192・青に染まりゆく世界
「『風阿・吽雷』。貴方達の力を今ここに!」
瞬間、カヅキさんの持つ刀達から感じたのは魔力の爆発。本流。
更に強くなる刀はまるでカヅキさんの想いに応えるように脈動して、片方は風を。
もう片方は雷をその身に宿し、力の解放を待ち望んでいるように見えました。
あれがカヅキさんの刀。『風阿・吽雷』。
相対した私は少し寒気がして、ぶるぶると体を震わせてしまいました。
怖い? いや、今から戦う彼女こそ、本当のカヅキさんなのだと実感してきたのです。
――こうでなくてはいけません。
私が超えたかったのは惨敗を喫した私自身と、スライムの中でも強者に分類される彼女に打ち勝つこと。
それこそが、私が彼女と戦いたかった理由なのですから。
「アシュル殿、行きますよ……!」
ぐっと腰を低く落として、足に力を入れたかと思うと……弾けるように一直線に私のところに。
こ、これは……!
「くっ……!」
ギィィィンッ!! という剣がぶつかり合い鳴り響く音と共に私は弾け飛びそうになる体を堪えながらじりじりと地面を擦るように後退しました。
ま、まさか刀に魔力を込めて力を解放した瞬間、ここまでの強さを発揮するとは思いもしませんでした……。
「『アクアブラキウム』!」
水の腕をイメージした魔導を発動させ、カヅキさんに襲いかからせたのですが……風と雷の斬撃に飲み込まれてしまいました。
――なら、こうすればいい。
『アクアブラキウム』によって生み出された水の腕は再生し、私はクアズリーベの力を使ってその腕に合わせた水の剣をその腕にもたせました。
「いけ!」
私の号令と共に水の腕は剣をしっかりと握り、左右からカヅキさんに襲いかかりました。
「少しは魔法の使い方が上がったようですが……それだけではそれがしは攻略出来ませんよ!
『闇炎・焔魂』!」
ボボボ、と音がしたかと思うと、私の周囲に火の玉が次々と出現して、動きを束縛してきました。
これで『アクアブラキウム』に乗じて攻勢に出ようと思っても……まともに動きを取ることすら出来ません。
「くっ……」
「行きますよ! 『闇風・隠忍』!」
そのまま影から風の一撃が私に迫ってきましたが、周囲の火の玉のせいで動きが取れません。
仕方なしにクアズリーベで防いだのですが、その隙に『アクアブラキウム』の攻勢を抜けてきたカヅキさんの凶悪な一撃が私の目前に迫ってきました。
なんとか防ぐことは出来たのですが、再び大きく後退することになり……背後にあった火の玉が私の背中を焼いてきました。
「ぐぅぅぅぅぅ……」
灼ける痛みを噛み殺すように声を上げるのですが、なんとか堪えてまっすぐカヅキさんを見据えて、その痛みを紛らわせました。
能力に差があることはわかっていましたが、やはりこのままでは勝てません。
「どうしたのですか? まさか、再戦を望んでこれで終わりというわけではありませんよね?」
「……当然じゃないですか」
スッと私は目を閉じてあの時の事を思い出しました。
カザキリさんとの戦いの時に暴走したクアズリーベ。根こそぎ力を奪われる感覚は今でも覚えています。
本当は使うのが怖い。
使わずに勝てるのであれば……とも思っていたのですが、そんな甘いことを考えてる限り、カヅキさんには勝てないでしょう。
なら、私は……もう一度クアズリーベと向き合います。
そうすることで私がティファさまのお側に立てるのでしたら――ティファさまと一緒にいられるのでしたら、トラウマなんて乗り越えてみせますよ!
「世界よ、私の青に染まれ。『キュムコズノス』!」
はらはらとクアズリーベが解けるように溶けてなくなり、私は素手でカヅキさんと相対することに。
訝しげに私の動きを警戒するカヅキさんは、うかつに攻めてくること無く、こちらの出方を伺うようにしています。
私が指令を出すようにカヅキさんの方に手をかざすと、周囲から水の波紋が広がっていき、そこから無数の水の武器が生み出されていって、その全てがカヅキさんに向かって襲いかかりました。
「……! なんと……」
一斉に襲いかかる水の武器に気後れしたのか、一瞬だけですが怯み……慌てて対応するように防御の構えを取っているのが確認できました。
「まだです!」
いくらカヅキさんが剣術の達人であり、私が劣っているのだとしても……全方位からの攻撃には対処出来ないはずです!
カヅキさんを中心にして、円状に波紋が広がっていき、水の武器達が次々と生み出されていきます。
がりがりと魔力が音を立てて削れていくような気がしますが……昔の私であればこの時点で暴走させてしまっていたかもしれません。
ティファさまが覚醒めたあの日、あれ以降私の方も魔力の底がぐっと深くなったと言いますか……今まで以上に多くの魔導が行使できるようになっていました。
そして自身の魔導に対するイメージ。それを磨くことで今まで以上の力を手にすることが出来たのです。
私は……あの時の情けない私じゃない!
「厄介ですね。その魔法は!」
「違いますよ。これは私の想い。私の意思。私の――剣です!」
風と雷の斬撃が魔力の刃となって私に向かって飛んでくるのが見えます。
水の武器を次々と消し飛ばしながら迫ってくるその刃は、触れれば私など消し飛ぶであろう一撃を内包しているように見えます。
これだけの攻撃を繰り出すのは、私がそれ防げるとある意味信頼されていると言えるでしょう。
私はそれに応えるように自身の背後から波紋が広がり、次々と水の武器を打ち放ちます。
なんとか私のところに辿り着く前に魔力の刃を無力化しましたが、カヅキさんは姿勢を低くしているのが見えました。
刀が纏う魔力が膨大になって、紫の雷を纏って――今まで以上に大きいのが来る……!
「『紫電一閃』!」
解き放たれたのは十数本の紫電の稲妻。私に向かってくるもの、退路を封じるように広がるものと……これは、まずいです……!
私の『クアズリーベ・キュムコズノス』は水の武器を際限なく作り出す『人造命具』ですが、そのせいで耐久力が普通の剣より下回っているのです。
もちろん魔力の回し方によって耐久力を上げることは出来るのですが、そうすれば武器を生産する能力が格段に落ちることになります。
無理をすれば暴走する。今度暴走すれば……それは私の死に繋がるのですから。
雷と風を扱うカヅキさんと水を扱う私……ここに来て相性の悪さが露呈した形になったかもしれません。
魔力を纏っているからこそ数で圧倒して無力化することが出来たのですが……それも一つまで。
この『紫電一閃』のように無数の雷には対処できません。
――ここまで、なのでしょうか。
紫電がゆっくりと私に襲いかかってくる。そんな風に感じるほど、緩やかに動いているように見えました。
諦めかけた私の頭の中に、ティファさまの言葉が再生されます。
それはつまり、『魔導とはイメージ』だということ。
イメージさえあれば、不可能なんて……ないんだってことを!
――流れるは清らかな水。どこまでも透き通る美しきそれは、あらゆる不純を受け付けない守りの波紋。
「『アクアカーテン』!」
私の目の前に現れたのはどこまでも澄んだ透明な水の壁。
あまりにも綺麗で、本当にここにあるのかと疑うほどだった。
「今更そんな魔法ではどうしようもないですよ!」
「魔法じゃありません。これは魔導。私のイメージが具現化したものです!」
バチバチと紫電が私の『アクアカーテン』にぶつかりましたが、今はこちら側に全ての魔力を回しているお陰か、なんとか耐えることが出来ました。
驚愕に顔を染めたカヅキさんの一瞬の隙をついて、私は彼女の足元に最後の剣を生み出し、首元に突きつけました。
「こ、これで、決着です」
「……! ふふ、いけませんね。油断大敵。
それがしも、まだまだだというわけですね」
負けを認めてくれたカヅキさんは、力を解放した刀を元に戻し、苦笑い気味に私の方を見ていました。
――ああ、なんだ。気づいていたんですね。私がもう、限界だということに。
『クアズリーベ・キュムコズノス』は今日で二回目。
前回以上に流れには気を使ったのですが、急激に魔力が減っていく感覚になれていない私はやっぱり制御を見誤っていたようです。
もちろん、魔力的にはまだいくらか余裕があるのですが……使ってる私本人が先にへたれてしまってはどうしようもないですね……。
悔しいなぁ……。これじゃ、勝ちを譲ってもらったみたいなものじゃないですか。
納得はいきません。でも、これで私は名実ともにリーティアス最強であると認められたことになるのでしょう。
その名に恥じないようにもっと鍛錬を積んで……本当にティファさまに相応しいスライムになってみせます。
その前に……勝利したらしようと思っていた事をしようと思います。
――それは、ティファさまに私の想いを伝えること。
今までずっと避けてきたことに、向き合うことでした。