10・お嬢様、他国の王と話し合う
「わざわざ敵地にまで乗り込んで来るとは、大した度胸の持ち主だな」
相変わらず怖い顔をしているジークロンド王に対し、笑顔を崩さずにいる私はどう映ってるんだろうか?
余計に目を鋭くしてこっちを見ているもんだから、いまいち感情が読めなくて本当に困る。
だけどせっかくここまで来たんだ。私も言いたいことを言わせてもらおうか。
「停戦中に人さらいのために、わざわざ人狼を送り込んでくる魔王の言うことではないわね」
逆にそれがいいきっかけになったとも言えるだろうけどな。
やっぱり向こうの方も誓約破りのこともあってか、若干ではあるけど嫌な顔をして押し黙っていた。
誓約では攻撃的行為を禁止しているわけで、魔王である私をさらおうとするなんぞがそれに該当しないわけもない。
しかもアシュルと契約することもわかった上での待ち伏せての行為、言い逃れできるものではない。
明らかな誓約違反な上に、このことが立会人だった魔王に知られれば、確実に侮辱されたと受け取られて挙兵されること待ったなしだ。
そんなことをされては、こっちにどんな被害が起こるかわからない。
リカルデを返したのは軍備を整えるなんかもあったけど、一番はそれが理由でもある。
私達の陣営の中でかの魔王と繋がりがあるのは実質彼だけだし、戻ってもらって本当に良かった。
実直すぎるウルフェンから『オーガルの命令』でやったと言質も取ってるし、同盟国ということもあって攻撃は免れないだろうしね。
肝心の実行犯がなにも知らない……というのも問題だとは思うけど、それはおいおいでいいだろう。
「その程度の児戯をとやかく言うほど、私も子どもではないですし、そちらの対応次第では、水に流すこともやぶさかではないわ」
滅ぼされる寸前の国の主である私の発言だからか、くっくっく、と笑いを堪えている。
笑うのはいいけど、後ろのアシュルから殺気が漏れ出してきているからちょっと勘弁してくれ。私はここで荒事になるのはごめんだぞ。
「はは、リーティアスの魔王は付き人もろとも、中々肝が据わっておるな。
このアールガルムに乗り込み、なおもその態度とは、恐れを知らぬと見える」
「私としては恐れてる場合ではない、というのが本音ね。
それに、貴国がかなり危ない立場であることは私にもわかるというもの」
アシュルの態度にハラハラしながら、私は実際彼らが取れる選択は二つしかないだろうと結論づけていた。
このままオーガルたちエルガルムの言いなりになるか、この会談で私と手を取り合うかのどちらかだ。
少なくともアールガルム単独で打破できる事態はとうに過ぎている。
「ふん、ウルフェンたちを捕まえた勢いで乗り込んできた小娘たちかと思っておったが……なるほど、存外に物事が見えているようだな」
「あら、お褒めに預かり光栄ですわ。
それで私は貴方からみて話し合いの場を設ける価値のある相手かしら?」
「はっはっは、意地の悪いことを言うな。
ワシもあの悪辣な魔王のせいで疑り深くなってしまってな。悪いことをした」
ジークロンド王はその大きな口を開けて笑いながら謝罪の言葉を口にしていた。
その様子は先程のような鋭い眼光が多少和らいだように見える。
「今はまだこちらも面子が揃っておらん。
すまぬが、もうしばし待っていただけまいか? そう待たせはしない」
「……わかりました。こちらは構いませんわ」
そういうことで、私達はしばし待つことになったんだけど……これならこの時間の間に、どこか別のばしょに移ってた方がよかったんじゃないか? と思う私であった。
「おまたせしましたっす!」
声がする方を見てみると、そこには門番をしていた人狼が相変わらずの直立不動で立っていた。
っていうかどうやってここに来たんだ? と思っていると、体の動きが一切ないのに滑るように移動してきたのにはさすがに驚いた。
あの異様さから、中身はどうなってるのかと思ってあの人狼を見ていたけど…よくよく見ると足に黒い液体みたいなのが見える。
それがうごうご動いて上に乗った甲冑が進んでいるみたいだった。
こんな変な動きが出来るのはあの種族ぐらいしかないけど、ちょっと気持ち悪い。
「スライム……?」
「ご明答っすよ! 自分は先々代の契約スライムのフェンルウっす!」
フェンルウ……どっかで聞いたことがあるようなと思ったが、ウルフェンの文字の配置が違うだけじゃないか!
フェンルウは甲冑を隅に配置してその中から飛び出してきた。
べちょん、とかいう音共に丸い姿が現れるけど、そこからうにょうにょと形を変えていって、なんというかちっこくて丸っこい、異様に可愛い黒い子犬の姿に変形する。
確か生物に近ければ近いほど能力が高いのがスライムの特徴だったし、多少造形がおかしいにしてもこのスライムはかなり強いんじゃないかな。
しかしスライムっていうのは元の姿には戻れないんじゃなかったのか? それも合わせてこのスライムの能力っていうわけか。
「フェ、フェンルウ!?」
なぜかウルフェンの方も驚いていたみたいで、姿が変わって初めてフェンルウが誰なのかわかったみたいだ。
というかなんで知らないんだよ、と突っ込んだほうが良かったんだろうかね。
「ティファリス女王よ、こやつがワシの相談役のフェンルウだ。
ワシらと違い、オーガルとの決闘にも参加していない」
「自分はその時、エルガルムに不審な動きがあるってことで偵察に行ってたっすからね。
自分がいたらこんなことには絶対しなかったんっすが……面目ないっす」
話し方はちょっと変だけど、現魔王のジークロンドが頼りにしているほどのスライム。
彼の話によると、ジークロンドはオーガルとの決闘を最初は渋っていたみたいだ。
最終的には国の重鎮を含めた闘いになったらしく、決闘を制した王がその場にいる者たちを従えるという条件での決闘だったようで、そこで僅差とはいえ敗北した結果が今の状況というわけだ。
全く……いくらなんでも国を背負ったものがこんな条件を飲んでしまうとは、私からすれば考えられない。
「あまり言いたくないけど、王としてそれはどうなのかしらね?」
「……ワシにも誇りがある。人狼としての誇りがな。
ワシらの種族全てを侮辱しくさったあの王が、どうしても許せなかったのだ。
しかし、そのせいでティファリス女王にも、ヌシの父君にも申し訳ないことをした」
うつむきがちに視線を伏せるジークロンドが少し可哀想になってもくるけど、これも自業自得として受け取ってもらうしかない。
彼がくだらない決闘をしたせいで私の父は誓約締結後に傷が祟って死んでしまったのだし、国が滅亡寸前なのだ。
誇りもいいが、その誇りのせいで犠牲になった者、これからなるであろう者たちのことも少しは思ってほしい。
今でこそまともに話し合いを行っているが、戦場で相まみえていたら表面上の口調などはともかく、内心の感情を抑えることが出来なかったかも知れない。
「……過ぎたことをあんまり言っても仕方のないこと。
今は私達が互いに有益な関係を結べるように努めるべきでしょう。最終的に我がリーティアスが残ること、それが我が父が望んでいたことでもありますから」
「自分もそう思うっすね。
リーティアスとのこの会談、有意義にしていきたいっす」
フェンルウの方は最初から私たちに友好的な態度だけど、なんかちょっと熱っぽい目で見られてるような気がするのは気のせいだろうかね。
「……そうだな。我が国で今一番目を向けなければならないのは、誓約違反で立会人であった鬼族の魔王・セツキの動きだろう」
セツキ――三国の誓約の立会人をした鬼族の魔王で、十人いる上位魔王の一人。相当……というかその十人からでも上から数えた方が早いぐらいだ。
本来なら、こんな程度の低い国同士との誓約に関与することなんてないほどの人物のはずなんだけど、そこのところは今は関係ないか。
「こっちにどんな事情があったとしても上位の魔王を侮辱したことには変わらないっすからね。
しかも立会人は武器コレクターとして有名な鬼族のセツキ王。
あの魔王が誓約反故の事を知れば、この国は間違いなく滅ぶっすね」
立会人になった魔王からすれば、誓約違反なんてものは自分が侮られている証拠になる。
以前とある国の魔王が誓約を破ったことがあったそうだ。
その違反者は、立会人になった上位の存在が距離的にかなり遠いところで国にいたらしく、自分の国には絶対に攻めてこれないだろうとたかをくくって破ったらしいのだけど……これがまずかった。
侮辱され激怒した魔王は旅人にその身を扮し、単身その国に乗り込み、暴れに暴れてその国を滅ぼしたそうだ。
上位と呼ばれたその力は、弱い魔王や下手な兵士では手も足もでず、圧倒的な差と誓約を破った魔王の末路をこの世界中に知らしめる結果になった。
そんなこともあって、魔王たちの中でもより力のある上位魔王と呼ばれる者たちが立会人となる誓約はそうそう破られることのないほぼ絶対と呼べるようなものへと変わっていった。
「今回の件、今はまだセツキ王の耳に入ってないみたいっすが、それも時間の問題っす。
仮にも立会を引き受けたんっすし、どこで目を光らせてるかわかったもんじゃないっす」
それにセツキ王が情報を手に入れてなくても、オーガルや私が誓約違反を告げる、ということをしてもアールガルムに攻め込まれるだろう。
私が言うのもなんだが、よくもまあこんな詰んだ状態に持ち込んだと思うわ。この世界の住民は追い詰められるのが本当に好きなようだ。
「セツキ王には、うちの執事であるリカルデが、こちらから事情の記した書状を用意しているわ。まだしばらく、彼らはこっちに関与してこないはず」
「リーティアスにいる鬼族のリカルデは、彼と親しい仲であると聞くっす。
その彼からの書状であれば聞き入れてくれる可能性が高いっすね」
へー、リカルデってば鬼族の魔王とそんな仲だったのね。
だけどこれで合点がいった。誓約の件も、リカルデがリーティアスにいたおかげで結ばれたと言っても過言じゃないだろう。
というかつくづくすごい執事だと思うわ。
「その間に私たちは戦争の準備を整え、エルガルムを迎え撃つ。
貴方達アールガルムは、その戦争に一切関与しないことを約束してほしいわけよ」
「しかし……それでもヌシらがあのエルガルムに勝利できるとは到底思えん」
ジークロンド王がそう思うのも無理はない。
私はいきなり現れた小娘のような存在だ。実績もなにもない私の力を信じろ、と言っても難しい。
「それなら、私と決闘しましょう。
私がジークロンド王を納得させるほどの実力を見せることができれば、次の戦争には参戦しないことを約束していただきたい」
「……わかっておるのか? この状況でワシを納得させるならば、一人で一国を相手にできるほどの――少なくとも覚醒魔王と並ぶほどの力を見せなければならんぞ?」
ジークロンド王の言葉に私の笑みを誘う。
決闘するというのであれば、それだけの力を見せつけなければ納得しないだろう。
「もちろんよ。むしろそれだけの力を見せなければ意味がない」
私の言葉にジークロンド王とフェンルウは互いに頷いて……ってさっきからウルフェンがどこか寂しそうな表情で彼らを眺めている。
きっと仲間に入りたいんだろうなとも思うけど、いかんせん今まで仲間はずれだったから入り込めないんだろうな。
彼もさっさと外に出てればよかったのに、律儀に残ってるからこんな目に遭う。
私がどこか生暖かい目で見ていたのに気づいたのか、バツの悪そうな顔をしているのがなぜか少し好感が持てた。
私達がそんなやり取りをしてる間に話がまとまったのか、二人共いつの間にか私の方を見ていた。
「ティファリス女王の提案を受け入れ、決闘を執り行いたいと思うっす。
これから書類作成に入るっすから、決闘は三日後ということでよろしいっすかね?」
最近の決闘は魔法ペンと魔筆跡ルーペを用いた書類作成と確認方法が行われているとリカルデに聞いた。
魔法ペンってのは魔力で書くという特殊なペンのことだ。魔筆跡ルーペで見ると、そのペンで書かれた魔力の波が視えるようになるとか。
不正できなくなるようにするための処置で、書類の作成も全てそれで行い綿密に調べてから執り行われるから現在では時間がかかるのだとか。
「そういうことなら仕方ないわね。
しばらくこの国にやっかいになるけど、いいかしら?」
ジークロンドが頷いて、私達用に宿を用意してくれて、三日後に城に来てほしいといっていた。
ここで嘘を言ったり襲撃するような根性はない……とさすがに信じたいし、ひとまず彼らが手配してもらった宿でゆっくりしようと思う。
ここまでの強行軍に加え、このささくれそうな会話をするよりもアシュルの相手をするほうがよっぽど私の心を癒やしてくれるしね。