255・英猫、再起可能の物語
レディクアの案内で早速フェーシャの部屋の前にやって来たのだけど、固く扉は閉ざされているように見えて……なんだかどよんとした薄暗い雰囲気が感じ取れそうなほどだった。
「フェーシャ様? ティファリス女王様が来国されましたんにゃ」
何度か扉をノックするレディクアだったんだけど、一切物音を立てず、その静かさは少々不気味に感じるほどだ。
「入りますんにゃ」
「え?」
レディクアが一言断ったかと思うと、普通に扉を開けて部屋の中に入っていった。
というか――
「そこ、開いてるのね……」
引きこもってるって言うからてっきり完全に閉じこもってるのかと思っていた。
肩透かしを食らったような気がしたけど、レディクアは中に入ってしまったし、仕方ない……私も入るとしようか。
「邪魔するわよ」
流石にケルトシルの魔王の私室に入るのになんの断りもなく……というのも気が引けた為、一つ断りを入れて部屋に入る。
そういえば他国の魔王の私室に入るのは初めての経験だ。
大体通されるといえば執務室か応接室で、今回のように魔王本人の私室に入るなんてことはない。
……私の方は半ば執務室と私室が混ざってきているような気がするから羨ましい限りだ。
肝心のフェーシャの部屋は壁の方は少々明るく優しさを感じるような色合いで良い感じなのだが、今は窓もカーテンも閉められて暗い。
ベッドは白く大きい物を使っているようだけど……肝心のフェーシャの姿が見えない。
強いて言うなら、ベッドの上になんだか丸いものが鎮座しているというところか。
「レディクア、フェーシャはいないみたいだけど?」
「あそこですんにゃ。あの白い布の中で丸まっていますんにゃ」
もう一度ベッドの中央に鎮座してるものを見てみると、もぞもぞと動いていた。
「フェーシャ?」
「……はいですにゃ」
言葉とともにぴょこんと飛び出したのはフェーシャの顔。
不覚にも可愛いと思ったんだけど、それ以上に沈んだその表情を見るととてつもなく申し訳ない気持ちになってくる。
「フェーシャ様、ティファリス様と約束したはずですのにそんな調子でどうするんにゃ。
そんなんじゃカッフェーに笑われますんにゃ」
「わかってるにゃ。ちょっとへこんでただけにゃ」
ベッドから出たフェーシャは少し毛並みがボサボサになっていた。
せっかくの綺麗な毛並みも台無しな状態だ。
レディクアはささっと彼に歩み寄って部屋に置いてあったブラシで毛並みを整えていく。
流石のフェーシャも私が来たとなれば引きこもってはいられないと感じていたのだろう。
「えっと、申し訳ないですにゃ。本来だったら僕が真っ先に行かないといけないはずなのに……」
「別に気にしてないわ。事情が事情だし」
「にゃ……」
私の言葉でフラれた時のことを思い出したのか、さっきよりも深く沈んでいる様子だった。
「ほら、フェーシャ様さま、もう少ししゃんとしてくださいんにゃ。
カッフェーだったらもう少し早く立ち直ってますんにゃ」
まるで経験したかのような物言いをしてるけど、もしかしてレディクアを同じような経験をしたんだろうか?
「……随分と知ってるかのような言い方だにゃ」
「それはそうですんにゃ。フェーシャ様とほとんど同じ告白してましたんにゃ」
「カッフェーが……?」
とてもじゃないがあの猫がそんな風に答えるところなんて想像がつかない。
もう少し砕けた言い方ならしそうだけれど。
「……レディクアはどうしたのにゃ?」
「引っ叩いてやりましたんにゃ。
散々盛り上げておいて『僕の子供を産んで欲しいのにゃー!』なんて、最低な告白ですんにゃ」
「にゃにゃ……」
グサッと心に刺さったのだろう。
苦しそうに胸を抑えている。
「最初は愛想が尽きそうになりましたんにゃ。
でもカッフェーが一生懸命私に話しかけてるのを見て……気付いたら一緒になってましたんにゃ」
レディクアの声のトーンが少し落ちる。
恐らく……カッフェーを失った時の気持ちを思い出してるんだろう。
ガッファ王がケルトシルに攻めてきた時、彼は勇敢に戦って散ったと聞いている。
――リカルデもあの時、必死に戦っていたんだろう。
あの戦争の事をふと考えると、どうしてもリカルデの事を思い出してしまう。
私もまた、彼の死を忘れられないのだろう。
フェーシャもカッフェーの最期を思い出したようで、沈んだ顔を更に暗くして見ていられない。
「だから、フェーシャ様も諦めないで欲しいのですんにゃ。
あの日のカッフェーのように」
「で、でも……」
そんな風に割り切れないとでも言うかのようにまごまごと戸惑っているフェーシャに向けて私も、言葉を投げかける。
「ノワル……って言ったわね。
彼女の方にはアシュルが説得……というか話し合いに行ってるわ。
だから、と言うわけでもないんだけど、諦めるのはまだ早いんじゃない?」
「でも、ぼくは……」
ブラッシングを終えていつも通りの整った毛並みになったフェーシャだけど、どうにも踏ん切りがつかないと言うかのようにうじうじと床を見つめている。
……これはどうやらもう少し強く言ってやらなければわからないだろう。
「貴方の思いはそんなものなの? 自分でやらかして拒絶されたからってもう諦めてしまうの?
そんな軽い気持ちで告白したのならすっぱりと諦めてしまいなさい!」
「なっ……! ぼくだって諦めたくないにゃ!
ノワルのこと、すごく……すごく大好きにゃ!
確かに一目惚れだったけど……この気持ちは本気にゃ!」
なまじ私の方が背が高いからか、下から涙目で睨まれると……小さい子をいじめてるような感覚に苛まれそうになる。
いや、フェーシャは猫人族だから微妙な線だけど。
まあ、それでもかなりいつもの調子が戻ってきたようだ。
「だったらそれを彼女にぶつけなさい。
ちゃんと言葉を考えて、ね」
「う……う、わかったにゃ……頑張るにゃ……!」
ようやく決意したようで、むん、と気合を入れていた。
願わくばそれが空回ることにならないよう祈るだけだろう。
「頑張るのはいいですけど、その前にティファリス様との要件をきちんと済ませてくださいんにゃ」
「わ、わかってるにゃ!」
すっかり調子を取り戻し、お母さんが息子に言い聞かせるように嗜めるレディクアに対し、フェーシャは若干鬱陶しそうにしている。
本当に親子のような遣り取りだ。
「はぁ……色々とご迷惑をおかけしましたにゃ。おまけにこんな姿まで晒してしまって……」
「別に謝る必要はないわ。結果的に話ができるなら、ね」
「ありがとうございますにゃ!」
嬉しそうに頭を下げたフェーシャはすっかり元通り……というより少し元気が良すぎる、と言えばいいのかも知れない。
それでも暗いよりはずっといいだろう。
「それじゃ、流石にここでする話じゃないから場所を移しましょう。それでいい?」
「はいですにゃ。そう言えばティファリス様一人ですかにゃ?」
「いいえ、アシュルも一緒に来たんだけど……彼女は今ノワルのところに行ってるわ」
「そ、そうですかにゃ……」
ノワルのことを口にすると、一瞬動揺するところから完全に吹っ切れたわけじゃないだろうけど、それはもう時間が解決してくれるだろう。
今はただ、フェーシャときちんと話し合いをする方が先だ。
「フェーシャ様」
「わ、わかってるにゃ。僕も大人の男にゃ。
いつまでもめそめそしてる場合じゃないにゃ!」
再び嗜められそうになったのを遮るようにフェーシャは抗議しているのがなんとも微笑ましい。
これでこっちはなんとか出来たけど……アシュルの方は大丈夫なんだろうか――?