ギルドマスターの憂鬱
今回は視点をかえてギルドマスター視点です
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龍太郎のショップ。せかんどはんずが店を構える土地より5キロ程離れた所に街がある。
町の名前はティルドーン。
世界3大大陸と言われるサウスザード大陸の凡そ西側4割を占める大国。
フェルニア王国が収める領地の一つ。
海に面した漁師町からもそれなりに近く、旅人や行商人の行き交うこの街は、特に名産と言われるものもない、あえて言うなら平和が売り。というような、のんびりとした街だった。
そんな平和な街の冒険者ギルドで、ギルドマスターを今年で10年目となるサンソンは悩んでいた。
明るい色のクラバットをシャツとあわせて着こなす姿は、ギルドマスターというよりも商業ギルドや貴族にでもいそうな出で立ちだが、彼は貴族でもないし歴とした元冒険者でありかつては上級まで上り詰めた程の偉丈夫である。
そんなサンソンは今、非常に頭が痛い問題に悩んでいた。
「ギルドマスター……。また鍛冶ギルドから苦情ですぅ……」
ノックの後、ドラの向こうから若い女性の声がそう告げる。
サンソンが束ねるティルドーンの冒険者ギルド、その受付嬢であるマリーの声だ。
彼女は優秀だが気が弱いのが欠点で、最近夜討ち朝駆けもかくやという勢いで怒鳴り込んでくる各ギルドの面々にビビらされ、その都度メッセンジャーとしてこの部屋のドアを叩くのだ。それはもう日に何度も何度も。
「……私はいないと言ってくれと、そう言ったじゃないかマリー……。少しは私に考える時間を寄越すべきだと、君も賛同してくれていたと思ったんだがな」
「そ、そんな事言われても無理ですよぅ~……。商業ギルドは冒険者さんたちに売る糧食を値上げするっていうし……。鍛冶ギルドさんも武具の卸も補修も値上げするって。ギルドマスターを出してくれたら一考してやるっていうんですよぉ~……。私で抑えられるわけないじゃないですかぁ……」
「チッ。どいつもこいつも欲の皮の突っ張った業突く張りどもめ。人のところが好景気な気配を感じたらすぐにこれだ。本当にギルドマスターなんてなるもんじゃなかったし、ギルドマスターになる奴なんてろくな奴がいない。商業も、鍛冶も、ついでに俺もだ!」
「ますたぁ~~~!」
サンソンの叫びも虚しく、マリーは急かすように鼻にかかった情けない声で呼びかけ続ける。
「……わかった! わかったよ! ……昼の2の鐘がなる頃、もう一度きてくれと言っておいてくれ!」
「わっ! わかりましたぁ! あ、あのマスター、頑張ってください!」
明るく健気な雰囲気で俺を激励して、足取り軽やかにタッタッタとマリーの気配が遠ざかる。
そりゃお前の足取りも軽くなるだろうよ。俺に丸投げだもんなと独り言ち、サンソンの口からは思わず盛大にため息と舌打ちが飛び出す。
2の鐘がなるまではまだしばらく時間がある。まずは現状の整理からだ。
サンソンは自分のデスクの上に並べた資料の束をもう一度手に取った。
まずは最近見つかった新ダンジョンについて。
はじめにシュリフが1階の食堂で騒いでるのを見た時は、こいつもとうとう焼きが回ったかと、かつての同僚とも言える現役冒険者の姿に少々思う所もあった。
しかしその後、戯れに依頼を受けた上級冒険者のリン・クリューソスが、単独でダンジョンに挑戦するも、まさかの攻略に失敗したという報告があった。
その報告を直接受けた時は、サンソンもかなりの衝撃を受けた。
自分も元上級冒険者であり、リンはその当時の自分よりも強い上級冒険者である。
その彼女を持ってして攻略に失敗する、出来たばかりのダンジョン。
元々彼女の依頼はダンジョンの調査だった。
その点に関しては十分な働きをしてくれていたので依頼失敗ではなかったが、それでもサンソンは驚いた。
聞けばダンジョンマスターと推測される存在と遭遇し接敵したが、彼女は身動き一つ出来ず、何をされたかもわからないまま為す術無く落命したという。
それで終わりであれば不幸な事故であり、ダンジョンの危険度を一気に引き上げ、場合によっては領主軍、いや、王国軍の派兵の要請まで検討しなければいけなかった所だが、しかしそうはならないのがこの世界のダンジョンで、そしてここからが幸運な話だった。
なんとその後彼女はダンジョン近隣で居を構える夫婦に救助され、翌日には無事にギルドへ期間し、そのことを報告した。
そして彼女が自らの身をもって体験し内容は、サンソンがギルドマスターとなって最大の幸運が巡ってきたことを普段は信じてもいない神に感謝してしまうほど、素晴らしい内容だった。
ダンジョンはアンデッドのみで構成させる稀有なダンジョンで、2、3持ち帰れたという革袋から取り出した魔石は、小ぶりだが純度が高く、中々の上物である。
魔石はこの世で最も金に変えやすい石だ。特にアンデッドは魔石の属性が濁りにくく、余計なドロップも少ない為、魔石自体を狙うならアンデッドが多い墓所を狙うなんていう冒険者もいる程だ。
更にこのダンジョン、失魂量が信じられない程に少ない。
失魂とはダンジョンに挑み、ダンジョンに敗れた人間がその生命を如何程ダンジョンに奪われるか? という、言わば後払いの入場料の事である。
これはダンジョンによっても大きく違いがあり、冒険者ギルドが血眼になって確認している最優先事項でもある。
古典が語る所のダンジョンでの死は、イコールで紛う方無く死を意味したのだが、今現在存在を知られているダンジョンについては、その殆どが幾許かの失魂量を対価とすることで、大なり小なりの呪いをかけられるものの、命は助かるというものが殆どだ。
いつから、どのようにしてダンジョンがそういった性質へと変容したかは、今でも研究者たちの研究テーマとなっていると聞く。
失魂量が少ないダンジョンの場合、死んだ冒険者は一定時間後蘇生する。
その際致命傷や重症は自然に治癒しており、何事も無ければそのまま無事に生還することが出来る。その為冒険者パーティは、前衛、後衛で組むのが基本だが、必ず1人以上、出来れば2人を生き残らせ、蘇生を待ち、蘇生した仲間を守って帰還するというのが基本のセオリーとして冒険者ギルドでも指導している。
それがこのダンジョンはどうだ。
上級冒険者リンの報告から、その後シュリフが探りをいれ、痺れを切らした中級、下級の冒険者パーティが数組ダンジョンへ挑んだ所、皆口を揃えてこう言ってきた。
「あのダンジョンは宝の山だ」と。
そんな事を浮かれた面でほざく中級冒険者に眉を顰めながら、サンソンはその後も続々とギルドに帰ってきた冒険者達から報告をあげさせた。
髭面で口から破滅的な臭いがする中級冒険者の男が言う。死んでもスケルトンが死体を担いで入り口まで運んでくれるから、ソロの俺でも大丈夫だ。と。
下級に上がりたてで装備が心もとない犬系の獣人の少年が言う。全方向何処をみてもアンデッドしかいない。鼻が腐って落ちるかと思った。と。
初級を卒業間近の同年代の男女混合の若いパーティリーダーが言う。失魂量がとても少ないから、技量上げにも、お金稼ぎにもいい。ギリギリまで粘ってやる。と。
少年少女にはギルマスとしてきつく叱りつけておいた。
如何に1度に無くなる失魂量が少なくても、連続して大量に失えば廃人になったり、そのまま蘇らなかったりということもある。
報告を聞く限りでは、ダンジョンなのに壁もなく、判明している階層全てが広大なモンスターハウスのようなものらしいが、それでも他の冒険者達と機会を合わせて潜るなどすることで、ある程度危険を分散出来るだろう。
それよりも、少ないリスクで純度の高い魔石だ。コレほど美味しい話があろうか?
本当なら自分こそが今すぐ愛剣を抱えてダンジョンに潜ってみたい。
そう思える程魅力的に、その時のサンソンの目には写っていた。
しかも初級、下級でもやり方と人数次第で潜れるダンジョンというのが実に良い。
今まで近隣で最も難易度の低いダンジョンが、下級から中級向けの難易度だったのだが、段々とダンジョンでの事故報告が相次ぎ、今では中級以上以外は立ち入りを禁じている。
本来その調査の為に、わざわざギルド本部へ上級冒険者チームの派遣を要請し、そこで来訪したのが先のリンとファンだったのだが、調査の準備を整えている間の上級冒険者リンの報告だったものだから、件の中級ダンジョンに関しては今は全くの手付かずだ。
というかどうせ誰も潜ってないだろうという確信すらサンソンにはあった。
なんだかんだとダンジョンの中身に文句を言った所で仕方がないが、そういった事情もあり、街から歩いて2時間程度の場所に突如あらわれたこのダンジョンは、冒険者ギルドにとっては正しく天の助けとなったのだった。
リンが踏破に失敗したのは驚きこそすれ、内容を聞いた後、サンソンがそっと胸を撫で下ろしたのを責められるものはいるまい。
しかし蜜月の時は長くは続かず、まず最初の苦情は鍛冶ギルドから上がってきた。
鍛冶ギルドの最大の客はなんといっても冒険者だ。
武器も防具も全て消耗品であり、修繕するにしろ、新しく買うにしろ、とにかくコストがかかる。特に前衛職等はそれが顕著で、ダンジョンに潜って得た金の、半分から7割ほどがパーティの装備修繕、新規購入に消えるなんてこともザラにある。
それも鍛冶ギルドが修繕、販売全て取り仕切っているのだ。
適正価格かどうかなど冒険者達にはわかりゃしない。いや、技術料だ着手手数料だなんだと見積もりには色々書いてあるが、結局のところ体よくぼったくられているのが、額のない冒険者という悲しい生き物なのだ。
しかしそれらがなければ立つ瀬がない。そういうことで泣く泣く、最悪借金までして装備を整える冒険者達もいる。冒険者ギルドでもある程度新人への支援などはしてはいるが、それも雀の涙というのが実際のところだ。
しかしここ数日、新しいダンジョンへ潜っている連中を中心に、というかこのギルドにいる冒険者の殆どなのだが、どいつもこいつも鍛冶ギルドへ殆ど足を運んでいないらしい。
どういうことだ、お前らのところの冒険者達が一切武器をかわず、修理もしにこない。
それなのに冒険者達の装備は新品のようにピカピカだ。
一体どこから冒険者ギルドは都合したんだ。
コレほど大きな金の動きを知らぬとは言わせないぞ、とりあえず鍛冶ギルドの損害を賠償しろ! と怒鳴り込んできたのだ。
サンソンも、最近こいつら随分いい装備してるなぁ。魔石売って実入りがいいのかなぁ。羨ましい限りだなぁ。俺もいきてぇなぁ。
等と呑気な事を考えていたのだが、鍛冶ギルドからの苦情を受けた後、嬉しそうに自分の鎧を油で磨いている初級冒険者の少年に尋ねると、キョロキョロと目を泳がせながら、
「これ、中古品を買ったんです」と答えた。
中古品。その意味はわかるし、サンソンだって現役時代。特に若い時代はよく中古品を買ったし使っていた。理由は簡単、金が無いから。
しかし中古品なんていうものは大体が壊れる一歩手前くらいのもので、革にはカビがうき、鉄甲は錆が浮いてて当たり前、ブーツなんてうっかり履こうものならそこから痒みと付き合って生きていくことになるのが定番の、金がないときのありあわせの装備でしか無い。
しかし目の前の少年が磨いている鎧は、少々傷がついてるのは見えるが、それでもまだまだ買って1,2回しか使っていないと言われても納得できる状態で、とてもではないが中古品には見えない。
しかしギルドにいる小奇麗な新品装備を着ている冒険者の誰に聞いても、皆口を揃えて同じことをいうのだ。
仕舞いにはシュリフに「おめぇもせかはんに行きゃあわかるぜ。サンソンよ」と肩を叩かれる始末だ。
『せかはん』 他の冒険者の口からも聞こえた単語だ。
詳細はわからないが、リンを助けたという夫婦が切り盛りしている商店で、どうやら中古のものを主に冒険者から売り買いしているらしい。
もう少し詳しく調べてみるかと思った所、今度は商業ギルドから苦情が舞い込んできた。
お前らの所で新しく大量に入荷し始めた魔石の質が高すぎて、既存の魔石の質が悪いと苦情が入って返品が相次いだ。損害を賠償しろ。在庫を全て冒険者ギルドで買取れ。
新しく入荷した魔石を今までと同じ価格ですぐに商業ギルドに全て卸せ。と、頭のおかしい要求を当然のようにぶつけてきた。
これには流石にサンソンも、思わず商業ギルドの使者を死者に変えてしまおうかと思ったが、そこは10年目を迎えるベテランギルドマスター、貼り付けた笑顔でぐっとこらえ、魔石に関しては卸先を含めて今現在検討中、今後安定して入荷出来なければ意味がないので、もう少し様子を見てほしい旨を伝え、一度は難局を逃れた。
在庫云々に関しては流石に相手方も無茶な要求とわかっていたのだろう、そこは割りと素直に引き下がった。初めに無茶を言い、後から飲みやすい要求をするのは奴ら商業ギルドの基本。それくらいはサンソンもわかった上での応対であった。
大体その商店。聞けばシュリフがダンジョン発見時は存在せず、ダンジョンを調査しにリンが行ったら既にそこに建っていた……、。という話だが、冒険者達の報告では中も外も見たこともない拵えだとか。
いくらなんでも怪しすぎるだろ……。
案外オーナーがダンジョンマスターでした。なんていうんじゃないだろうな?
……なんてな、あり得ない。とサンソンは自分の抜けた考えを自嘲する。
ダンジョンマスターはダンジョンの最奥部でコアを守っている存在だ。
コアを破壊されればダンジョンは死ぬ。マスターもだ。そんな存在がアホみたいに店を構えて敵である冒険者の接客なんてするわけがないだろう。
聞けば夫婦で遠方の国から訪れた考古学者と、それを支える魔具商人とのことだ。
それはそれで問題はあるので、一度サンソン自身が出向いて探ってみる必要があるだろう。
遠からず領主にも色々確認されることは想像に難くない。
「まず今は鍛冶ギルドと商業ギルドの年寄り共を黙らせる必要がある……か。とりあえず鍛冶のほうはギルドの鍋やら釜やらの新調でも依頼するか……。やれやれ、いくらふっかけられるんだか……」
サンソンはボリボリと頭をかきながら、酷く面倒くさそうに窓の外をみた。
まだ昼を過ぎたばかりの街並には、ちらほらと冒険者の姿も見える。
「ああ、俺もタダの冒険者に戻りてえ……」
サンソンはこの日何十回目かのため息をついて、ドアをあけた。
昨日はUPできませんでした……申し訳ありません。
体調を崩してしまい、しばらく更新ペースがおちるかもしれません




