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聖黒の魔王  作者: 灰色キャット
第7章・南西地域での戦い
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180・上位魔王としての違い

 そこからの展開……それはもはや一方的としか言いようがなかった。


 イルデルが私の影から不意打ちをつくような形で攻撃してくるのだけれど、この程度、一度見れば対応することは容易い。

 彼の影から飛び出す鎌は私の『カエルム・ヴァニタス』と同じく、短いながらもある程度距離がなければ攻撃として成立しない特性がある。

 そして私の武器とは違い……必ず刃を自身の影につきたてなければならないという特徴があるのだ。


 それさえわかれば後は単純。剣と影の位置に注意して動けばいいだけだ。


「クフフ……ま、まさかこれほどとハ……」


 苦しげに私に微笑みかけるのは余裕の表れか。それとも本当に苦し紛れなだけなのか……。

 どっちにしろ私には関係ない。もう、そんなことをは関係ないのだ。


「ほら、次はこうよ」


 私は自身が握りしめている剣身のない柄でゆっくりとわかりやすく左斜めから斬り下ろす。

 それを見た彼は持っている鎌で対処しようとするが……。


「……っ!」


 その動作で現れた刃は空間を突き破りまっすぐイルデルの左足を掠める。

 ふむ……まだ少し誤差があるようだ。

 本当ならこれで彼の左足を完全に串刺しにしようと思っていたんだけど……。

 久しぶりに使ったことと、転生前の能力の違いからか……まあいい。


 多少の位置ずれはあるけれど、大きなところで問題はないだろう。

 この男で調整すれば問題ない。彼には精々役立ってもらおうじゃないか。


「軌道が読めない、というのがこれほど厄介であろうとは思いもしませんでしたヨ。

 突きも斬撃ニ。横薙ぎは斬り下ろしニ……。貴女がどんな動きをしようとも、それは剣の軌道とは全く関係なイ。

 まさか私の武器以上に厄介なものがあったとハ」


 やれやれとでもいうかのように肩をすくめるイルデルはまるで困ってるように見えない。

 ……が、より攻撃を繰り出してくる速度を上げてくる。まだまだ余裕があったということなのだろうが……それはこちらも同じだ。


「『ダークスフィア』!」


 イルデルの手のひらから放たれたのは黒い闇のような球体。拳大のそれは結構な速度で私の方に飛んでくるが、なにか嫌な予感がして私は彼から距離を取るように後ろに下がりながら一閃。下からその闇の球体を貫くように刃を出現させたが……その刃が当たった瞬間、周囲を喰らうようにその闇は一気に広がり、巨大な球体を展開させてきた。


 ぎりぎり私の目の前で止まっていたが、あれはまともに喰らえばかなり危ないタイプの魔法だ。

 その証拠にまるで喰われたかのように地面が抉り取られていた。

 恐らく当たったら私の防御を突き抜けてきただろう。そんな予感がする。


「クフ、やはりそう簡単には当たってはくれませんか。

 ならば……『ブラックファング』!」


 次に彼が放ってきたのは黒い牙 を模したもの。

 ちょうど私の体の中央を狙って放たれたもので、飛ぶかしゃがむか……私の選択は防御だった。

 軽く剣を振るって、その黒い牙を遮るように刃が地面に突き刺さるかのように出現させる。


 それによって防がれたのは……その刃が防いでくれた場所だけだったので、残りの部分はそのまま私に向かってくる。

 当たらないように体を横に向けて、その隙間を通り抜けるように回避した。


 たかだかそれだけなのだが、イルデルは信じられないものを見るかのように驚いていた。

 恐らくこれは……防ぐ事が出来ない――物理的な干渉を通り抜けてくる系統の魔法だったのだろう。随分といやらしいものだ。

 予測でしかないけど、彼の驚きようを見ると大体当たってると思う。


「なんですかネ。その武器ハ。

 ことごとく私の攻撃を防いでくれるとハ……もはや怒りすら感じますヨ」

「それ、本気で言ってる?」

「さあて、どうですかネ」


 お互いにまるで世間話するかのように言葉をかわしてるけど、実際やってるのは命を賭けた戦い。

 しかも徐々に私がイルデルを追い詰めていっている……というのに彼の方は実に涼しげだ。

 いや、そういう感情を持ち合わせていないだけなのかもしれない。


 他人の絶望を好み、喜びの感情を発露させる悪魔族。

 その頂点に立つ魔王だからこそ、怒りや苦しみなどとは無縁……ということなのだろうか?

 感情が欠けているのか、それとも表現の仕方が下手なのだろう。

 だからこそ、ここまで軽快に会話も出来るのだろう。


「クフフ、本気ですヨ。いやはや、ここまで不利になるとは思いもしませんでしたヨ。

 あの宴の場ではそこまで実力を感じなかったのですが……これほどのもの隠していたとハ」


 私の攻撃に晒されているはずなのに、実に愉快そうに笑いながら避け、掠らせ、傷ついていく。

 段々と回避するのが難しくなってきているようで、少しずつ彼の体には傷が出来ていき……私とは正反対の様相を呈している。


 ……しかし、いい加減決着をつけるべきだろう。

 イルデルがどんなに飄々としていようと、私は彼の所業を許すことは出来ない。

 南西地域でやったことの全てに決着をつけさせてやる……!


「そろそろ、決着をつけさせてもらうわよ」

「クフ、クフフ、いいのですカ? もう少し私とお話をしませんカ? そうすれば……貴女の望む方と再会出来ますヨ?」


 私はその言葉に一瞬、自分の攻撃の手を緩めてしまった。

 動きが鈍ったその一瞬に彼は私と距離を離し、動きに注目するような仕草を取っているけど……それ以上に何かを待っているかのように見える。

 これから更に援軍が来るとでも言うのだろうか? 私と――いや、イルデルと同等の力を持っている人物が?


 いや、彼は再会出来ると言っていた。なら少なくとも私が知っている人物なのだろう。

 一体誰が……? フワローク? マヒュム? 私が望む……?


 彼の言葉に踊らされるつもりはなかったのだが、気づけば完全に術中にハマっていた。

 私はそれが誰なのか無性に気になってしまったのだ。


 そして彼はそれを見抜いて更に言葉を畳み掛けてくる。まるでぬるりと私の隙間に入り込んでくるかのように。


「クフフ、気になりますよネ? 私の言葉……その真意……。

 クフ、クフフ、クフフフフフ……!」

「……っ! いいえ、今すぐ黙らせてあげるわ!」


 何を待ってるのかは知らないけど、これ以上彼に与える時間はない。

 そう結論を出した私は『カエルム・ヴァニタス』……私の剣を振り上げた瞬間、その声は聞こえてきた。


「ティファリス……大きくなったわね」

「……っ!?」


 私の後ろから聞こえてきたこの声……聞き覚えがあるなんてものじゃない。

 後悔の始まりの日。例え記憶を無くしていたとしても、心の奥底に残っていたもの。

 いつもの優しい……柔らかな声音。その声を聞くとすごく安心できた。

 暖かい空気が心を包むような、そんなほっとする優しさを感じる声。


 ……戦場にはとても似つかわしくない。こんなところでは聞こえてはいけない声。


「クフフ、ほら、すぐそこまでいますヨ? 何年ぶりですかネェ? ……彼女も会いたそうにしていましたヨ?」


 信じない。信じたくない。今、この場であってはいけないものだ。


「ね、ティファリス、こっち向いて? 久しぶりに貴女のお顔が見たいわ」


 私は……イルデルの事に注意しながら、ゆっくりと、後ろを振り向く。

 私の考えを否定するために。私の思いを踏みにじるかのように……そこにあの人はいた。

 記憶の通り――あの日の思い出のままの姿。


 黒く艷やかな長髪も、見守ってくれるかのような柔らかな目も……昔のまま。何も変わらない。

 だからこそ、私の心を問答無用で握りつぶしてくる。


「おか……あ、さま……」


 そう、そこにいたのは、私の最も大切だった人。


 ――メイセル・リーティアス。私のお母様だった。

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