97・魔王様、二人を見送る
フラフ・ウルフェンを使者として送ることが決定して三日後。
なるべく急いで準備をしたほうが良いだろうと結論づけた私は、以前ゴブリン達に渡した魔力を込めたお守りと似たような物を二人の為に準備してあげることにした。
前回のあれは、『メルトスノウ』の対象にならないようにしないように私の魔力を練り込んだだけのものだったけど、今回のは違う。
敵意を持って攻撃してきた者に対して、防御の結界が働くようなお守りだ。
あまり強力なものは込めることが出来ないんだけど、どうせ相手はビアティグ達だ。それでも問題ないだろう。
ただ、フラフとウルフェンの仲があまりよろしくないことから、ただ敵意を持ってるやつを対象にするわけにはいかないだろう。喧嘩をすることも時として大切だからね。
よって、私が配下だと認識している人物に関しては適用外だということにしておこう。
これなら使者として行く二人以外にも、アストゥ・フォイルの二人も同じように扱うことが出来る。
フェアシュリーとクルルシェンドの魔王になら、フラフとウルフェンに危害を加えることが出来るというわけだけど……彼女らは今更私に攻撃を仕掛けてくる理由なんてないだろうし、問題ないだろう。
そこまで考えるのは、考えすぎというか……信用しなさ過ぎるというものだろう。
それと万が一致命傷か、それに近い攻撃を受けた場合のことを考えて、回復系の魔導を別のお守りに込めたほうがいいかもしれない。
こっちの方は一回限りで、一度発動したら砕けてしまうタイプでしか作れないから乱用は出来ないけど、持っているだけでも大分違うはずだ。
後は以前とは別の……もっとちゃんとしたお守りにしてあげたい。前は何の飾り気もないただの板だったからね。
というわけで早速作業を開始していてしばらくした時、不意にノックの音がして扉を開けて側にやってきたリカルデが、少し嬉しそうな顔をしているのが見えた。
「お嬢様、楽しそうですね」
「……そう?」
「ええ。どこか以前のような優しい顔をなされておられました」
どこか優しげに笑ってるリカルデの様子が、まるで娘を見守る父親のような視線で……微妙にくすぐったい。
最初の頃は無表情だったり、ちょっと硬い部分が多かったけど、今は結構感情を表に出してくれることが多くなった気がする。
だからといってそんな風に見られるのは結構恥ずかしいから、止めて欲しいんだけどさ。
「使者を送り出す以上、彼らのことをなるべく守ってあげなきゃって思ってるだけよ」
「お嬢様らしいお考えでございます」
「……あまりそう茶化さないでよ」
余計に恥ずかしいと抗議するような目をリカルデに向けたんだけど、どこか穏やかな様子の彼はゆっくりと左右に首を振ったかと思うと、少しだけ普段と同じ表情に戻っていた。
「茶化しておりませんよ。ただ、貴方様のお気持ちに触れて、本当にそう思っただけでございますよ」
このままではちょっと分が悪い。なんというか、流れ的にいけない気がして、私は慌てて会話を逸らすことにした。
……んだけど、何を話せばいいやら……そ、そうだ。ウルフェンから引き継いだ訓練状況なんかはどうなってるのか聞いておかないと。
「そう言えば兵士達の訓練は全部引き継ぎ終わってる?」
「はい、一通りは完了しております」
「私、まだ帰って来たばかりだから全部把握しきれてないんだけど」
「現在の所、ゴブリン・魔人族のニ種族が主体となっております。少ないながらもオーク・猫人・人狼・獣人族もこちらに流れ込んできておりますね」
意外にも色んな種族が軍に入隊してるな。
オーク族辺りはまだわかるけど、人狼族と獣人族に猫人族までいるとは思わなかった。
「基礎訓練を軸にそれぞれの武器科を修練しているようでございますが……戦法についてなどは少々……」
「そう……やっぱりそこになるのね」
ウルフェンは人狼族だからか、作戦とか戦術については教えるのが難しい部分もあるだろう。
彼らはその足を用いて闇夜から奇襲する。森などの障害物が多い場所に誘い込んで撹乱させる。
それさえ無理な平野での戦いは速さを軸にした敵を翻弄するスタイルを取る。
他種族にはまず真似できない戦法しか取らないからか、合わせるというのが難しい。
恐らく彼らの戦い方についてこれるのは小柄ですばしっこく、障害物のある地形の戦いも得意な猫人族ぐらいなもんだ。
リカルデは訓練なんかは問題なく行ってくれるけど、いつもいるとは限らない上、彼は他の部署でも働けるし、そっちに付きっきりになるのもまずい。
それに、これからは上位魔王と戦うことを視野に入れないといけない。
同盟国に派遣しなければならないことも合わせると、自然と軍対軍の戦いを行うことも考えなければならなくなる。
単体の能力も十分必要だけど、いつまでも最低限の編成で行くわけにもいかないだろう。もう少しそこのところについて教えられる人材が欲しい。
個人の能力に限度がある以上、そこを補える技術が欲しいってもんだ。
……ちなみに私は、一人で国一個分くらいあるのがクルルシェンド戦で証明されたようなもんで、全くの無縁である。
要するに軍を指揮したこともなければ、軍人として戦いに参戦したことすらない。
そこに戦法や戦術なんてものは全く必要ない。力で圧倒するのがもっとも早いのが私だ。
戦法とかそういう事を考えるなら、私は間違いなくウルフェン以下だろう。
「もう少し訓練に携われるものが増えれば良いのですが……」
「そこは難しいでしょうね」
アシュルは私の戦い方に似てるし、ケットシーはそんなものより政務に携わってくれないと私が困る。
軍務に付ける人材が圧倒的に不足している。
おかしい……同盟国はこんなにも増えてきているのに、国自体の軍力が微妙に貧弱なままだ……。
「グロアスに行った時に人材を引き抜いてくればよかった……」
「それをしてはセントラルに落とされかねないので止めてくださいね」
うなだれる私にほどほどにしてくれというかのようにリカルデが指摘してきたけど、さすがにそれは冗談だ。
あそこは今はクルルシェンドに管理してもらってるとはいえ、一応私の領土の一つだ。
その上私の領土のことから考えると、セントラルに最も近い……というか侵略されてもおかしくない位置にある。
いくらリンデルと同盟を組んでるとは言え、そこから人材を引っこ抜くなんて無茶ぶりはさすがに出来ない。
「わかってるわよ。こっちは中央と違って平穏そのものだからね」
逆にこのリーティアスに来るには、フェアシュリー・グルムガンド・クルルシェンドと相当国をまたいでこないといけない。
そしてそこまでしても対して旨味も少ないもんだから、必然的に南西地域の国以外から侵略行為を受けることがない。
……だから兵士の質がセントラルよりも劣ってしまうんだろうけど。
「……仕方ない。今は無い物ねだりしてる場合じゃないし、ウルフェンが普段やってるものより練度の高い訓練を行う程度でいいでしょう」
ここは一度セツキに相談することにしておいて、今はやれるだけのことをやろう……と、そんな事を考えている間に魔力を込め終わった。
片方は牙のお守り。もうひとつは鳥の翼をモチーフにした木彫りのお守りだ。
うん、我ながらいい出来だ。
作業をしながら国の軍事関係の話も多少できて有意義(?)だったかもしれない。
「それが件のお守りでございますか」
「ええ、書類の方は既に制作してあるし、後は二人に渡すだけね。
ラントルオの方はどう?」
「はい、新しいラントルオの手配は済んでおります。鳥車の方も商人が使用しているものを使っておりますので、少なくとも襲撃の心配は少なくなったかと思います」
最初に襲撃された時は妖精族のところにある獣人族の村で宿泊していたからか、鳥車の形を覚えられていたのだろう。
更にあれは国の長たる魔王に相応しい仕様というか外装だっただけに余計にね。
それに魔人族という私に、同じく覚えられているであろうリカルデがいない今回であれば、野盗を除いたらほとんど襲われる危険はないと言ってもいいだろう。
こんなのが国の使者が使っている鳥車だとは思われにくいだろう。
「よし、これで十分整ったということね。出発するなら早いほうが良いし、明日にでも発ってもらいましょうか」
「かしこまりました。こちらの方で伝えておきますので、お嬢様はお仕事にお戻りください」
「え、いや、私が……」
「それでは、失礼致します」
あ、リカルデ……行ってしまった……。
私、ちょっと休憩したかったのに…………仕方ない。誰かが来るのを待ちながら、じっくりと仕事に取り組むとしようか。
鬼の消えたその後、残されたのは……書類で作られし新大陸に赴かなければいけなくなった戦士の姿だった。
――
そして次の日。私はフラフ・ウルフェンを見送るために中庭にやってきていた。
「それじゃ、これが書状よ。まずはフェアシュリーに行って、次にクルルシェンド。最後に件のグルムガンドに行ってちょうだい」
「ばっちり、こなす」
「任せてくれ」
フラフには私のとは別にアイテム袋を渡してあるから、それなりの食料と、国のお偉い人に会うのに差し支えない衣装を入れさせてる。
「ああ、それとこれ……お守り。私お手製の効力のあるお守りだから、ちゃんと身につけておいてね」
「ティ、ティファリス、様の……お手製……!」
まずフラフに渡すと、感極まった様子で私の顔を見ていた。
ギュッと抱きしめてる辺り可愛さがにじみ出てる。喜んでもらってよかった。
こっちも作った甲斐があったというものだ。
左翼モチーフと右翼モチーフで、合わせて一対の翼のお守りになったりもする。
「はい、ウルフェンにはこっちね。牙のお守り」
「ありがたくいただこう」
ウルフェンに渡したのは同じように二対になってる牙。
こっちは首から下げるタイプで、ちょっとした部族のアクセサリーみたいな感じになってる。
早速身につけたウルフェンは、どこか上機嫌というか誇らしげに鼻を軽く鳴らしていた。
こっちも喜んでくれているみたいでよかった。
「二人がちゃんと仕事をこなせるように祈っているわ」
「まかせて……!」
グッと改めて気合を入れたような表情をしたフラフは私に一礼して、ウルフェンと一緒にラントルオに乗り込んだ。
そのまま一鳴きしたラントルオがゆっくりと歩き出し、徐々に速度を上げて……あっという間に見えなくなった。
正直、ウルフェンがフラフのことを子供扱いしているのが気になるけど、これから先のことを考えるとこういう経験も悪くはないだろう。
二人がこれをきっかけに色々学んでくれればいい……だから、本当に無事に帰って来て欲しい。