162・貴方は本当に情けないから
――アストゥ視点――
いやー、本当に間一髪ってところだったかもね。
だってビアティグちゃんってば、なっさけなーい顔して悪魔族の人の前にひれ伏してるんだもの。
心配してここまで来て良かったよ!
……本当はフェアシュリーを留守にするわけにはいかなかったんだけど、ちょうどセツキちゃんが来てくれてたから、なんとかこっちに来れたんだよね。
フーロエルの蜜を食べに来たって言ってたけど、タイミング良すぎだよねぇ。
こっちとグルムガンドに敵軍が来るって偵察部隊が知らせてくれたおかげですぐに急行することができたんだよね。
ちなみにフェアシュリーに来てたのはセツキちゃんと私であっさり蹴散らしてあげたんだけどねっ!
妖精族は時間と魔力さえあれば覚醒出来る……でもね。一時的成長して、一日だけ覚醒魔王として戦うことだって出来るんだよ!
それが妖精族の魔王だけが使える魔法『一時の成長』。今まで溜めてた魔力を半分使っちゃうのが弱点なんだけど、もうこの際仕方ないよね。
だって、ビアティグちゃんはきっと情けない声あげてただろうし、私が守ってあげないとダメダメ魔王なんだもん!
ティファリスちゃんのいない今、みんなでこの南西地域を守らないといけないんだから。
私も、ビアティグちゃんも……欠けていい魔王なんて誰一人もいないんだからね?
――
「アストゥ……一体どうして……」
もう、そんな情けない声出して……昔からそうなんだから。
普通にしてるときは強いんだけど、心が脆いっていうか、打たれ弱すぎるんだよねぇ。
だから今も相手に余計なこと言われちゃって呆気なく心砕けちゃったんだよね。
「どうせビアティグちゃんがやられちゃってると思って駆けつけてきたんだよ! 感謝してよね!」
ふっふーん、後で思いっきりからかってやるんだから!
さて、っと城に入ろうとしてた敵軍の兵士たちはセツキちゃんとオウキちゃんに任せておけばなんとかなるって言ってたし、後はこの悪魔族の人だよね!
「くっくっクッ……なるほド。まさかアストゥ女王がやってくるとは思わなかったガ、ある意味好都合と言ったところだナ。間抜けな獣人族と、馬鹿な妖精族大集合といったところカ」
ムッ……他人のことをいきなり馬鹿扱いするなんて失礼な種族もいたもんだね。
馬鹿っていう方が馬鹿なんだから!
「あなたね、ビアティグちゃんをいじめたのはっ!」
「いじめたってそんな可愛いもんじゃ……」
「ビアティグちゃんは黙ってなさい!」
「……」
横から口出しできるほど元気なんだったら黙って戦えばいいのに、全く……。
「いじめた、というのは心外だナ。俺はただ、獣人族が迫害してた奴らが本当は魔人族じゃなかったって教えてやっただけなんだゼ?」
「だから?」
「……ハ?」
全く、ビアティグちゃんはそんなことを気にして戦意が折れちゃったんだから情けなさが更に倍! だよね。
正直私はティファリスちゃんから『偽物変化』のお話を聞いてからそうなのかもしれないって思ってたんだよね。
『隷属の腕輪』の件もそうだし、魔人族が関係してない可能性だって十分あり得たんだもの。
それに……。
「そんなの関係ないじゃない。私達は今を生きてるんだよ? 過去に生きてるわけじゃないんだから、そんな事で悩む必要、ないじゃない」
ビアティグちゃんはあ然とした様子で私の方を見てるけど、それは獣人族の中でも貴方がその歴史を伝統と勘違いして受け継いできたからだよ。
そんな事に囚われていたら今は変えられない。未来はやってこない。
私達に必要なのは迫害の歴史なんかじゃない。それを乗り越えて明日を掴み取るための勇気なんだ。
そこで立ち止まってるからビアティグちゃんは弱いままなんだよ。
強くあろうとするのなら、もっと自分に芯を持たないと。
「あのね。私達はティファリスちゃんを筆頭とした連合国の一魔王なんだよ? 魔人族のティファリスちゃんを一番上に担ごうって考えたんだったら、それくらい乗り越えなくちゃ意味がないんだよ」
「はっ……はっはっハッ……そうやって簡単に振り切れるのかナ? 気持ちってのは簡単に整理出来ないんだヨ!」
「だったら……試してみなよ! 『ガイアブロー』!」
私の唱えた魔法と共に現れたのは大地の握り拳で、思いっきりあの悪魔の人のお腹にアッパーを食らわせてあげた。
「なっ、ぐ、ぶ、ぅぅ……」
わー、すごく綺麗に決まったよ。
あれ、普通だったら悶絶コースだよね。
お腹を抑えてうずくまりかけてるところ悪いけど、貴方にはここで大人しくしてもらわないといけないからね!
「続けていくよ! 『ガイアブロー』!」
「ば、馬鹿ガッ! そんな魔法が二度も通じるわけないだろうガッ!」
悪魔の人は上手くかわしたようだけど、甘い甘い。私がそんな単調な攻撃だすわけないでしょー。
「ほらそこ! 『ストームスマッシュ』!」
今度は私の魔法が悪魔の人の全身にいくつもの見えない強撃を加えて……彼は吹き飛んで行っちゃった。
「あは、弱いね!」
「ア、アストゥ……強いな……」
「ビアティグちゃんが弱いんだよ。そのこわーいお顔とお爪は飾りなんだね」
「……なにも言えん」
魔王たるもの、とっておきの一つぐらい持っておくべきなんだよね。
ビアティグちゃんってば魔法もいまいちなのに攻撃も微妙なんだから隠し玉の一つくらいとっておかないとね。
「……よくもやってくれたナァ! セントラルの魔王を……舐めるナァ!」
ゴウッとものすごい風切り音とともに私のところに突進してくる悪魔の人。
ってのんきに観察してる場合じゃないよ!
慌てて持ってきた杖を構えて彼の剣を受け止めるんだけど……うぅ、やっぱり重いなぁ……。
私、近接戦はあんまり得意じゃないから、結局押し負けそうになっちゃって……。
「う、うぅぅぅ……」
「おらぁっ!」
「きゃあぁっ!」
一気に押し切られてそのまま体勢を崩されちゃって、そのまま仕返しとばかりにお腹に蹴りを入れられて……なんとか後ろに下がったんだけど、すごく痛かったの。
「うぅぅぅぅ……か弱い少女になんてことするの!」
「お前みたいなのがか弱いわけないだろうガ!」
「言ったな! 『アクアトルネード』!」
また攻撃されない内に私の方で魔法を放って、水の竜巻を作り出したんだ。
「な……まだそんな魔法ヲ……」
「絶対許さないんだから! 『ガイアデブリ』!」
そのまま追加で土の塊をいくつも降らせてあげる。
ちょうど避けてた頃合いだったみたいで、『ガイアデブリ』の方には見事に当たってたみたい。
ちょっと竜巻と岩が降る音でよく聞こえないんだけど、口を開いてるところみると、きっと悲鳴をあげてるんだろうね。
まあ、だからっていって容赦はしないんだけど。
「次いくよー、『ソーンスピアー』!」
「く……あ……」
トドメに地中から植物のトゲが出てきて、ちょうどズタボロになってた悪魔の人の腕と足を串刺しに……あー、あれ絶対痛いよー。
自分でやっててなんだけど、あんまり血って見たくないんだよね。
でもこれで悪魔の人は完全に無効化出来たかな。
大体さ、私、今は精霊族の覚醒魔王なんだよ? そりゃあ一日限定だから色々制限はあるから十全の状態ってわけにはいかないけど、たかだか覚醒しただけでいい気になってる魔王になんて負けるわけないんだよね。
その後、セツキちゃんとオウキちゃんが随分晴れ晴れしい顔をしてこっちにやってきたけど、あれは絶対相手した人はご愁傷様な状態になってるよね。
まあ、仕方ないかな。戦争仕掛けてくる方が悪いんだもん。
私だって人が死なないように常に気を配れる程強い魔王じゃないし、悲しいけど……自分の守りたい人も守れないんじゃ、意味ないからね。
ここは私とセツキちゃんがなんとかしたから……リーティアスの方は頑張ってね。ティファリスちゃん。