202・魔王様、思惑を推察する
「ベリルちゃん。そのベリルちゃんの調査・研究していた『遺物』について出来る限り教えてくれない?」
「もちろんいいよ! ティファちゃんにならなんでも答えてあげるよー!」
にぱっと笑う彼女はすごく可愛らしい。
だからこそ、私は少し罪悪感に駆られてしまった。
この子は私の言葉にならなんでも従いそうな……そんな危うい状態だ。
だけど、それでも今はこの子に頼らなければならない。
私は私の国を守るため――ベリルちゃんを利用するんだ……。
その微笑みは私の罪悪感を掻き立てるけど、それを押し殺す。
国を守るのは魔王の使命。
それが時に誰かを傷つけることくらい、わかっているつもりだ。
「それじゃ、まず『極光の一閃』について教えてちょうだい」
「うん! あれはね、とても大きい……魔法具の一種だよ」
「魔法具……魔法ペンとか魔筆跡ルーペとか?」
頷いたベリルちゃんは、人指ぶりで顎をとんとん、とつつきながら、どう話そうか頭の中で整理してくれているようだ。
「大きな筒のようなものでね、文献では『そは魂宿る一条の光を束ね、練り上げ放つ兵器なり』と書かれていて……この記述から考えると、他者の生命を糧にして放つ武器なんじゃないかと思うの」
「生命を……」
「そうなの。
魔力を送る専用の装置もあって、『極光の一閃』はそこから魔力を吸い上げて発射するんだと思う」
「思う……って、そこは確かじゃないの?」
どうも不明瞭な答えに私は疑問を投げかけた。
その『極光の一閃』が兵器――武器であるならば、フェリベル王は率先して研究していてもおかしくはないはずだ。
ベリルちゃんがずっと研究していたのならば、少なからず何かしらの成果はあったはずなのだ。
「うん、試しに魔力の宿った魔剣を放り込んでみたんだけど、あっという間に魔力を吸い上げて普通の剣にしちゃったんだ。
アレは多分、すごく魔力を使う……ううん、喰らうものなんだよ」
魔力を喰らう……そう言い切れる程のものなら逆に敵対しているものを放り込むとか恐ろしい使い方も出来るだろうけど、それは逆に難しいか。
ベリルちゃんは一度深いため息をついた後、一瞬どう言おうか迷う素振りを見せて、それでも私にはっきり告げてくれた。
「色んなもので試した結果、道具や魔石なんかの魔力をいくら流し込んだところで何の意味もないってことがわかったの。
それで……その……多分、あれは人を魔力源として動くものなんだと結論を出した私達は、とうとう最後の手段に移ることになったの」
言いづらそうにしているベリルちゃんの言葉は大体予想がつく。
全部ダメなら、残された方法は一つ。
人をその魔力を吸い上げる装置に放り込むということだ。
「……大丈夫よ。ベリルちゃんが何を伝えたいか、わかってるから」
「……色々調べた結果、エルフ100人分の魔力と生命力を吸い上げれば起動することがわかったの。
それは常用出来る武器としてはあまりにも実用的じゃないし、後々文献を調べた結果……。
あれは『威力を重視しすぎた欠陥品』である、とわたしは結論づけたの」
それもそうだろう。
エルフ族100人分でどれだけの魔法が放てるかはわからないが、守るべき国民を犠牲にするか、国を守るべき兵士を犠牲にするか……。
どちらにしろ、かなりの独裁政治を引かなければうかつに使うことも出来ない凶悪な代物だろう。
欠陥品だと結論づけられるのも仕方のないことなんだけど……『威力を重視した』ということは、一度使えるようにすればとんでもない力を引き出すんじゃないかと思う。
「もしかしてそれがフラフを誘拐したことに繋がるのかも……」
「……? なんでそこに繋がるのかさっぱりわからないけど、ないんじゃないかな。
人一人攫ってあれに組み込んだところで、なんの意味もないと思うよ」
……そうか。
ベリルちゃんは他種族の事について全く知らないから、そういう風に結論付けることが出来るのだろう。
確かに、普通の狐人族であれば……私もそういう風に考えるだろう。
だけど、私はその時、ラスキュスの言葉を不意に思い出した。
かつて聖黒族と同じように狩られる立場にいた存在……銀狐族のことを。
あの時、ラスキュスは少しだけ例に挙げて言ってくれたが、詳しい話は教えてくれなかった。
だけど、逆にそれが妙に心に残る。
フラフも銀色。
他の狐人族とは明らかに違う髪も耳も尻尾も……金色の瞳をその身に宿していて、彼女以外の狐人族はそうそう見ない。
1000人狐人族がいれば、1人いるかいないかといった程度なんじゃないだろうかと思うほどだ。
もし……もしフラフが銀狐族で、彼女の力がその『極光の一閃』に必要なのだとしたら……。
そうすれば全て辻褄が合うような気がする。
稀有な存在であり、高い能力を持つ聖黒族と同じく、他種族に目をつけられ、絶滅の危機に瀕している種族の内の一人。
もし、その種族の魔力が、桁外れに大きいのだととしたら、フェリベル王が危険を犯してまでさらおうとするのもあり得ることだと言えるだろう。
そう思った私は、即座にラスキュス女王に文書をしたためる。
ここはフレイアールに呼びかけて、すぐに行ってもらうというのも一つの手だろう。
だけど、あの子には、アシュルをパーラスタまで連れて行ってもらうという大切な役割がある。
宣戦布告をするにしても、そのまま戦争に発展したとしても、早い方に越したことはない。
フラフが銀狐族かどうか? それが今後どのような影響を与えるのか……。
確かにその事も気になるのだけれど、今絶対に必要な情報ではない。
なるべく迅速にフラフをパーラスタから連れ戻さなければならない。
この一点さえわかっていれば後のことなんておまけのようなものだ。
だからこそ、銀狐族の情報に関しては文書にしたため、ワイバーンを使う形でラスキュスに渡せばいいだろう。
遅くとも十日程度で返事は来るだろうが、なるべくならその間に片を付けて置きたい。
考えのまとまった私は一度立ち上がり、ベリルちゃんに笑いかけながらお礼を言う。
「ありがとう。
ベリルちゃんのおかげでなんとなく、掴めて気がしたわ」
「……そう? 役に立てたのならいいんだけど」
なんとなく腑に落ちないといった顔をしたベリルちゃんの頭を撫でると、途端に彼女は上機嫌になって笑顔になった。
「今度、お礼に館の外でご飯食べましょう」
「え? ふ、二人っきり、だよね!」
最初アシュルも連れて……と考えていたのだけれど、この食事はそもそも色々教えてくれたベリルちゃんへのお礼なんだし、彼女が望むならそっちの方がいいだろう。
「そうね、二人っきりの方がいいならそれで良いわ」
「……ついでに、一緒に眠ってくれる?」
せっかくだから、みたいな感じで頬を掻いて少し照れながら、ベリルちゃんは私に甘えるようなに見つめてきた。
そんな彼女が可愛らしくて、『しょうがないなあ』と私は笑いかけて頷いてあげる。
「今はまだ無理だけど、事が終わったら、ね?」
「本当!? 約束だからね!」
無邪気に笑うベリルちゃんの頭を再度撫でて、私はそのまま彼女と一緒にティータイムを楽しむ。
そしてベリルちゃんが帰ってすぐ、私はラスキュス宛てに文書をしたため、使者と共にワイバーンに届けさせた。
アシュルとフレイアールには、明日中にでもパーラスタまで飛んでいってもらい、今回の件について追求してもらおう。
これで後は……フェリベル王の出方次第。
最初に南西地域のみんなと約束した通り、私は今回、情を一切入れない。
ベリルちゃんを守る為にやった約束事だ。
それに……『極光の一閃』。
その不穏な単語のなにかが作動する前になんとかした方がいい。
なぜかそんな予感がしたのだから……。