表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖黒の魔王  作者: 灰色キャット
第7章・南西地域での戦い
180/337

163・例え貴女がいなくとも

 ――リカルデ視点――


「リカルデさん、偵察部隊によりますと、敵軍の数は少なくともこちらよりもずっと多いとのことですミャ」

「そう……ですか……」


 こちらの戦力はおよそ3万。防衛のことを考えれば2万0000といったところでしょうか。

 多いということは、向こうの戦力は4万程度と考えたほうが良いでしょう。

 およそ倍くらいですね。


「……どうされるのですか? 明らかに市街戦が出来るような状況ではありませんが」


 そのように進言してきたのは最近加入された鬼族のスライムであるカヅキさん。

 向こうの数が少ないのでしたら、中央に住民を避難させ、市街地で戦うという戦法も取ることが出来たかも知れません。

 その場合はかなり被害が出るでしょうが、時間を稼ぐには有効的でしたでしょう。

 ……ディトリアには城と呼べるものはありませんし、壁もありません。お嬢様を待って籠城戦をするのはまず不可能。

 市街地での戦闘も、籠城前も無理であるならば、このような状況の場合……こちらから打って出るしかないでしょう。


「至急、戦闘の準備を。軍編成の方はどうですか?」

「すでに万事、整っております。五人一組の小隊を組み、それを束ねる部隊長などの役割も万事」


 流石鬼族の魔王と共にいたスライムですね。

 まだ接敵するまで時間が有るとはいえ、こうも手際が良いとは。


「そうですか。では……」


 いよいよもって、覚悟を決めなくてはなりませんね。

 胸中の不安は未だ晴れませんが、ここで迷っていては事態は悪化するだけですからね。


「行きますか」

「ええ。ケットシーは私達が出撃してしばらくしたら、アシュルの『アクアディヴィジョン』を消してください」

「わかりましたミャ。お二人が出撃後、一日経ったら消しますミャ」


 神妙な顔持ちでうなずくケットシーに対し、私も同じように真剣な表情でうなずきました。

 なにかあればアシュルの作り出した分身体を消せば、緊急事態であることがすぐにティファリス様に伝わります。

 ありがたいことですが、それだけではまだ足りないでしょう。

 北の地域からここまで、ワイバーンを使ったとしても時間がかかるでしょう。

 恐らくこちらが接敵するほうが早く、しばらくの間は戦うことになるでしょう。


 ……本当でしたらもっと早く『アクアディヴィジョン』を消すべきだったのでしょうが、あの方には魔王としての大切な役目があるのです。

 そしてそれらを支えるのが私達の役目。そうであるならばこそ、私達の手でこの事態に対処したいと、そう思っているのです。


 ……いえ、本当は胸騒ぎがするからでしょう。

 今、あの方を近づけるべきではない。そうはっきりと認識出来るほどの嫌な予感がするのです。

 出来うることなら、この戦いの最中に帰られませんよう、そう願うのみです。


「今日は、曇りそうですね……」

「そうですか? 晴れ渡ってると思うのですが……」


 窓から見る外の景色は、確かに快晴と言っても差し支えないほどでしょう。

 ですが……どうしてでしょうか。この胸の暗雲は、広がるばかりなのですから……。






 ――






 接敵直前。

 私達は地平の向こうから徐々に近づいてくる影を見ながら、いよいよ戦争も間近と、気を引き締めていました。

 カヅキさんは前線。ウルフェンは左翼側の陣を担当してもらい、右翼は一番力を付けている猫人族の男を指揮官にし、私は中央に陣取ってひたすら彼らがやってくるのを待つことに。


 思えば、こんな大所帯を率いたことなどなかったので、果たして上手く出来るでしょうか……?

 本当でしたらここにはカヅキさんがいた方がいいのかも知れません。しかし、彼女という戦力を持て余しておく余裕など、うちにはありませんからね。

 中央という最終防衛ラインで守りを固められるより、一気に戦場を押し込んで欲しいという思いがあるというわけです。


「リカルデさん、あちらの出方、どうみるっす?」

「そうですね……彼らは恐らくなんの話もせずにいきなり攻撃を仕掛けてくるのではないかと思います。数も地力もあちらが有利になるでしょうから……最初の方は特に策を弄さずといったところでしょう」


 そもそもここまで来るのに他の国と接触したという情報が一切ありません。

 いくらなんでもそれはおかしいでしょう。彼らの国はセントラルの中でも北地域に近いと聞きました。

 そうであるならば、リンデルやセルデルセルから何かしらの情報が出てくるはずです。


 それがないままここにいる……そしてあまりにも早すぎる。

 そのことから推察すると、どう考えても敵は事前にこの南西地域に集まっていたとしか思えません。

 ……ということは、恐らくグルムガンドが支配されている間にここに入り込んできたということになるでしょう。

 元エルガルム領が未開拓であり、手付かずで残っている以上、そちらに戦力を集中させてしまえば早々見つかるものでもないでしょう。


 そうして今の今まで彼らは潜んでいた。準備が整い、お嬢様がいなくなるのを待って……。


 ディトリアとその周辺の治安維持、国としての力を取り戻すことを優先してしまったツケが、今になって回ってきたと言えるでしょう。

 ……しかし、他の町の復興にまで力を入れてしまうと、全てが中途半端になりかねません。最悪の形になってしまいましたが、これが最善といえば最善なのでしょう。


 占拠されてしまい、一から復興し直してしまうような事態に陥ってしまえば、リーティアスは上位魔王のいる国とは名ばかりの場所に成り下がってしまいますからね。


 であるならば、今の状況に陥ってしまうのは必然でしょう。

 この戦いさえ切り抜ければ、人は増え、元エルガルム領も再建することが出来ます。

 お嬢様のお父上やお母上の思い出の城がある町……フェシュロンドも復興することが出来るでしょう。


 あの昔の日。

 お嬢様が暖かくも優しいひだまりに包まれていたあの日の光景。

 あの日を守るために。あの日のお嬢様の笑顔をお守りするために。


 徐々にはっきりとしてきた軍勢をしっかりと見据えながら、やはり止まらぬ彼らに……私達も動くことに決めました。


「前線、左右の陣は前進! 相手を徐々に囲うように戦え! 魔法兵は接敵前に遠距離魔法。回復兵は陣後方にていつでも治療出来るように構えてください! それでは……進め!」


 お嬢様、アシュルを欠いた最初の戦いが――今幕を開けました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ