252・桜スライムとの修練 後編
さて、次はどう攻めてくるのか……。
そんな風にカヅキの行動を観察しながら私は動きに隙を作りながら彼女を誘っているのだけれど……やはりあまり上手くいかない。
「どうしたの? まさか、このままお見合いするだけで終わらせる気?」
「……」
ちょっと茶化すように言葉を投げかけるのだけれど、彼女はゆっくりと私の動きを伺うように一定の距離を保ちながら周るように歩いていく。
……どうにも予想外の行動だ。
彼女の性格から、攻撃一辺倒に転じてくると思っていた。
アシュルから聞いた彼女との二戦と、パーラスタでのシャラとの戦いでも彼女は嵐のように攻撃をしかけて、炎のように燃え上がる闘志で戦っていたと聞いている。
相手も待ちの戦法を取らなかったらしいけど……それにしても観察しすぎだ。
いい加減焦れて攻撃に転じようかという思考が頭に湧き出てきた――その時だ。
「……ふっ」
足運びは歩く……というよりも地面を擦って私との距離を詰めてくる。
極力音を立てずにこちらに歩み寄る姿は、死角を突くように迫られれば、暗殺者を彷彿とさせる静けさで攻めてきた。
最小限の動きで左の刀が私の胴体を上下に引き裂こうとでもいうかのように迫ってきた。
それを先程と同じように剣で受け止めると、勢いに乗ったまま右の刀が上から襲いかかってくる。
「はぁぁぁっ!」
咄嗟に飛び退ってかわすと、今度は左の刀が斜め上から、右の刀が斜め下から斬りかかってきて……いよいよ彼女の方にも火がついてきたのを感じる。
ここで魔導を使って加速するのは有りな戦法だろうが……それでは私が押し負けたような形になってしまう。
――ここは退けない……!
私は姿勢を低くしてそれを回避し、剣を握り締め、下から上に切り上げるように攻撃を行った。
「『風風・俊歩疾速』!」
下から襲いかかる剣を速度を強化する魔法を使って回避したカヅキはその魔法の効果が切れない内にぐるりと半円を描くように走り抜け、そのままもう一度私と斬り結ぶ。
二本の刀を添えるように同じ左方向から飛んできた斬撃を一本の剣で受け止め、押し返すと同時に突き上げるような刺突を繰り出す。
一進一退の攻防。未だこちらの方が余裕はあるのだけれど、カヅキの剣戟は一太刀毎に冴え渡ってきているようにも感じ、戦闘中にどんどん学習しているように思えてきた。
「ふ、ふふっ、面白くなってきたじゃない……!」
そして、私の方にも段々と火が着いてくるのを感じる。
刀が左から斬り上げ、突き、斬り払う内に右から斬り下ろし、薙ぎ払い、横に一閃する。
縦横無尽に飛び交う斬撃はおおよそ二つの腕しか持たないものの斬撃には見えないほどの俊敏さを誇り、セツオウカの桜色の髪が舞い、吹雪のように舞う花の嵐の様相を呈してくる。
そんなカヅキが巻き起こした刃の嵐を避け、逸らし、防ぎながら掻い潜るように前進していく。
何も前の見えない砂嵐の中、僅かな視界を頼りに進んでいく旅人のような危うさを秘めた防御を続けながら、彼女の攻撃を凌いでいく。
「さ、流石ティファリス様……拙者の太刀筋をそこまではっきりと見えておられるとは……」
「どうする? もうやめる?」
くすくす、と再び挑発するように笑いかけてあげると、乗せられるように荒い太刀筋の剣戟が飛んでくる。
やれやれ……と思った次の瞬間、狙い済ませたかのような一撃が二本目の刀から繰り出されるものだから面白い。
「『風風・俊歩疾速』!」
先程は退くことに使ってきたけど、今度は攻撃に使ってきた。
風を纏い、今までにない速度で私の懐に飛び込んできたカヅキはそのまま腰辺りに構えていた刀が煌めくような一閃を浴びせてくる。
それに対し私はその剣戟に合わせるように剣を振り下ろして最初の一撃を防ぐ。
「『火火・炎烈剛攻』!」
次いで繋ぐカヅキの魔法と二度目の剣戟に……私は剣を弾かれ、刀の切っ先を突き立てられることになってしまった。
力を強化する魔法……初めて見るそれは感覚的にはあの時ぶつかりあったセツキの力よりも少々劣るといった程度だろうか。
ここで負け……ということにしておいても良いのだが、仮には私も魔王の一人。
このような負け方は許されないだろう。
それに……今のカヅキは私から剣を弾く事が出来て多少気を抜いてしまっている。
それはきちんと諌めて置かなければならないだろう。
「ふっ……!」
私は突き立てられた切っ先に向かって前進して、刀が頭の真横を掠めていくのを感じながら、隙だらけのカヅキとの間合いを肉薄し、お返しだと言わんばかりに拳を突き出して目の前で止めてやった。
一瞬の静寂。カヅキの驚きの表情と……今の私の落ち着いて笑っている表情はとてもさっき刀を突き立てた側と突き立てられた側には見えないだろう。
「……っ!」
「ふぅ……ここまでにしましょうか」
そのまま拳を引っ込め、服の裾をはたいて彼女に微笑みかけた。
カヅキはなんとも言えない悔しそうな表情で、地面に顔を落としていた。
「拙者の……負け、ですね」
「いいえ、私の負けよ。あくまで剣での勝負なんだから、刀の切っ先を突きつけられた時点で、ね。
ただ……その後が酷かったからつい拳を出しちゃったけど」
カヅキはどうやら予想以上に力を着けてきているようだ。
結局渡しの方からは魔導を繰り出すということはしなかったけれど、以前のカヅキであれば私にこれほど善戦することは出来なかっただろう。
互いに訓練用の武器、ということも考えれば大分成長したと思える。
だけど……それだけに今さっきの彼女の行動はいただけないだろう。
「カヅキ、今さっき、『勝った』って一瞬でも思わなかった?
試合という形式を取っている以上、それで貴女の勝ちという事実は揺るがないわ。
だからといって、隙を見せてもいいってわけじゃないわ。それは……」
『わかっているわね?』とは最後まで言わなかった。
彼女は自分の何が悪いかはっきり自覚している。だからこそあんなにも悔しい顔をしているのだ。
「でも、本当に強くなったわね」
あの場面、カヅキなら『風風・俊歩疾速』をもう一度使ってくると思っていた。
少し前の彼女なら間違いなくそうしていただろう。
こちらの予測を上回る……それはなにより彼女が成長した証になるというわけだ。
しかし、カヅキ自身はそうは思っていないようで……。
「……本当にそうでしょうか? 拙者はどうにも自身が強くなったとは実感できません」
思い悩むようなその顔は放っておけば更に過酷な修行の道をその身に化しかねない程の危うさがあった。
「それは思い込みすぎよ。貴女は確かに強くなった。
私がそれをしっかりと認めてあげる」
「ですが……」
「パーラスタに行く前の貴女だったら、私に絶対に勝てなかったはずよ。
いい? 例え最終的に拳を突き立てられる結果になったとしても、それまでの過程は互角の戦いだった。
セツキとも渡り合い、数々の上位魔王を討ち倒した私と剣だけとはいえ互角の戦いが出来た……それじゃ、成長は実感できない?」
「……」
しばらく思い悩むような表情で顔を伏せていたけど……次に顔を上げた時にはさっきまでの悩みはいくらか消え去っていたようで、実に清々しい顔をしていた。
「ティファリス様……ありがとうございます。
少しだけ……気持ちが楽になりました」
「それなら良かった」
彼女のその笑顔は、パーラスタから帰ってきて久しぶりに見たもののような気がして……これで本当に、カヅキも戻ってきたんだと思えるようになった。
今の彼女ならきっと、シャラ王にも負けない戦いができるだろう。
私は、そう信じている。