194・魔王様、怒られる
――ティファリス視点――
今回の会合が終わった後、私は随分と悩んでしまった。
それはまず間違いなくベリルちゃんについてだろう。
会合では彼女についても議題に上げた。
黙ったままでも良かったのだけれど、何かの拍子に発覚してしまった場合、かなり気まずくなってしまうのは間違いない。
それなら、さっさとここで打ち明けてしまうのが一番だろうと結論づけたのだ。
結果は微妙ながらも上手くいったと思う。
ビアティグは特に『隷属の腕輪』に悩まされていたいただけに一番渋い顔をしていた。
もちろん、他の魔王もあまりいい顔をしなかったのだけれど……一番の理由は、彼女がフェリベルの片割れだということだろう。
ベリルちゃんとフェイル――二人が一人の魔王を演じていたわけだ。
ということは、彼女がここにいると知ったフェイル王が南西地域に圧力を掛けてくる可能性が高い。
仮にそうはならなくても、これからパーラスタとの仲が険悪になるのでは? という意見も出た。
が、これはもはや今更だろう。
妖精族・獣人族はそもそもエルフ族と確執があるんだし、元々悪いと言ってもいい。
結局フェーシャ・ジークロンドが私の監視下に置くのであれば何も言わないという決定を下したことで納得してくれた。
アストゥ・ビアティグ・フォイルはかなり渋っていたけど、最終的に私の元にいるのであれば……と理解を示してくれて、国政に関わらない事と、他国で問題を起こした場合、全て私の責任にすること。
そして万が一……これは本当に万が一なのだが、パーラスタと戦争になった場合、一切私がためらわないこと。
これ以上エルフ族を南西地域の一員にしないことを絶対条件として、なんとか納得してもらうことが出来た。
本当はベリルちゃんをこの地域に迎え入れる事自体、反対していた三国の王はいい顔をしなかった。
私の昔なじみだから許してもらえた感じだが、恐らく昔なじみでなかったら認められることはなかっただろう。
ただでさえ最近はエルフ族が好き勝手やってくれてる事に対して、クルルシェンドは苦渋を舐めさせられてるわけだし、本来なら私に対してかなり不利な条件を提示されてもおかしくはなかった。
この地域でエルフ族と言えば忌むべき怨敵と言っても過言ではないはずだからだ。
グルムガンド・クルルシェンドも私に貸しがなかったら今以上に猛抗議していたに違いない。
アストゥも私がグルムガンドに対してかなりの温情を持って接しているところを知っているからか、そこまでうるさく言わなかったし、嫌な顔をするだけで済んだ。
色々と思うところもあっただろうが、それを全て含んで飲み込んで受け入れてくれた彼らには、ただただ感謝するばかりだ。
それにしても……彼女は会合が終わった時に首をかしげて不思議そうに私に教えてくれたことがあった。
それはアストゥよりも強いエルフ族はこの地域に入ることすら出来ないという国樹の存在があるのにも関わらず、ベリルちゃんが普通に入ってきているということについてだ。
彼女は仮にもフェイル王と共にパーラスタの魔王を努めた存在。
少なくとも上位魔王級の実力を持っていてもおかしくはない。
それなのに彼女は国樹の効果範囲内でなにかのしがらみを受けている様子すらないことが、アストゥには疑問でしょうがないのだとか。
私の方もアストゥと同じ疑問は抱いた。
ベリルちゃんがエルフ族である以上、国樹にいる間は相当負荷がかかるはずなのだ。
クルルシェンドの貿易都市であるトーレスでも疲れているような顔をしているエルフ族が目立っていたし、なにか騒動を引き起こしたとしても、実際殴ったり殴られたりするようなことはなかったそうだ。
あれだけ尊大な態度を取る種族が暴力沙汰寸前まで起こしておいて手は出さない、ということが国樹の事を気にしている何よりの証拠だとも思う。
それなのにベリルちゃんはずっと元気っていうか……私が疲れてしまうほど張り切っていた。
国樹の影響を受けているとは思えないほどの活気溢れたその姿に疑問を感じないほど、私は間抜けじゃない。
ということは彼女はエルフ族では無いということになるんだけど……それだったらフェリベル王として活動すること自体に違和感が出てくるのだ。
あれはフェイル王とベリルちゃんの容姿がほぼ同じだからこそ成立している虚像の魔王。
フェイル王がエルフ族である以上、必然的にベリルちゃんもエルフ族……のはずなのだ。
だけどそれだったら国樹の影響を受けないことにたいして説明をすることが出来ない。
なんとも言えない矛盾を秘めた存在――それがベリルちゃん。
アストゥが否定気味だったのはそれが一番の理由だったそうだ。
エルフ族であってエルフ族でない……そんな薄気味悪い存在をこの地域に置いておきたくない。
そういうことなのだろう。
それでも彼女は私を信じる事にしてくれた。
ならば私はきちんとそれに答えなければならないだろう。
――
それから執務に打ち込んでいた私の元に、ノックの音が響いた。
「どうぞ」
私の言葉と共に扉は開かれ、そこにいたのはカヅキだった。
どこか神妙な顔つきで私のところに来るもんだから、何があったのかと眉をひそめて彼女を見てしまった。
「どうしたの? なにか問題でもあった?」
「いえ、なにもないから問題なのですよ」
それは一体どういうことなのだろうか? と首をかしげているのだけど、カヅキは深いため息を一つついて私に疑問を投げかけていた。
「ティファリス様、アシュル殿になにか約束事をされてはおりませんか?」
「約束……そういえば時間が取れたら話をしたい、と言われていたわね」
ベリルちゃんがこの地域にいられるよう、色々と苦心していた。
国民にあまりばれないように耳や髪を隠してもらわなきゃならないからそれなりに深く被れる帽子を用意してあげたり、兵士の内上層部には伝えたりと……いつの間にか日が経っていたのだ。
私が今思い出したかのようにアシュルとの約束について言葉にすると更に深いため息を一つ。
一体どうしたというのだろうか?
「拙者があまり物申すのもどうかと思いますが、少しはベリル殿以外の気持ちも考えてはどうでしょうか?」
「気持ちって……私は出来るだけ考えてるつもりよ? 彼女以外を蔑ろにしているわけではないわ」
「いいえ、少なくともアシュル殿の事を少し疎かにされていると思います」
これはまた……はっきりと言われてしまった。
少し怒りの表情が見えるカヅキは、本当にそう思っているようで、その感情を現してくれている視線は、私の目をまっすぐ捉えていた。
「疎かに……って、それは私にも仕事が――」
「いいえ、それだけではないでしょう。
ティファリス様は今ベリル殿ばかりに目を向けていませんか? 彼女が友人で、この国にいられるように、というのはわかります。
ですが、アシュル殿の約束すら今思い出したではありませんか。
以前のティファリス様でしたら、そんなことはなかったはずです」
じっと私の事を見ているカヅキの目はどこまでもまっすぐで……だからこそ私もそう言えば最近は仕事が終わってもベリルちゃんといることが多くて、アシュルといる時間が減っていると、ここに来て初めて自覚した。
「ベリル殿がティファリス様の昔の友人であり、大切にしたい気持ちはわかります。
ですが、アシュル殿は契約スライム。誰よりも貴女のお側にいる存在です。
そんな彼女を放っておくような真似だけは……やめてください」
「……ごめんなさい。
ああいや、違うわね。ありがとう、ね」
恐らく、カヅキに言われなければ私はもうしばらくの間その事実に気づくことはなかっただろう。
もしかしたらそれはもう後戻りが出来ない事態に陥って初めて……なのかも知れない。
そうなる前に気づかせてくれたカヅキには感謝の言葉以外思い浮かばなかった。
「いいのですよ。貴女の道を照らすのも、拙者達家臣の務めなのですから」
私の返答に満足したのか、うんうん頷いて怒りの表情が笑顔に変わっていった。
「アシュルに伝えておいてちょうだい。次の祭りの日に合わせるからって」
「祭り……『送魂祭』ですか」
「ええ、せっかく行く手段があるのだから……それに、久しぶりにあそこの花火が見てみたいからね」
流石セツオウカ出身。
祭りと聞いて真っ先にそれを想像出来るのは私の国でもカヅキだけだろう。
――死者の魂を黄泉幽世へと送り返す為の祭り。
セツオウカではそれを盛大に祝い、皆で騒ぐ。死者がこの世に未練を抱えないように。
そういう祭りだからか、『送魂祭』では浮ついた話もちらほらと聞くらしい。
アシュルがどんな話があるのかはわからないけど、暗い話になっても明るい話になってもこの祭りの中でなら話しやすいだろう。
さて、そう決めたのなら、私もそれに向けて頑張らないといけない。
移動手段は間違いなくフレイアールに乗っけてもらうとして……あの子とも二日目は一緒に楽しもう。
よし、その日に向けてまずは仕事を頑張るとしましょうか。