201・魔王様、少女に尋ねる
リーティアスに戻った私がしたことは、まず仮想敵国に成り得るパーラスタへの対策として、再び戦争状態になる可能性を示唆した文書を南西地域各国に送る手配。
狐人族を誘拐した可能性のあるエルフ族の締め出し。
そして、抵抗するのであれば問答無用で全員捕縛するように指示をだした。
今までは軽い揉め事程度でこういう事にはなっていなかったからこそ、目をつむってきたのだ。
他国の民を誘拐するなんて行為をも見過ごしてしまえば、それは国という体裁を取っているだけの集団にしか過ぎない。
例え面倒事になったとしても、ここで腰を上げなければ、今まで築き上げた全てを失うことになるだろう。
エルフ族は大半がパーラスタの管理下に置かれている。
もちろん、魔人族や獣人族など、完全に種族として統制が取れてる訳でもないので、その全てがフェリベル王の配下というわけでもないだろうけど、そういう国の連中は少なくともこちら側に絡んでくる理由がない。
わざわざ上位魔王と呼ばれている私達に喧嘩を売るなんて愚かしい行為をしている暇があったら別のことに情熱を注いでいくことだろう。
だからこそ、対パーラスタを予想し、備える。
そのために必要なのはセツオウカとの連携だろう。
これを言われたら恐らくセツキにとっては相当苦々しい出来事になるだろうが、あまり口にして欲しくはないだろう。
だけどこちら側も真剣なのだ。参考になるといったら間違いなく『隷属の腕輪』を用いた策略をかけられた彼らの知識が必要なのだ。
それに私とフェイル――いや、フェリベル王が戦争状態にまで発展した場合、セツオウカも少なからず得をすることがある……と考えるのだ。
それは――セツオウカの歴代魔王の遺体を現在もパーラスタが所持しているであろう可能性が高いということだ。
以前、エルフ族にセツオウカの魔王達が眠る霊廟を襲われたことをセツキは私に教えてくれていた。
その時の彼があんまりにも憎々しげにエルフ族について喋っていたから印象に残っていたのだ。
だけど、それもそうだろう。
セツキはそれほどまでに自分の国の防衛力に自信を持っていた。
ドラフェルトのクレドラルほどではないが、セツオウカも天然の要塞によって守られているからだ。
それを掻い潜ってセツオウカの魔王――国を守ってきた歴史とも言えるものを盗まれたのだから怒り心頭にもなるだろう。
今回、私がパーラスタと戦争に発展した場合、まず間違いなくその盗んできた鬼族の歴代魔王と戦うことになるはずだ。
……鬼は全てが上位魔王。種族としての優位さと、それに驕ることなく自身を磨く事が出来るからこそ、常に強者としての立ち位置を崩さない。
常に力の象徴として前を歩くその姿は、民にとっては絶対王者のようにも思えてくるだろう。
味方になれば実に頼もしい存在なのだが、今回は敵なのだから本当に厄介なことをこの上ないだろう。
だからこそ、セツオウカと連携して、情報を共有する。
具体的に何人盗まれたのかを知らなければならないからだ。
まずはこれだけのことをやっておく。
一刻でも早く戦いに備えておかなければならない。
エルフ族こそが優良種であり、他の者は全て劣等種だと思っている彼らが、私に謝罪してフラフを返してくれる……なんてことは到底考えられない。
だからこそ、ここまで準備してからパーラスタへ使者を送るのだ。
少しでもこちら側を否定するような態度をとってきた場合、即座に臨戦態勢を取る為に……なのだが、問題は誰を送るかだ。
出来ればこの国でも重要な人物である私が直接赴いてやりたい。
どれほど真剣にこの問題に取り組んでいるかをアピールしてやりたいのだ。
だけどこっちも戦争の準備をする必要がある以上、あまり私が直接動き回るのは得策じゃないだろう。
それならば、いざという時になんでも対処できるであろうアシュルと、彼女を支えてくれるようフレイアールを差し向けるのが一番なのかも知れない。
下手に弱い者を送った場合、『隷属の腕輪』で操られてそのまま帰ってこないなんてことも十分に考えられる。
その点、移動にフレイアールを使うことで最短時間でパーラスタ付近まで迫ることが出来るし、アシュルであれば何があっても十分に対処できるだろう。
彼女には負担をかけることになるだろうけど、ここが正念場なのだ。
私は二日程かけて一通り準備を進めて……最後に行ったのはベリルちゃんと話し合うことだった。
――
「ティファちゃん、お待たせ!」
相変わらず嬉しそうに私のところにやってくるベリルちゃんは、私の深刻そうな表情に思わず真面目な顔になっていた。
「どうしたの?」
「ベリルちゃんにちょっと聞きたいことがあってね。
フラフ……狐人族がエルフ族に誘拐されたって話は聞いてる?」
「う、うん……館でもちらほらと噂になってるのは」
「なんでそんな事をしてるか、心当たりはある?」
戸惑うように私の事を見ているベリルちゃんだけど、出来るだけ私の問に答えようと真剣に悩んでくれているようだ。
だけどそこから出た答えは想定した中でも一番してほしくなかったものだった。
「ごめんね。わたし、よくわからないよ。
元々ティファちゃん以外に興味なかったから……他種族についてなんてほとんど知らないし……」
「……そう」
実は彼女がなにか重要な鍵を握っているのではないか? と期待していたのだ。
私の国にいるこちら側に好意的な人物でパーラスタ出身ともなれば……ベリルちゃん以外まず考えることが出来ないほどだ。
なにせ他のエルフ族は揉め事を起こすことしかしないし、私以外の上位魔王もエルフ族の知り合いがいるとは正直思えない。
……いや、種族のわからないヒューリ王と、イルデル王亡き領土を治めることになったレイクラド王ならまだ可能性はあるかもしれないが、それを当てに出来るほど私の方も余裕がなかった。
さて、ベリルちゃんという当ては外れてしまったが、それでも彼女にはまだ聞かなければならないことがある。
少しでもパーラスタの情報を得なければならないのだ。
そこからフェリベル王の思惑を見抜くのが私の仕事ということになる。
「ベリルちゃんは普段、なにをしてたの?」
「えっと……お兄様に言われるままに『遺物』の調査をしてたかな……。
ティファちゃんと一緒に暮らせるようになる未来にどうしても必要だからって……そういう風に言われたらわたしも拒否できなくて……。
その時は『隷属の腕輪』なんてものなかったし、国から抜け出すなんてこと出来なかったから仕方なく引き受けたんだ」
ずっと昔の事を思い出すかのように腕を組んで考え込みながら語ってくれるベリルちゃんの言葉を少しでも拾えるように、私は頭の中で必要だと思われる情報を反芻する。
「その『遺物』っていうのが『隷属の腕輪』のことなの?」
「ううん、それも含めた過去の文明の名残全てだよ。
セントラルにはね、そういう風にずっと前に滅んだ種族の物が遺されていたりするんだ。
他の地域はどうかは知らないけど……少なくともパーラスタが支配しているっていう国にはあったんだよね」
「数はわかる?」
「わたしが調べるように言われたのは『隷属の腕輪』と『極光の一閃』の二つかな。
もしそれ以外のものがあってもわたしじゃちょっとわかんない」
なるほど。
だから『隷属の腕輪』はベリルちゃんが作ったことになったのか。
彼女が過去に使われていた文明の名残を復元したのであれば、現代ではそういう扱いをされても不思議ではないだろう。
というか、早速一つ気になるものが出てきた。
『極光の一閃』……なにやら不吉な予感すらする名前だ。
これについてもっと聞いていく必要があるかもしれない。