14・お嬢様、決闘に興じる
姿が見えなくなったジークロンド王が攻撃してきたのを、私はその気や、自身の直感を信じて回避に専念する。
いや、正確には微妙にぶれて見える。
どういう魔法か知らないが、そのギリギリ捉えられている姿のおかげで避けるのは容易い。
「ワシのこの奥義すらその目で見抜くか……!」
ギリリ…と歯ぎしりが聞こえるが、こっちはそんな事知ったことじゃない。
わざわざあたってやるほど、私は優しくないからな。
「一体どうやってこんな芸当やらかしてるのかしらね?」
「ふん、知りたくば、この『分身狼』を破ってみせろ!」
「そう? それじゃ、遠慮なくやらせてもらうわ!」
私はいまだぶれながら動いているジークロンド王に向かって拳をふるってみる。
当たっているようには見えたけど手応えがまったくない。
それどころか私の攻撃に合わせてこちらの右横っ腹に衝撃が襲ってくる。
「がふっ……!」
きちんと踏ん張りを入れてなかったせいか、私の体は受けた衝撃のまま流れてくけど、なんとかそのまま転倒せずに態勢を整えられた。
もう少しまともに入っていたら多少は痛みを感じたかも知れないが、この程度ならダメージのうちに入らない。
「ティファさま!!!」
「……大丈夫よ。
アシュルはちゃんと私をみていなさい」
アシュルの叫び声が聞こえてくるけど、もう少し私のことを信用しなさいなと言いたい。
こんな軽い一撃、数にも入らない。
……数には入らないけど、私がここに来て初めてくらった一撃でもある。
「どうした? よもやこの程度とは言うまい?」
「あら、女の子に攻撃しておいて、ずいぶん元気がいいじゃない」
「はっ! ぬかしおるわ!」
粋がるジークロンド王だが、大体使ってる魔法の予想はついた。
相手の認識を阻害させるタイプのもので、体がぶれているのがまるで幻を見ているかのようだ。
闇や光属性に見かけられる補助系のタイプだろう。
こういうのはまともに相手をしていたら馬鹿を見る。
「全く……ずいぶんと厄介な魔法使ってくれるじゃない…」
思わず小さく愚痴ってしまうけど、あくまで厄介なだけだ。特に問題はない。
あの目に見えているジークロンド王は分身体で、恐らく本体の前方を走らせていて、囮のような役割をさせているのだろう。
左右のどちらかで並走していたら、ぶつかる可能性が十分考えられるけど、分身の背後ならそれも少ないだろうしね。
さてどうしたものか。
魔法で片付けてあげてもいいけど、そろそろ私もジークロンド王に見せつけてやらなければならない。
これは私の力を示すための戦いでもあるのだから。
「仕方ないわね。
せめて祈ってあげる。貴方が死なないようにね」
「ふん、なにをするか知らんが、いいだろう。お前の全力を見せてみろ!」
私は静かに目を閉じ、心を研ぎ澄ませる。
力の末端を解き放つスイッチを作動させるかのように意識を切り替え次に見えた先、そこには私が前世で体験していた戦場の一部が解放されていた。
周りが前より一層広く見え、向かってくるのは私の視点からみて緩やかにこちらに向かって進んでくる人狼。
先ほどと同じように若干姿がぶれて見えているけど、きちんと戦いとして見据えていなかったさっきと比べればずっと大したことがないものだということがわかる。
ごく自然に、歩くように彼の元へ近づき、そのゆっくりと邁進するジークロンドに向かって思いっきり左拳を振り上げる。
右足を踏み出して軸を取り、体全身の力を溜め込み、それを彼の分身体に向けて解き放つ。
私の拳圧が分身をかき消して、そのときに生じた衝撃波がジークロンドを撃ち抜く。
この一撃を彼の方は見当違いの攻撃をしたと思い込んで攻撃態勢に移っていたせいか、踏ん張ることもできずにそのまま吹き飛ばされて、壁の方に激突した。
城の外壁近くの部屋だったのか、ジークロンドは完全に突き抜けて遠くの城壁の方にめり込んでいた。
ぶち抜かずに途中で止める程度に力を込めたと思ったんだけど、少し威力を強くしすぎたようだ。
「え……しょ、勝負ありっす!」
戸惑うような声でフェンルウが勝利宣言をすると、アシュルの方からものすごい歓声があがる。
あの子だけで十人分くらい出してるような気がするんだけど、どこから出してるんだろう?
「決闘の結果、勝者のティファリス様の提示した条件通り、自分たちは『エルガルムとの戦争には関与しない』ことを、ジークロンド王に変わってこのフェンルウが宣言するっす!」
宣言するだけして、フェンルウはいつもの鎧から抜け出してそそくさとジークロンド王の無事を確認しに行った。
遠目に見た感じ、意識を失ってるだけだったように見えたから大丈夫だろう。他のことは知らない。
「ティファさま! おめでとうございます!」
少しの間フェンルウの方に意識を向けただけなんだけど、いつの間にかアシュルが側に来ていた。
「ええ、ありがとう」
ひとまずこれでアールガルムとの件は解決が見えた。
なんだかいまいち締まらないというか、あっけなかったと言うか……。
「なんだか、少し虚しいわね……」
ジークロンド王で開けた穴から見える景色が、少しだけ眩しく見えたような気がした。
――アールガルム・玉座の間――
私達はジークロンド王の目覚めを待ってから玉座の間に移動することになった。
もっとも、回復魔法がなかったら二ヶ月はまともに動けなかったらしいけど、それくらいは私に挑んだ自業自得というやつだ。
今回は彼も玉座の方には座らず、私達と同じように立っている。彼なりに私のことを認めた、ということだろうか?
「ヌシの力、確かに見せてもらった。
ワシをこれほど圧倒するその力、魔法も実に見事であった」
うんうんとうなずいて語るジークロンド王は、なんだか最初の頃より柔らかくなったというか……肩の荷が下りた…そんな感じの気軽さがある。
「それじゃあ、約束は守ってもらうわよ」
「もちろんだ。アールガルムとしてはこれ以上戦争に協力しないことを約束しよう。
そしてヌシがあの国を破った暁には、ワシら人狼はリーティアスのためにその力を振るおう」
ジークロンド王からも色よい返事が得られたし、これでこの国で出来ることはやった。
今回の約束はあくまでアールガルムとしては戦争に加担しないだけであって、人狼族の戦士が個人的にエルガルムに協力することまでは条件に入れてない。
ジークロンド王やウルフェンたちは恐らくオーガルの命令で強制的に戦争に参加させられるだろう。
決闘での約束事は、先に結んだほうが優先される。だから私の方はどうあがいてもジークロンド王たちへの命令権を覆すことができない。
だから国に対して、だ。オーガルが命令できるのはジークロンド王を入れて決闘に参加した数人だけであって、アールガルムという国に対して権利があるわけではない。
これは一番最初に確認したことだ。
つまり、あくまでオーガルは決闘での約束で縛ってる個人にだけ命令することが出来る状態で、それが国のトップだから国全体で従わざるを得ない状況に陥ってるわけなのだ。
私の約束は『アールガルムという国がエルガルムとの戦争に参加しないこと』だから、オーガルがジークロンド王たちと交わした約束に違反することはない。
少なくともジークロンド王たちは出張ってこなきゃならないだろうけど、私はそこまで面倒見る気はない。
「それでは一年後、誓約の効果が切れたときに私が貴方を通してエルガルムに宣戦布告したことを伝えておいてもらえるかしら?」
「わかった。その程度であれば引き受けよう」
ついでに私は彼らを通して誓約後すぐに戦争に望めるようにジークロンド王にオーガルへの伝言を頼んでおいた。
ウルフェンのときの件もあるし、なにより不快感をぶっちぎって印象最低のあの豚のところに、私の国の使者を送りたくもない。
「よろしくお願いするわ。
私のところが直に宣戦布告したら、オーガルがするかわかったものじゃないからね」
言うだけ言って、私はさっさと帰ることにした。
アシュルの能力を確かめたり、実際戦うための準備をしたりと、やることは多い。
「ティファリス女王。一つだけ忠告しておく」
私の背に思い出したかのようにジークロンド王が深刻そうに言葉を投げかけてきた。
「ワシとの決闘もそうだが、ウルフェンの件も含めてオーガル一人がここまでのことを出来たとは到底思えん。やつの背後にはまた別の影……下手をしたら上位魔王の誰かが絡んでる可能性もある。
仮にそうであるなら今回の出来事、思った以上に厄介なことになるぞ」
それは私が予想していた中で一番可能性の高いものの一つだ。
だけどそんなことは私には関係ない。私に力があり、信じてくれるものがいるのであれば、それがどんな敵であれ打ち倒すのみ、だ。
「問題ないわ。なにが来ても誰が相手でもぶちのめすだけよ。
それより自分のことを考えてなさいな。貴方はこれから大変でしょうしね」
私はくるっと軽やかに振り返ってジークロンド王を見据え、にこやかに笑いかける。
そのまま彼の返答は聞かないでもう一度扉に向かって歩き出した。
――ジークロンド視点 アールガルム・玉座の間――
「なるほど、あれがリーティアスの新しき王か……」
ティファリス女王がこの城から立ち去った後を、ワシはずっと見送っていた。
オーガルの背後で暗躍しているであろう魔王の存在……。
万が一上位魔王が関わっていたとすれば……そのうちお目にかかることになるかも知れないが、何を考えてるのだろうか?
戦力の補強か領土の拡大かはわからない。しかしどのような目的であったとしてもオーガルの裏に潜んでいる者の事を思うと、ロクなことにはならんだろう。
「大丈夫っすよ。ティファリス様は力に覚醒されてるみたいっすし、王と戦ったときも全然本気になってなかったっす」
ワシの事を案ずるようにフェンルウが声をかけてくるが、コヤツはあの女王にとって、ワシ程度では本気を出す価値がないとも取れる発言をしていることには……気づいておらぬのだろうな。
しかしあの時の決闘、ティファリス女王の最後の動きがまるで読めなかった。いきなり消えたかと思うとワシは城壁に叩きつけられており、よくわからぬうちに意識を失っていた。
最後に受けた一撃のあれは手加減して放ったのであろう。そうでなければワシは生きてはおらん。
「そうだろうな。ワシとの戦い、恐らく半分も実力を見せておらんだろう」
戦ったからこそわかるあの女王の、その可憐な容姿に似合わぬ底知れぬ戦闘能力。
そしてワシがオーガルの裏にいるであろう者の存在をほのめかした時の余裕の笑顔。
あれはまさに強者の器だ。リーティアスの女王は上位魔王と比べても、なんら遜色ないほどの王となるような予感がある。
ならばワシは……。
「フェンルウ」
「どうしたっすか?」
「ウルフェンとその部下たちをこの国から追放しろ」
ワシの言葉にフェンルウは一瞬驚いた顔をするが、すぐにワシの意図を察してくれたか、いたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべる。
「わかったっす。王はそれでいいんっすね?」
「いい」
「……それじゃ、半年後にあいつらは自分が引き受けるっすよ」
最初は気軽くも合ったその笑顔は、今ではどこか寂しそうにしておる。
全く、ヌシにそのような湿っぽさは似合わないと言うのにな。
「フェンルウ」
「はいっす」
「先に伝えておこう。ご苦労だった」
「……! 本当っすよね。先王が幼少の時代からこの国にいるっすけど、こんな大変だったのは王の時が初めてっすよ」
コヤツの相変わらずの気軽さには救われるものがあった。
オーガルとの決闘後も、なにかとフォローに回ってくれていたフェンルウには、本当に感謝しきれん。
「でも、楽しかったっすよ。ジークはなにかと手がかかって、自分を飽きさせてくれなかったっすからね」
フェンルウは役目を果たすためにあの鎧の中に潜り込み、そのままこの玉座の間を後にした。
ワシはいつもの玉座に腰を掛け、静かに思いに耽る。
先王から受け継いだ意思と誇りと共にあろうと思った昔を――。
次回は7月27日に投稿予定です。




