223・鬼対鬼の一騎打ち
セツオウカのキョウレイと、ヤカサカを繋ぐ一本の大きな山道には大きな門がある。
守護鬼門――ここを抜けなければキョウレイに行くことは出来ないが、逆に守護鬼門を通ればそこがキョウレイだ。
俺様はそんな門の前に両腕を組んで仁王立ちしている。
まさに『ここは一歩も通さん』というような構えだ。
背中にはいつもの愛刀『金剛覇刀』を背負い、百人の兵士たちを引き連れてきた鬼神族の元魔王であるヤーシュをじっと待っている。
キョウレイの中でじっとしていると、やはりどうにも落ち着かない。
それは不安や悩みじゃなくて――ただただ純粋な『怒り』。
俺様の治めるセツオウカに向かって『極光の一閃』を放ったパーラスタへの、フェリベルへの途方もない怒りだった。
こんなことが起こったのは恐らくセツオウカの歴史の中でも俺様の代だけだろう。
歴代の魔王の遺体を盗まれ、為す術もなく防衛都市を焼かれ……出来るならば今すぐにでもパーラスタに乗り込んで徹底的に誰に喧嘩を売ってきたのか思い知らせてやりたい。
だが、それはティファリスに任せた。
あいつは任せた以上、確実にこなしてくれるだろう。
イルデルとの戦いが終わった後のティファリスは俺様が見ても明らかに強くなっていたからな。
いや、あの時は本当に驚いたな。
その場でもう一度ティファリスに決闘を挑みたくなったほどだ。
今のティファリスとならもっと全力でやれたかもしれねぇ。
あの時もあの時で俺様は本気で戦った。一切の手抜きなく、互いに力を尽くした。
だけどそれはあくまでお互いの切り札を最後まで切らなかった状態での全力だ。
全てを曝け出した状態での本当の死合が出来れば……。
そう思うのはやはり鬼族の性というやつなんだろう。
どうしようもなく戦うことに焦がれてくる。渇望と言ってもいい。
いずれ、叶うのであればあいつとも再戦したいもんだが、それでも俺様が望むような極上のひと時は訪れないだろうな。
俺様もあいつも、最後の札を切ってしまえば、後戻りが出来ないくらいにやり合うことになるだろう。
それくらい、わかっているつもりだ。
……ヤーシュを待っている間、そんな事を考えていると、ようやくその姿が見え始めてきた。
近づいてくるにつれ、次第にその輪郭がはっきりとしてくる。
俺様と同じように巨大な剣を背負った姿。ほとんど黒に近い灰色の髪にこげ茶色の瞳。
がっしりとした体つきにそびえ立つように大きな一本の角。
肌が青白いところを抜きにして考えれば鬼族としては頼りがいのある存在感を放っている。
「なるほど、ありゃあ本当に戦えるんだったらさぞかしやりがいがあっただろうな」
これが『死霊の宝玉』で操られた死体じゃなかったらさぞかしやりがいのある戦いになったんだろうが……。
「……そうだな、確かにお前となら存分にやりあえそうだよ」
「……なに?」
俺様が死体相手に……なんて妙にくすぶった考えをしているとまさか向こうから声を掛けてくるとは思っても見なかった。
おかしい。『死霊の宝玉』っていうのはあくまで死体を操るだけの道具にしか過ぎない。
こんな風に話してくることや不敵な笑みを浮かべることなんてあり得ない。
「どういうことだ? あんた、ヤーシュ……だよな?」
「ああ、俺様様こそセツオウカで魔王を勤め上げたヤーシュ様よ。
そういうお前は?」
「現魔王のセツキだ」
俺様の返答を聞いたヤーシュは凶悪そうに顔を笑みで歪めている。
おーおー、これは随分とイキイキしてるじゃないか。
とても死人の顔には見えねぇな。
「セツキ……セツキか。
なるほど、鬼の魔王ってのはそうでなきゃならねぇ。
かっかっか、まさに漢の面構えだぜ」
心底愉快そうに笑ってるヤーシュの顔は本当に死人とは思えない。
どうなってるんだ……?
少なくとも『死霊の宝玉』で操られた……というものではないだろう。
「お前、本当にヤーシュか……?」
「はっ、当たり前じゃねぇか」
「だったら、いきなり死んだ魔王が生き返ったっていうのかよ。
笑わせるな」
「かっかっかっ! んじゃなにか、この俺様様は偽物とでも言うのかよ?」
俺様達のところにヤーシュの遺体はなく、今目の前には件の本人がいる。
偽物だなんだという問答は全く無意味というやつだ。
「さあてな。今はそんなことより……」
俺様はゆっくりと『金剛覇刀』を抜き放ち、悠然とした態度でそれを構えてやる。
するとヤーシュの眉が片方だけ釣り上がり、面白そうに俺様の一挙手一投足を見つめている。
「お前が『ヤーシュ』であるならば、俺様が引導を渡してやるだけだ。
死者が生者の世界を彷徨いてんじゃねぇよ」
「……はっ! はっはっはっ!」
俺様の言葉がそんなにおかしかったのか、実に楽しそうに笑い声をあげるヤーシュの顔はまさに獰猛な魔物のそれだ。
……いや、違うな。
鬼族の中でも猛者と言われた奴らのそれだ。
敵に値する奴を見つけ、どちらが上かはっきりさせたい……戦い好きの鬼共の中でも戦闘狂と呼ばれる連中の目をしてやがる。
「いい目をしてるな……最高に期待できる、武士の目だ」
どうやらヤーシュの方も俺様と同じことを思っていたようだ。
ギラギラとぎらついたその目のまま、その大剣を抜き放ち、片手で二~三度振り回してから構えてきた。
「ヤーシュ様、我らは……」
「お前らは後ろで待機だ。
後々、このキョウレイを落とすのに俺様様一人じゃ手間だからなぁ」
「くくく……はっはっはっ!
たったそれだけの人数でこの難攻不落の都であるキョウレイを落とすってのかよ!」
百人程度で……とは言うが、目の前の男が本物なのであればそれも可能だろうよ。
一瞬、カザキリをリーティアスに残しておくべきではなかったか……という考えが頭の中によぎりはしたが、すぐにそれは改めることになる。
そうさ、倒せば何の問題もない。
後ろの奴らはここを制圧するためだけの戦力。
最初からこの男一人でほとんど攻略してやろうって気なわけだ。
その目には本気の色が感じ取れた。
だからこそ、今、ここで、この男を倒せば……自力が強いセツオウカの鬼族を相手に、ラスキュスの軍勢はヤカサカに留まることを余儀なくされる。
じりじりと互いに詰め寄りながら少しずつ相手を自らの間合いに近づかせていく。
「……ああ、そうだよ。
お前さえぶち殺せば、俺様様一人で十分なくらいだ」
「……はっ! 抜かすな! 過去の亡霊がよ!
黄泉幽世に送り返してやるよ!」
軽口をたたきながら、互いに剣の間合いに入ったその時、俺様とヤーシュは同時に動いた。
ガギィィン……という鈍い音が響き渡り、俺様達は互いに刃を合わせていた。
そのまま一度軽く身を引いて右足に力を入れて上体を反らしながら後ろ蹴りを繰り出してやる。
「あめぇ!」
ヤーシュはそれをがっしりと防御し、逆に俺様の足を掴んで思いっきり持ち上げてきた。
応戦するように持っている『金剛覇刀』をヤーシュの足を狙って薙ぎ払うように振るうが、その前にヤーシュは足から手を離して一気に距離を取った。
無防備になった俺様の体は、受け身を取りつつ再びヤーシュと真正面から向き合った。
「次は、これがどうだあ!」
ぐぐ、と体勢を低くし、一陣の風にでもなったかのようにゴウ、という音とともにこの俺様に迫ってくる。
力強く振り抜かれる横薙ぎの大剣を目にしっかりと捉えながら、滑り込ませるように迫りくる刃と自分の体の間に大刀を移動させて防いでやる。
両手にビリビリと伝わってくる衝撃。
俺様を殺そうとする程の強力な一撃を生に感じることが出来る程の感触だ。
剣の打ち合いでは対等だろう。
これがただ単に仕合なら、いつまでも決着のつかない千日手みたいな状況に陥るかもしれない。
だが――
「はっ、なんだ、楽しいじゃねぇか!
こういうのがいいんだよ!! お前もそうだろ!? セツキよぉ!!」
かなりご機嫌に笑いながらギリギリと俺様とヤーシュは刃を合わせ、力を合わせる。
――ははっ、随分と熱いじゃねぇかよ。
いいぜ、俺様も段々火が付いてきた。もうこの炎は……お前の血で鎮めないとなぁ!