすけてもらった」
聖黒族が他の地域にいて、ヒューリ王がそれを救ったと……ミィルはたしかにそう言っているのだろう。
だが、どうにもそれを信じることが出来ない。
聖黒族は絶滅していることになっている。
それなのに私、ミィル、ヒューリ王……それ以外の同胞がいる……というのであれば、それはもう絶滅しているとは言えないのではないか?
それに、彼女の肌。とても同じようには見えない。
むしろシュウラに近いその肌は……。
「まおーさま、やさしい。だから……」
「……優しい? 周囲の国々を片っ端から侵略していくその行為が優しいもののすることだとでも?
それに……聖黒族であるというのならば、その肌は? とても、私とは同じに見えないけど……」
「これ、まおーさまのもののあかし。みぃ、このはだのおかげでもういたくない。くるしくない」
ヒューリ王の物の証? 余計にわからない。
痛くない、苦しくないというのもなぜここで出てくるのか……そんな風に少しでも理解しようと思考を巡らせていると、アシュルが私にそっと耳打ちしてくる。
「ティファさま……」
「なに?」
「あの肌の色……ライキ王と似ています」
「……そう、貴女もそう思うのね」
やはり彼女は……既に死んでいる。
いや、死んだ後の存在……とでも言うべきだろうか?
「……それがヒューリ王のした所業だというのであれば、私とそちらは相容れることはないでしょう。
例え、それで救われた者がいたとしても……望まぬ者にそれを使うのはあってはならないことだから」
「……そう、なら、みぃたちゆーらでぃすはきこくにせんせんふこく、します」
残念そうな……寂しそうな表情を私に向けたまま、ミィルはヒューリ王の意思を確かに伝えてきた。
しかし、どうやってかはわからないが死んだ者が生き返る……そんなこと、あってはならないのだ。
それが今目の前にいる……ミィルの存在を否定することになったとしても。
今を生きる者だからこそ、死者が世界を徘徊するのを許してはならないのだ。
それがどんな苦悩に満ちた死であり、生に焦がれているのであっても……。