234・竜人とドワーフの過ごす日
――レイクラド視点――
陽が昇る。
忌々しい陽が。
未だ忘れ得ぬ焦土と化した西の都に昇った……あの陽が。
「王、我らが王よ」
呼びかけてきたのは竜騎士の一人。
洗練された青い鎧にその身を包み、かしずく彼の姿はまさに青竜の騎士と呼ぶに相応しい姿をしているだろう。
「どうした?」
「ワイバーンを駆り、偵察をしていた者の報告です。
リーティアスがパーラスタを打ち破ったそうです」
……そうか。かの者がパーラスタを。
その者が両国の被害状況・戦いの経過・その後を説明している間に、我はつい……物思いに耽ってしまう。
ラスキュスよりティファリスが聖黒族だと教わった日、胸中にこみ上げる懐かしさがあった。
それと同時に……あの日の約束を果たさなければならない、と。
忘れもしない後悔に塗れたあの屈辱の日。
我の力及ばず、幼かった事が招いた惨事。
幾度となく憎み、恨み……嘆いたことか。
だが、それも最早終焉を迎えるのも近い。
ラスキュス……そしてヒューリと交わした約束。我の悲願……それを叶えるために。
「ライドムを呼べ。我もラスガンデッドに向かう」
「我らが王よ、それは……」
「急ぎラスガンデッドを落とさなければ、セツオウカは、リーティアスの救援を受けスロウデルを落とすだろう」
「ま、まさか……」
信じられない、とその声音は我に訴えかけているようだったが、その信じられない事をやってきたのがリーティアス――ティファリス女王だということだ。
パーラスタに勝利を収めた……ということは『極光の一閃』を防ぎながらあの国を落としたということになる。
あれはセツキや我であるならば防ぐ事が出来る代物であるが……そのときは首都に座し、契約スライムを含む兵士たちに全てを委ねてなお、我らでは多くの犠牲を出すであろう。
聞けばリーティアスは名だたる者は軒並み残っており、それら全員を含み少数精鋭として送り出す分には全く問題ないと。
よもや抜刀の鬼神と誇り高きシャラが雑兵をある程度屠るだけで終わってしまったのが予想外であった。
以前の鬼神の魔王であるシュウラの契約スライムであるカヅキが、それほどの成長を見せるとは思っても見なかった。
それに加え、聖黒の契約スライムであるアシュルに……恐らく、竜人族――いいや、それを昇華した竜神族である我だからこそわかる。
ティファリス女王の側にいる飛竜は……間違いなく我らが竜人の祖とも言える『始竜』であろう。
様々な種族の始まりと共に産まれた最古の竜種であり、ある者は戦いの末滅び、ある者は……そう、聖黒の女と惹かれ合い、恋に落ちた。
そうして産まれたのが我ら竜人族であると伝わってきている。
その祖である『始竜』まで成長を遂げたものが、聖黒のティファリス女王の側についているのだからなんとも皮肉な話である。
これではまるでかの神話の再現ではないか。
――なるほど、そこから察すると、我は父と母を守ろうとする子、そのものではないか。
惜しむらくは、子の心親知らず。親の心子知らずといったところか。
「我らが王よ……」
「むっ……」
今の状況を分析しようと物思いに耽っていたが、つい様々な事を考えすぎてしまっていたようだ。
目の前のこの騎士の納得の行く答え……となれば唯一つであろう。
「フレイアールと呼ばれる竜が『始竜』であることは貴様も伝え聞いていることだろう」
「はっ……はっ。それはもちろん……」
「我らが始まりたる竜、そして聖黒のスライム……それらがセツオウカに味方すれば……如何に数々の時代を生き抜いてきたラスキュスであっても荷が重いと言わざるを得ぬだろう。
ならば、事が為されぬ前に事を為す。
それには、我自らが赴く必要があるというわけだ」
それ以上言うことはないと我は立ち上がり、窓の方に歩み寄る。
――ああ、空が眩しい。陽が明るい。
憎々しいあの日の光と全く同じ明かりが……広がっている。
――
――フワローク視点――
日の終わり。
夜の執務室であたしは椅子に腰掛けて今の状況を振り返る……だけどどうにも、全く芳しくないんだよね。
「参ったなぁ……」
あたしは思わず頭を抱えそうになったけど、そんな事をしても何も解決しないから尚更悲しくなる。
事態は深刻。ラスガンデッドとマヒュムが率いているエンドラッツェは同盟を組んでいて、互いに支え合いながらドラフェルトの侵略を防いでいるんだけど……そう長くは保たないだろうね。
こっちの本分は陸。向こうの本分は空で、陸上戦力ばかり豊富なこちらの軍じゃ、ワイバーンを駆り、自身も竜化と呼ばれるより竜に近づける魔法を使える竜人との相性は最悪と言っても良い。
あれらとまともに対峙出来るのは強力な魔法を放つことが出来る猫人とエルフぐらいなものだろう。
それか自然と共に生きるっていう妖精くらいかな。
少なくともドワーフであるあたしと、どっちも平均的なバランスを持ってる魔人のマヒュムにはきつい相手だ。
守ることはまだなんとでもなるにしても、攻める事が中々……。
「フワローク、また考え事ですか?」
あたしのところを訪れたマヒュムが持ってきたのはブラーム……ラスガンデッドの中でもひときわ強い酒だ。
6の月レキールラ~8の月ペストラ以外の……特に11の月ズーラ~2の月アジラの特に寒い日に飲まれてる酒で、中央にいるドワーフだとすぐに酔い潰れてしまうだろう代物だ。
……ついでに、あたしが妙に悩んだり落ち込んだりした時に飲む酒でもある。
「マヒュム……君、気が利くよねぇ」
「ふふ、どれだけ長い付き合いだと思ってるんですか」
「えーと、産まれた時から?」
マヒュムとは国同士が隣り合ってることがあり、赤ん坊の頃からずっと一緒にいた仲で……これからもずっと一緒に居て欲しい人。
それを思うのはちょっと照れくさいんだけどね。
「ははっ、そうですね。産まれた時から……本当に長い付き合いになりますね」
机の上にブラームの瓶とグラスを二つ置いてくれたマヒュムは、それにコポコポと瓶の中身を注いでくれた。
他の国の、色のついたものとは全く違う、透き通ったグラスに注がれる琥珀色の輝きに満ちた液体は、とても上品で優雅な印象を与えてくれる。
これだけでこのグラスを作るのに試行錯誤した甲斐があったというもの。
旨い酒をより旨く、酒はあたしらにとって水のようなものだし、出来るだけ楽しみたいからね。
「……フワローク、状況は非常に悪い。
ですが、ティファリス女王ならば必ずこの窮地を救ってくれるでしょう」
「そう、なんだけど……」
今はただひたすら、ティファリス女王の救援が届くのを待っているのが状態。
ちょっと情けないけれど、相手が空の覇者とも言えるドラフェルトじゃ仕方ない。
徹底的に遠距離攻撃で攻めて来られると、ね。
「それでももう残された領土は少ない。徐々に撤退しながらなんとかやりくりしていったけど……それももう限界。
マヒュムだってわかってるでしょ?」
「ええ。私の国の大半はレイクラド王がいないあの竜騎士たちに苦戦して……引きながらなんとか保たせてはいますが……これ以上はこちらも厳しいでしょう。
ですがそれは援軍なき籠城と似たような状況だった場合です」
マヒュムはあたしの話をききながらうんうん頷いてグラスを傾けてる。
彼が言いたいのはつまり、援軍が来るとわかっているのに保つ保たないという話をしても仕方がないってこと。
保たせなければならないってことだ。
「わかってはいるんだけどさ……それでもね」
「フワローク、ここが正念場です。
ここさえ凌げれば……必ず光は私たちの元に手繰り寄せられるはずです」
本来ならあたしが言うべきであろう根性論をマヒュムが言うなんてね……。
でもまあ、確かに彼の言うとおりだ。
ここが正念場。援軍が来ると信じて……今はただ、守りを厚くするしかないってことだよね。
どうしても拭えない不安をブラームで押し流すように一気にあおって……その強くも濃厚な味わいに身を委ねることにした。